第108話【器・転Ⅸ】〜青空の下の不協和音〜
「001号。鴉様と零号は、ゴールデンウィークが終わるまで帰宅されないことになりました。よって今日の朝食は、スムージーとわたくしの特製ジュース、そして大和の特製ジュースといたします。まずは、大和のものから飲みなさい」
氷室様の冷徹な通告に、私は一瞬息を止めた。昨夜、私を抱きしめてくれた大和様の、その尊厳さえも氷室様は蹂躙しようとしている。
(……バレてる。全部、見透かされてるんだ)
大和様の顔は、死人のように青ざめている。私は震える手でグラスを取り、彼の『特製ジュース』を、一滴残らず胃に流し込んだ。
「では、001番。ベッドから頭だけ落ちるように仰向けになりなさい」
言われるがまま姿勢をとると、逆さまになった視界に氷室様が入り込む。次の瞬間、熱い液体が直接、私の喉の奥へと注ぎ込まれた。
「ゲホッ、ゴホッ……!」
「食べこぼしを確認。……懲罰に移行します。聖蓮先生、これを001号の下半身に付けていただけますか」
氷室様が取り出したのは、金属製の無機質な二つのクリップだった。聖蓮叔父様は、感情を完全に消した冷たい指先で、柔肌を、そのクリップで強く引き絞った。
「うぐっ……!!」
「次は、このゴム紐を。……そうです、背中側を通して、もう片方のクリップへ」
セットされたゴム紐は、私の秘部を無理やり引き上げ、背中へと繋がる『矯正下着』となった。
「今日だけはパンツを履かせてあげましょう。その痛みと羞恥こそが、食べこぼしたことへの報いです。……大和、聖蓮先生。わたくしのデバイスは二十四時間、001号のバイタルを把握していることをお忘れなきように」
氷室様は、恐怖に凍りつく二人を無視して続けた。
「今日の特別授業はアラン先生と海斗先生です。……本来は体操服の予定でしたが、せっかくおめかししたのです。このまま行きましょう。リードは大和が引きなさい。001号、第二服従姿勢」
「……かしこまりました」
私は、激痛に耐えながら四つん這いで這い出した。寮の玄関を出ると、五月の爽やかな風が、裸の身体を撫でる。その眩しさが、惨めさを際立たせる。
「……待ちなさい、001号。今の歩き方、規律に欠けていますね」
門を出たところで氷室様が足を止めた。彼が備品庫から取り出したのは、学校行事で使われる『巨大なプラスチック製の拡声器』だった。
「これを彼女の首から下げなさい。……さあ、001号。この音楽に合わせて、イタリア語で自己紹介しながら『行進』するのです」
氷室様がスイッチを入れると、敷地内に大音量の陽気なマーチング音楽が鳴り響いた。私は、首にズシリと重いメガホンをぶら下げたまま、爆音の音楽と共に這い進む。
「Io……sono……io sono lo strumento numero 001……(私は……1番の器です……)」
私がイタリア語を紡ぐたび、メガホンがその声を増幅し、敷地内に撒き散らす。リズムが遅れるたび、大和様が泣きながらリードを引き、クリップが裂けるように肉を噛んだ。
シュールで、残酷なパレード。その果てに辿り着いたグラウンドで待っていたのは、腕を組んで眉をひそめる海斗様だった。
「……おい、氷室。何だ、そのふざけた格好は。メンテナンスと称して遊んでいるのか?」
海斗様の冷ややかな叱責。私は砂利に顔を埋め、消えてしまいたい衝動に駆られる。だが、背後から無邪気な笑い声が響いた。
"Oh, Himuro! This is brilliant! It's like a parade for a broken doll!"
(ああ、氷室! これは素晴らしい! まるで壊れた人形のためのパレードじゃないか!)
アラン様が、弾むような足取りで近づいてくる。
「アラン様は、『素晴らしい。君のユーモアを高く評価する』と仰っています」
さらさが淡々と通訳する。アラン様はこの異様な光景を、最高のエンターテインメントとして喜んでいた。
「アラン、お前は甘すぎる。……氷室、これは、こんな玩具で遊んでいるから、中身が伴わんのだ。俺が直々に鍛え直してやる」
海斗様はリードを奪い取ると、私をグラウンドの中央へと引きずり出した。
そこからの数時間は、地獄だった。メガホンの重みに耐えながら、限界を超えた姿勢維持を強いられる。少しでも震えれば、海斗様の容赦ない蹴りや罵声が飛ぶ。泥と涙と愛液にまみれ、私はただの肉塊へと削り取られていった。
太陽が真上に昇る頃。もはや指一本動かせなくなった私を、アラン様が優雅に見下ろした。
"Bravo, Kaito. That was a very exciting performance. ...I've decided. My special lesson will be held in your room, No. 1."
(ブラボー、海斗。とてもエキサイティングだったよ。……決めたよ、1番。僕の授業は、君の部屋で行おう)
さらさが無機質に告げる。
「アラン様は、ご自身の授業は、あなたの居室で執り行うと決定されました」
アラン様は、氷室様の方を向いて、子供のような笑みを浮かべた。
"Himuro, the marching theme was perfect. Let's keep it for the way back to her room."
(氷室、あのマーチングは完璧だった。部屋へ戻る道中も、さっきと同じようにやっておくれ)
「承知いたしました。……001号、立ちなさい。自室まで、そのメガホンで『愛の告白』を撒き散らしながら帰りましょう」
私は、震える手足で泥だらけの地面を突き、再び四つん這いになった。爆音の行進曲が再び鳴り響く。午後の『親密な地獄』が待つ自室へと、私はまた、羞恥を大音量で叫びながら這い戻っていった。




