第59話〜ドルチェマーレと裏切りのシンフォニア〜
「さらさちゃん。ここだと盗聴されている可能性もあるけれど、今話す? それとも、日曜日の寮清掃の時に私の部屋に来る?」
私は級長として、黒板を消しているさらさを手伝う振りをしながら、小声で話しかけた。
「今で大丈夫だよ。あのね、話していた内容なんだけど……響ちゃんと陽子ちゃんがれいなちゃんを嫌っているみたいだったから、理由を聞いてみたの。深い意味はないよ、ただ、同じ班になったんだから仲良くしたいって思っただけ」
理由は想像がついた。オリエンテーション二日目で姿を消した私が班長に居座っているのが、彼女たちには気に食わないのだろう。
「で、なんて言っていたの?」
「│先生《ご主人様》方に贔屓されているのが腹立たしいみたい。由羅様も凜人様も、オリエンテーション中は鬼みたいに厳しかったから。それに、学院案内で気絶した時も、保健室に連れて行ってもらっていたでしょう? もし私たちだったら、無理やり起こされてお仕置きだったと思う、って」
すべては勘違いだ。私は由羅様たちから『商品』や『駒』としてしか見られていない。大好きなお兄様からも、そして私の『命』を握る真冬様からも……。真冬様に見捨てられる時、それが私の『廃棄処分決行日』なのだ。
「さらさちゃん。私の秘密、聞いてくれる?」
「うん。絶対誰にも言わないから話して」
私は、堰を切ったように真実を吐き出した。自分が凜人様の異母妹であること。それゆえに、家族としてではなく、より残酷な『商品』として扱われていること。
「あの気絶した日だって、保健室なんて連れて行ってもらっていない。別の部屋で冷水をぶっかけられて、『案内中に寝るとは余裕ですね』って、戒杖でお仕置きをされただけよ。……ねえ、これを見て」
私はさらさに、制服を少し捲って胸を見せた。そこには、オリエンテーション中に光也様達から刻まれた赤黒い痕がまだ残っている。
「っ……」
「これ、姿を消した後のオリエンテーション中に由様達におしおきされた痕なんだよ。治りそうになるとまた同じ場所を、何度も何度もおしおきされた。この痕を見たお兄様は、なんて言ったと思う?。『商品としての価値が下がった』って冷たく言い放ったんだよ。お兄様にとって、妹なんて足元で鳴き声を上げるだけの『愛玩動物』なんだって。靴を舐めさせられ、夜の会議では自分の悲鳴をヘッドホンで聴かされながら、フットレストにされていた……。これでも、贔屓されているって思う?」
自嘲気味に笑うと、さらさは悲しげに眉を下げた。
「ごめんね、れいなちゃん。辛い話をさせちゃった。私、みんなで仲良くできるように頑張るね」
「ありがとう、さらさちゃん」
さらさの優しい言葉に、私は少しだけ救われたような気がした。
だが、この時の私はまだ気づいていなかった。背を向けたさらさが、極上の情報を得た喜びで、暗くほくそ笑んでいたことに。彼女の胸の中で、私の絶望は心地よい旋律を奏でる、最高に甘美な悪意――『ドルチェ・マーレ』へと変わっていた。




