第16話〜さり気ない偵察、依存という名の鎖〜
静まり返った夜の廊下に、由羅様の靴音と、私の頼りない足音だけが響く。後ろ手に拘束された姿勢は、歩くたびに重心を不安定にさせ、リードが引かれるたびに首輪が食い込んで吐息が漏れた。
「……さっき、凜人がいないところで『由羅様』って呼んだな」
前を歩く由羅様が、振り返らずに低く問いかけてきた。
「……はい……」
「教えられてもいないのに、自然にそう呼べるのは、お前が自分の立場を骨の髄まで理解している証拠だ」
由羅様の持つリードが、ぐいと短く巻き取られる。
私はたたらを踏み、由羅様の背中に胸を押し当てるような形で密着させられた。後ろ手に縛られているせいで、支えを求めることもできない。
「凜人に『二人で調教してやる』と言われて、どう思った? 怖かったか? それとも、あいつ以外の男に触れられることに興奮したか?」
「……っ、それは……」
答えに窮して顔を伏せようとするが、由羅様は空いた手で私の髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。月明かりの差し込む廊下で、彼の冷ややかな視線が、私の瞳の奥を暴こうとする。
「答えろ。お前の主人は、嘘を吐く家畜を嫌うはずだ」
「……怖かったです。でも……凜人様が見ている前で、私は……っ」
言葉が詰まる。情けなくて、恥ずかしくて。でも、隠し通せるはずもなかった。
「凜人様が……私をどうしようと、それはあの人の自由だから……。だから、由羅様に何をされても、それが凜人様の望みなら……受け入れたいと、思いました」
由羅様は一瞬だけ目を見開いた後、低く、愉悦を孕んだ笑い声を漏らした。
「……重症だな」
由羅様の手が、私の頬から首筋、そして露わになった鎖骨へとゆっくりと這う。
凜人様とは違う、少し体温の低い指先。その感触が、凜人様に触れられた記憶をなぞるようで、体の奥がまたじわりと熱を帯びる。
「だが、残念だったな。今日の俺は、ただの『運び屋』だ」
由羅様はリードを離すと、私の背中にある手錠のチェーンを指で弾いた。硬質な金属音が、静かな廊下に虚しく響く。
「明日の朝まで、その手錠は外さない。同室の家畜たちに、その無様な姿を晒して眠れ。主人の所有物であるという自覚を、夢の中でも忘れないようにな」
「……っ……かしこまりました」
『見習い淑女寮』の居室エリアへと入り、鉄格子の檻の前で足が止まる。
由羅様が鍵を開け、私を中へと押しやった。
中では、先ほどまで寝静まっていた琴音さんや麻衣さん、そして陽子さんたちが、異様な気配に気づいて一斉に体を起こしていた。
背中を反らされたまま、後ろ手に手錠をかけられた私の姿を見て、彼女たちは息を呑む。
「……れいな、ちゃん……?」
琴音さんの震える声が聞こえる。
「明日の朝まで、そのままだ。……いいな、れいな」
由羅様の冷徹な宣言に、私は跪き、畳に額を擦りつけた。
「はい……。ありがとうございます、由羅様……」
鉄格子が閉まる重厚な音が響き、悠羅様の足音が遠ざかっていく。
静まり返った檻の中。同室の五人の視線が、拘束されたままの私に集中する。羞恥で顔が焼けそうに熱いけれど、背中に食い込む金属の冷たさと、首輪の重みを感じるたびに、私は凜人様に選ばれ、特別に『躾けられた』のだという、倒錯した幸福感に包まれていた。




