第38話【断絶の9日間Ⅸ・後編(凜人視点)】〜断ち切れる甘い毒〜
あの凄惨な触診という名の蹂躙から、六日が過ぎた。一見すれば、れいなは落ち着きを取り戻し、他の家畜たちに混じって従順にオリエンテーションをこなしているように見えただろう。だが、それは脆い硝子細工のような強がりに過ぎなかったようだ。
俺は急遽、本家での執務に呼び出されていたため、由羅からの報告で状況を把握していた。今日の学院案内、視聴覚室に着いた途端にれいなが意識を失って、真冬により保健室に運ばれたが、すぐに気づいたため、寮に帰したという。
……やはりな。あの場所での記憶が、毒のように彼女の精神を侵食したのだろう。
だが、それでいい。俺への『依存』を、無垢な彼女は『恋』だと勘違いしている。この断絶期間中に他の誰かが下手に優しくしてしまえば、今までの教育が水の泡だ。極限まで飢えさせ、絶望させた後に、俺という唯一の光を与える。そのための準備は整いつつある。
夜の静寂に包まれた『見習い家畜寮』。鉄扉の錆びついた重い音を立てて居室へ入るが、そこにあるべきはずの『15番』の姿がなかった。
「……13番。15番はどうした」
「はい。まだ保健室から戻っておりません。れいなちゃん……15番が、何か?」
戻っていないだと?由羅からは寮に帰したと報告があったはずだ。俺は言い間違えた13番を咎める余裕もなく、踵を返した。向かう先は、管理棟にある、全エリアを掌握する監視室だ。
「1年15番の行方を追え。全カメラの映像を確認しろ」
当主という立場を利用し、夜勤の教師たちを動かす。ほどなくして、モニターの一角に不自然な静寂を保つ部屋が映し出された。
「凜人様、いました。実技棟六階、予備部屋です」
「音声も繋げろ」
スピーカーから漏れ出したのは、肉を打つ戒杖さの音と、壊れかけた鳥のような悲鳴。
……真冬、お前か。
俺は冷静さを装いながら監視室を後にしたが、胸の奥では黒い期待が渦を巻いていた。真冬が俺を裏切るはずがない。ならばこれは、彼女を完成させるための『仕上げ』なのだろう。
予備部屋の扉を勢いよく開ける。そこには、水に濡れ、戒杖の痕に身を震わせる、無残に美しい妹の姿があった。
「おや……おかえりなさいませ、凜人様。15番、お待ちかねのお兄様ですよ。おめかしした姿を見せてあげなさい。第四服従姿勢」
真冬の言葉に、俺は自分の役割を瞬時に理解した。ここでかけるべきは、再会を喜ぶ慈悲の言葉ではない。
「……っ、か、かしこまりました……っ」
れいなが肩を跳ねさせ、震える指先を頭の後ろで組んだ。彼女は組んだ両腕で自らの豊かな胸を左右に押し広げるように強調し、細い足を肩幅の一.五倍ほども大きく開いて、深く腰を屈める。
俺はその卑猥な『おめかし』を、まるで家畜の競り市で商品を鑑定するかのように、冷徹な眼差しで見下ろした。
「……ほう。薄い服の上からでも、お前がどれだけ厳しくに仕込まれたかわかるな。15番、せっかく俺のために『おめかし』したんだ。全身くまなく見てやろう。後ろを向け」
「……っ、……か、かしこまりました……っ」
彼女は頭の後ろで手を組んだまま、大きく開いた足を死に物狂いで踏ん張り、床を這うようにして後ろを向く。第四服従姿勢のまま後ろを向くということは、俺の目の高さに、彼女の最も無防備な肉感的な臀部が差し出されるということだ。
俺の眼前に汗で張り付いた薄い訓練着越しの赤く染った臀部が晒される。
「……あ、……ぁ……っ」
羞恥に染まり、震える彼女の臀部。だが、俺の視線はその卑猥な部分を通り越し、彼女の背中へと注がれた。
「……なるほど。これは酷い」
俺の独白に、れいなの身体がビクリと弾ける。白磁のようだった彼女の背中は、真冬の手によって、幾条もの紅い高周波の通電痕が無残に刻まれていた。光也が刻んだ古い衝撃の痕跡の上を、真冬の戒杖が容赦なく上書きし、新たな熱をもった電撃の痕が古い痕と混ざり合い
黒ずんだ絶望の色へと染め上げられている。
俺はその凄惨な戒杖の跡を、指先でなぞった。
「……凜人様、……うぐっ、……っ」
