第105話【器・転Ⅵ】〜百夜の夢と、聖餐という名の感謝〜
聖別監獄に入ってからというもの、毎晩同じ夢を見る。白い天井の病院のような部屋で、お兄ちゃんが泣いているあの夢だ。今日なんて、泣いているお兄ちゃんの肩を優しく抱き寄せる由羅様と、白衣姿の愛理様まで出てきた。
(またあの夢だ……一体なんなんだろう)
ふと左の窓を見た。
(ひととせ桜がもう全部散っちゃってる……)
今度は右の窓を見てみる。
(やっぱりこっちはまだ春の風景だ)
「起きているようですね、001番。朝食ですよ。いつもなら零号特製ジュースもありますが、今日は鴉様と本家に帰っているので、スムージーだけで勘弁してあげましょう」
「おはようございます。かしこまりました、氷室様」
(入学してから毎日飲んでいるこのスムージー。初めは嫌で仕方なかったのに、もう飲み慣れてしまった。それもそうか……だって今日からゴールデンウィークが始まるのだから)
「001番、今日から一般生はゴールデンウィークの休暇ですが、あなたには聖蓮が選び、鴉様が調整した教師陣による特別授業を受けていただきます。今日は、午前中は由羅様が、午後からは愛理様があなたに指導してくださいますよ。さぁ、由羅様の教官室に向かいましょう」
「かしこまりました、氷室様」
(よりによって、由羅様と愛理様のコンビか……どうなっちゃうんだろう……)
由羅様の教官室では、14番を椅子代わりにして座っている由羅様が待っていた。
「来たか1番。失礼、今は001号か。お前のおかげで『14番』の座り心地が良くなった。礼を言うぞ」
「もったいないお言葉です」
「ほぅ…。授業では分からなかったが、随分と鴉に躾られたらしいな。今日は午後まで偉大なる神代大元帥閣下に感謝と祈りを捧げて貰うぞ。001号、忠誠の海老反り」
「かしこまりました」
「あえて拘束はしないが、姿勢を崩したら『規律棒』で躾てやる。繰り返せ。『偉大なる神代大元帥閣下。私は貴方様の器、001号です。私の心も、身体も、痛みも、羞恥も、すべては閣下の管理下にあることをここに証明いたします。私の痛みは閣下の秩序となり、私の絶望は閣下の礎となる。……私を器に選んでくださってありがとうございます』」
「仰せのままに、我が主。偉大なる神代大元帥閣下。私は貴方様の器、001号です。私の心も、身体も、痛みも、羞恥も、すべては閣下の管理下にあることをここに証明いたします。私の痛みは閣下の秩序となり、私の絶望は閣下の礎となる。……私を器に選んでくださってありがとうございます」
「それで感謝してるつもりか?氷室、躾てやれ」
「承知しました」
氷室様が規律棒を振り下ろした。
「ぅぅっ...。偉大なる...」
「001号?躾てあげたというのに、あなたはお礼も言えないのですか?」
氷室様の規律棒が、私の脇腹に容赦なく振り下ろされる。
「ありがとうございます、氷室様」
「そう。それでいいのです。さぁ、ここからは貴方の言葉で閣下に祈りを捧げなさい」
私は感情を込め、精一杯の笑顔で感謝を捧げた。
どのくらい経っただろうか。感謝の言葉が尽きた頃、誰もいないはずの空間から、お兄ちゃんの視線をふと感じた。けれど、私の心の中には常に、あの冷ややかなお兄ちゃんの眼差しがある。――『もっと美しく鳴け』。その言葉が、私の唯一の指針となり、私の血肉を支配している。
(わかったよ、お兄ちゃん)
「偉大なる凜人様……」
酸欠で頭が朦朧とし、お兄ちゃんの視線に意識を奪われたせいか、思わず口から名前が零れてしまった。
「001号。たしかに理事長は偉大ですが、今感謝を捧げるべきお方ではありません。懲罰対象とみなします」
「ありがとうございます。偉大なる神代大元帥閣下、001号の身体を限界まで反らせ、喉元を無防備に晒すこの姿勢こそが、001号の全ての幸福の証です。この苦痛が深まるたび、私は貴方様の所有物として完成されていく。この痛みに耐える時間こそが、私にとっての最も甘美な聖餐です。閣下、私を、もっと愛でてくださいませ」
そう口にした瞬間、不思議な感覚が心を満たした。閣下にこの身を捧げているという実感が、苦痛を突き抜け、言いようのない幸福感へと昇華されていく。私は午前中いっぱい、閣下への愛と感謝に酔いしれながら、祈りを捧げ続けた。
朦朧としていく意識の中、壁際に立たされている大和様の手がまるで私を抱きしめるように震えていた気がした。




