第111話【副音】〜天真爛漫な暴君の乱入〜
地下へと続く階段は、いつもよりずっとキラキラして見えた。
五月の朝の空気は、まだ少し冷たい。けれど、僕の胸の中は、大好きな妹への贈り物を選んでいる時のような、柔らかな高揚感で満たされていた。
「……あ、やっぱり。兄さんも氷室も、もう始めていたんだね」
重厚な扉を開けると、そこには僕の誇らしい兄、由羅兄さんが立っていた。
彼は何だか、ものすごく怖い顔をして僕を見ている。寝不足なのかな? 兄さんはいつも、僕のために難しい書類仕事ばかり引き受けてくれるから、たまには僕が『理事長』として、彼の手伝いをしてあげなきゃいけない。
「凜人……! なぜここに。お前は上でおとなしく……」
「いいんだよ、兄さん。氷室から聞いたよ。昨夜、アランがれいなに素敵な『おめかし』をしてくれたんだって? ……でも、アランは少し乱暴だから。兄である僕が、ちゃんと仕上げてあげようと思って」
僕は兄さんの静止を笑顔でかわして、部屋の中央へと歩み寄った。そこには、床に這いつくばる大和と聖蓮。そして、拘束台の上で、大きな金属の拡張器を付けられた僕のれいながいた。
「……あ、ぁぁ……あ、ぁ……っ!!」
れいなは、僕の顔を見た瞬間に、もっと激しく震え出した。
喜びのあまり身体が動いちゃうのかな? 拡張器のせいで言葉は出ないみたいだけど、その大きく見開かれた瞳からは、大粒の涙が零れている。
「……かわいそうに。こんなに涙を流して。……喉が渇いちゃったんだね、れいな」
僕は、由羅兄さんが手にしていた鋭利なピンセットを「危ないよ」と優しく取り上げた。
そして、れいなの頬にそっと触れる。彼女の肌は氷みたいに冷たくて、僕の体温が伝わるたびに、ビクンと可愛らしく跳ねるんだ。
「大丈夫だよ。お兄ちゃんが来たからには、もう何も怖くない。……ねえ、兄さん。この器具、もう少し広げてあげたほうが、れいなも呼吸がしやすくなると思わない?」
「凜人、やめろ! それ以上は顎が――」
「あはは、兄さんは心配性だなぁ。……ほら、れいな。頑張って。……もっと、僕の『愛』を受け入れられるように。……ね?」
僕は鼻歌を歌うような気分で、拡張器のネジに指をかけた。ギリ、ギリと、金属がれいなの肉を抉る音が聞こえる。彼女の喉の奥から、言葉にならない、けれど世界で一番美しい悲鳴が響き渡った。
「……ふふっ、いい声。……氷室、見て。れいな、こんなに大きくお口を開けて……僕のことを待っててくれたんだね」
僕は満足げに頷くと、テーブルの上に置かれた小瓶を手に取った。
由羅兄さんはこれを『罰』のために使おうとしていたみたいだけど、僕にはわかる。これは、れいなを苦しみから救うための『副音』なんだ。
「ねえ、大和。聖蓮。……君たちも、れいなを救いたいだろう?」
僕は床で震える二人に、とびきり優しい、理事長としての『慈愛』の微笑みを向けた。
「……君たちの愛で、この子の喉を『完成』させてあげよう。……誰の言葉も届かない、僕たちだけの聖域に、れいなを連れて行ってあげるんだ」
僕の手の中で、小瓶が朝陽を浴びてキラキラと輝いている。
さあ、授業の続きを始めよう。僕たちの、最高に幸せな家族の時間だ。