痛みに呻く彼女の声。もはや彼女の口から『お兄ちゃん』という甘えた響きは消え、恐怖と服従の入り混じった主への呼び名だけが漏れ出す。俺は構わずに、その傷跡を執拗に検分し続けた。白磁の肌に、真冬の戒杖が刻んだ鮮紅の線。それが彼女の流す脂汗と混じり合い、妖しく光を反射している。
壊れ、汚れ、絶望に震えるこの肉体。これこそが、俺が誰にも渡さず、永遠にこの手の中に囲いこんでおきたいと願った『可愛い妹』の真の姿だ。
だが、俺は内面の熱を一切表に出さず、冷え切った指先でその傷口をわざとなぞり、嫌悪を込めて呟いた。
「……汚いな。せっかくの肌がこれでは台無しだ。……価値が下がる。見るに堪えない。……次はこちらだ。前を向け。一箇所たりとも見逃すつもりはない」
「っ、…かしこ…まり……ましたっ」
れいなは第四服従姿勢を崩さぬよう、ガタガタと震える足で俺の方へと向き直る。目の前に晒されたのは、豊かな胸元から白磁のような内腿にかけて、絶望を象徴するような汚濁の模様が刻まれた肢体。俺は冷え切った指先で、検分する。
「汚いな。内腿までこの有り様か。……お前という商品は、これほどまでに無価値に成り下がったのか?」
「……っ、……申し訳……ございません……凜人様……」
罵倒を浴びせるたび、彼女の瞳から光が消えていく。だが、俺の視線が、彼女が必死に広げた足の間に注がれた瞬間、れいなの身体が今日一番の激しさで跳ねた。
「……説明しろ、15番。この無様な取り乱し方は何だ?俺に失望されている最中に、恐怖のあまり、床を脂汗で汚すような無様な家畜に、謝罪の言葉を述べる権利があると思うか?」
「ぁ、……あ……っ! ……っ、……も、申し訳……っ」
俺は彼女の顎を俺の脱ぎたてスリッパの先端で掬い上げ、逃げ場のない視線で、自らの罪を告白するよう命じた。
「言え。お前は今、どんな無様な状態だ?」
「……っ、……わ、わたくし、15番は……。凜人様に全身を、くまなく検分されて……っ、恐怖と恥辱で全身から無様な汗を噴き出させてしまった……無価値な『欠陥品』で……っ、申し訳、ありません……っ!
」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに濡らし、自らを変態だと認め、謝罪する妹。その瞳にはもはや『人間』としての光はなく、ただ主人に蔑まれることに快楽さえ覚え始めた家畜の虚無だけが宿っていた。
「『15番』、この五日間、お前はどんな気持ちで懲罰を受けていた?」
「はい……凜人様。この五日間、一瞬たりとも貴方を忘れたことはありません。……やっと、迎えに来てくださったのですね。ありがとうございます……っ」潤んだ瞳。縋りつく声。『そうだ』と抱きしめてやりたい衝動を、俺は冷酷な仮面の下に押し殺した。
「何を勘違いしている。俺はお前に『五日間、俺の前に現れるな』と命じたはずだ」
俺はわざとらしく、心底蔑むような溜息を吐き出した。
「そう。『俺』が会いに行かないとも、ましてや『五日経てばまた妹として可愛がってやる』とも一言も言っていない。正直、お前には幻滅したよ。……優秀な成績を収めろと言ったはずだが、お前は問題行動をおこし、何回懲罰を受けた?オリエンテーションが始まってまだ七日目だぞ」
彼女の指先が、凍りついたように止まった。
「これからはお前を『妹』としてではなく、ただの『学院の商品・15番』として扱う。……いいな、15番」
「……か、……しこ、まり……ました……」
理性の光が消え、深い虚無に染まっていく彼女の瞳。胸を刺すような痛みを感じながら、俺は一歩も振り返ることなく、傍らに控える真冬に声をかけた。
「……真冬。随分と派手にやったようだな。……だが、これでは『商品』としての価値が下がる。……まあ、お前が仕込んだのだから、間違いはないのだろうが、やりすぎなければお前の好きにしていい」
「承知致しました、凜人様」
俺はれいなを一瞥することもなく、部屋を後にした。
――それでいい、れいな。
お前が『お兄ちゃん』を失うたびに、お前は『家畜』として完成に近づく。俺以外の誰にも縋れぬよう、その心を完膚なきまでに叩き壊してやる。




