第12話 深淵の鎖【Ⅳ】〜独占の枷という名の鉄格子の揺り籠〜
時弥と蒼空が警備員に引きずられていった直後、静まり返った視聴覚室で、俺はすぐにれいなの様子を確認した。
「大丈夫かい、れいな。昨日の今日で、また辛い思いをさせてすまない」
声をかけるが、意識がないのか返事がない。
「田中、れいなの意識がない。水を持ってきてくれ」
「かしこまりました」
田中が動こうとしたとき、横から愛理が声を上げた。
「待ちなさい。水よりもスポーツドリンクの方がいいわ。激しくイッタようだから脱水症状を起こしているはずよ。お兄様、わたくしが用意したものだけれど、飲ませてもいいかしら?」
愛理のことは信用している。彼女は今回、医者が必要になるかもしれないと自ら同行を申し出てくれたのだ。
「助かるよ、愛理。俺が飲ませよう」
俺は愛理からボトルを受け取ると、自らの口に含み、ぐったりとした彼女の唇を塞いだ。
「ゲホッ、ゲホッ……!」
口移しで流し込まれた水分に、れいなが激しくむせる。背中を優しくさすってやると、やがて呼吸が整い、彼女の瞳に光が戻った。
「凜……人……様……?」
「れいな、気がついたんだね。良かった。……遅くなってすまなかった」
俺は彼女の目を見つめ、静かに語りかける。
「要から、触診で最果てに達するななと命じられたのにまたおもらししため、お仕置きしていると聞いていたんだ。指示に従えないと今後辛い思いをするのはお前だからな。お仕置きも必要な躾だと思っていたのだが……蒼空の行方が分からなくなったと聞いてな。急いで駆けつけたのだが、間に合わなかったようで本当にすまない」
すべては真実だ。蒼空には監視を付けていたが、まさかその監視役と要が裏切るとまでは予測しきれなかった。俺たちは今日、父上と蒼空を引きずり落とすつもりで動いていたが、れいなをここまで巻き込むつもりはなかったのだ。
「凜人様は……助けに来てくれました。ありがとうございます、凜人様」
「れいな……」
俺は彼女を抱きしめ、その柔らかな髪を撫でる。
家を守るために、こんなに優しい子を利用し続けていいのだろうか。――いや、愚問だ。琉雅院家はそうして今の地位を維持してきた。父が更迭された今、当主は俺なのだ。情に流されることは許されない。
「れいな。お前だけを特別扱いするわけにはいかない。今から入寮してもらい、今夜からお前の特別カリキュラムを始める。いいな」
「かしこまりました、凜人様」
「いい子だ。立て」
頭を撫でてやると、彼女はふらつきながらも立ち上がった。俺はリードを引き、惨劇の舞台となった視聴覚室をあとにした。
学院の門を出て五分ほど歩くと、一際高い塀で囲まれた敷地が見えてくる。
「ここが奴隷寮だ。手前から奥に行くほど、ランクの低い淑女の寮がある」
説明を終え、俺たちは一番奥にある『見習い寮』へと足を踏み入れた。
「本来ならエントランスで鎖と手錠を外すが、お前は自力で歩くのも辛いだろう? 手錠だけは外してやるが、リードはこのまま連れて行ってやる」
「ありがとうございます、凜人様」
嘘だ。ただ俺がそうしたいだけだ。少しでも、れいなと繋がっていると感じていたい。
「寮内の食堂と浴場、最後にお前の居室を案内する。それが終わったら消灯時間まで休憩しろ。同室の者と親睦を深めておくといい」
「お気遣い、ありがとうございます」
ずいぶんと淑女らしい受け答えになった。他の淑女がいない場所なら甘やかしてやりたいが、寮や授業中という『公』の場ではそうはいかない。不思議そうな顔をするれいなを連れ、まずは食堂に向かう。一見すれば普通の食堂だが、実態は違う。
「入口で腕輪を付けられ、十五分でアラームが鳴る。食べ終えて出るまでにアラームが鳴れば、罰が与えられる。……この寮では、な」
少し脅しすぎただろうか。れいなの顔が引きつっている。
次に浴場へ案内した。天井に複数のカメラが設置されたその場所も、ルールは同じだ。
「ここでも腕輪を付けてもらう。制限時間は二十分だ」
今の学年は要の指示で下着の着用が禁止されている。体を拭くだけなら二十分もあれば十分すぎるほどだ。
最後に、彼女の部屋へと辿り着いた。
「ここが今日からお前の部屋だ。各クラス六人ずつのグループで共同生活を送ってもらう。トイレは存在しない。そこのおまるにして、自分で片付けろ」
俺は檻の中に控えていた他の五人を一瞥した。
「琴音、紗奈、麻衣、優里、陽子。今日から同室になるれいなだ。情けないことに、こいつは初日から重大な命令違反を犯して躾けられていた。……れいな、初日から仕置きを受けたお前に、俺からも罰を与えてやろう。今日から毎日、消灯時間後にお前を『躾けて』やる。後で迎えに来るからな。ほら、さっさと入れ」
「かしこまりました。案内していただき、ありがとうございました、凜人様」
見習い寮の居室は、鉄製の檻の中に六畳の和室があり、その奥におまるが六つ並んでいるだけの、居室というよりは『座敷牢』だ。並の見習いなら絶望して動けなくなる光景だが、れいなは素直にその檻の中へと入っていった。
俺は、さきほど鞭で追い立てて収監したばかりの、怯えて固まっている他の五人を冷たく見下ろしながら、檻の鍵を閉めた。




