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支配された帝国【番外編】、淑女養成学院  作者: 鎖乃れいな
第2章〜屈辱のオリエンテーション開始

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第33話【断絶の9日間Ⅷ・前編】〜死へのマーチ、白霧に沈む純潔の花〜

 「15番、約束通り迎えに来てあげましたよ。出なさい」

「かしこまりました」

「おま…」

私の体調を気遣い、止めようとしてくれた麻衣ちゃんを静止する。これから行われるのは『懲罰』を4日受けても全然反省していないため、真冬様が行うことになった、『懲罰』だ。2人を巻き添えにするつもりはない。


 「13番、お前は連帯責任で懲罰を受けたというのに、まだ自分の立場がわかっていないようだな。全員居室から出て第一拘束姿勢」

「かしこまりました。」


 麻衣ちゃんと琴音ちゃんも懲罰を受けてたんだ。またあの音がした。今度は私の中から聞こえたけどなんなんだろう。


 私達が連れて来られたのは、学院のプールだった。しかし、プールの水はすべて抜かれており、代わりに底から『ひんやりとした、白い高密度のミスト』が不気味に湧き上がっていた。既に陽子達も連れてこられていて、『豚さん』と『駄犬さん』も一緒に懲罰を受けるのかその場にいた。


 ……お兄ちゃんの声?ここにいるの?どこ。お兄ちゃん。今度は、場所を教えるかのようにお兄ちゃんの衣擦れの音。いた。あそこだ。補助員の中に、龍雅院家の紋章を付けた黒衣を着たお兄ちゃんを見つけた。自然と頬が緩む。

「顔を引き締めろ。真冬が気づいたみたいだ」私は慌てて顔を引き締めた。

「いい子だね」

久しぶりに聞くお兄ちゃんの声は凄く優しかった。


 「単純な痛み、つまり一過性の痛みは簡単に耐えられます。所詮脳だけの問題だから、気の持ち様がモノをいうからです。本当に辛い痛みは、身体的限界に直面した臓器が発する痛みにこそあります。あなたたちには痛みと向き合った上で、その限界を更に一歩超えてもらう」

 「全員、プールの中にゆっくり入るように。白い『管理ガス』の層に、首まで浸かるのです」

真冬様に促され、私達はプールサイドから階段を降りて底へ足をつける。ミストは体温を奪うほどの冷気ではなく、苦も無く浸かることができた。いちばん小柄な私の、ちょうど顎の下まで白いミストの海が届いた。

「このガスは空気より重く、酸素が一切含まれていません。高濃度メンソールの刺激成分と、窒素だけで構成されています」

 「ここで一度息を吐き、ガスの中に顔を沈めて、肺と気道で存分に酸素の飢えを味わえ。もし限界を超えて、意識を失っても問題ないです。補助員は高酸素蘇生に長けているから、人工呼吸器もお手の物だから安心しなさい。脳の機能が停止する前、失神から10分以内であれば、9割以上の確率で正常に意識を復旧可能だから、遠慮なく耐久の限界を越えなさい」

いや、問題大ありだ。限界を超える、それはつまり『窒息しろ』ということ?

そもそも9割の確率で復旧するなら、残りの1割はどうなるのか?もしかして、自己的に手続きする前に真冬様に『廃棄』されるのだろうか。まぁ、それもいいか。お兄ちゃんの前で廃棄されるし。  


 「最初は2分。わたくしが手を叩いたら、よしというまでガスの中から顔を上げてはなりません。万が一浮かんでしまったクズはプールのヘリに手をついて、お尻を突き出して待機なさい。良いですね」

「かしこまりました」

 パアン。

2分だったら耐えられると思う。私は小学校時代、スイミングスクールに通っていたのだ。

左程速い方ではなかったけれど、肺活量は人並み以上に鍛えてきた。潜水で25mは楽に泳げるし、2分くらいなら我慢出来ると思う。


 吸い込んだ酸素を逃さぬよう、鼻を摘まんで泡を留め、肺を拡張しすぎて咽ないよう、適度に息を口内に戻す。後は酸素の消費量を抑えるため、ただただ静かに時間が過ぎるのを待てばいい。


 体内時計で30秒を過ぎるまでは、全くどうということはなかった。拍子抜けするくらい、辛いとも別段感じなかった。ところが60秒を過ぎると、急に胸の奥が熱くなってきた。酸素を貪り尽くした肺胞が異変を感じ、熱は喉までせりあがってきた。90秒は経っただろうか、熱は痛みに置き換わり、気道全体がビクビク震えてきた。理性で呼吸を抑えてみても、身体の要求が烈しさを増すばかりで、すぐにでも新鮮な空気を頬張りたい欲求が思考を埋め尽くす。まだ2分経たないの?もうたっぷり我慢したはず。


 頭の中で数えた数字は、たったの120どころじゃなく、とうに200に達している。もしかして、私が合図を聞き逃したのかな?いや、こんな静かな場所でそれはない。ほら、聞き覚えのある衣擦れの音がした。


 ということは、2分といいながらずっと合図しないつもりかもしれない。実は2分なんてとっくに経過しているのに、私たちを長く苦しめるために教えてくれない可能性は……真冬様なら十分にありえる。 


 白くなりかけた脳裏に、焦がれた隻手の音声が届く。叶うなら最初に息を継ぐ役は他のこに渡したかったけれど、もうなりふり構っていられない。


 「ぷへあっ……! ぜえっ、ぜえっ、ぜはっ……!」

ミストの海から顔をあげ、上半身全部を使って空気を吸う。

一息すうたび、悲鳴をあげた肉体に理性が行き渡っていき、火照った身体はたちまち平静を取り戻し、息をするたび脳が喜悦に震えた。


 ふと思った。今の私は『辛さ』よりも『幸せ』を確かに感じ、本当の幸せが一かけらも存在しないのに、つい頬が緩んでいく。ただ新鮮な息で身体を充たす、それだけでこんなにも安心し、幸せな気分になれるなんて、私はどこまで安っぽいのだろうか。ほんの短い期間で、私の価値は信じられないくらい低い所まで落ちてしまったようだ。


 「5名不合格。13番、14番、16番、17番、18番を繋留してください」

「はい」


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