【9話】邂逅談
練習相手となる魔獣を探している間、美緒は疑問に思っていたことを琴に尋ねる。
「そう言えば、琴さん。何で私たち、童話少女って言うんですか? 魔法を使うんだから魔法少女じゃないんですか?」
「昔はそう呼ばれてたみたいなんだけど、区別するために変わったの」
「へぇー、区別⋯⋯」
わざわざ変えたってことは何かしらの経緯があるんだよね。
「それって——」
そんな最中、一同は猪よりも小さく小柄なウリ坊の魔獣を見つけた。
「なに、あのちっちゃいの! かわいっ!」
「ウリ坊かね?」
「それじゃ、さっきと同様に美緒ちゃんが魔法を外して、那岐くんがその動向を見ながら待ち伏せしてみてね!」
「了解です!」
「わかりました」
魔獣にバレない程度に接近してから、ステッキを魔獣から少しずれた所に向けて攻撃魔法を唱える。
【攻撃呪文】
美緒のステッキから放たれた真っ赤な炎球は、予定通り魔獣に当たることなく道路に直撃する。
小さな魔獣は驚きつつも、本能のまま美緒から遠ざかろうと逃げ出す。魔獣は何も障害物がない歩道を走っているので美緒は見失わずに飛んで追いかけられている。
魔獣も懸命に小さい体を揺らし必死に逃げるが、美緒から距離を離すことは叶わない。
美緒はいつでも魔獣を倒せる状況であるが、那岐が現れるのを待つ。
「あっ!」
美緒の視界に大きな動物の白い毛が映った。数十メートル先の交差点にある建物の影に那岐が隠れているみたいだ。美緒は魔獣を追い越さないように速度を落とす。
それに反し、魔獣は速度を落とすことなく美緒から距離を離していく。
魔獣が交差点に差し掛かると、それを見計らい待ち伏せしていた那岐が歩道に飛び出した。魔獣は自分よりも大きい獣が急に飛び出してきたことに驚き、その拍子に硬直して倒れてしまった。以降もピクリと動かなくなってしまった。
「ありゃ」
魔獣は反射的に擬死で捕食回避を行っているようであったが、何も攻撃してないのに死んでいるはずもなく美緒にはそれが通用しなかった。
【攻撃呪文】
動きもしない魔獣は的状態で炎球は直撃し、灰が舞い散る中からウリ坊の死骸が現れる。
「いぇ~いっ!!」
美緒と那岐はハイタッチして喜び合う。
「お疲れ様! 二人とも本当に凄かったよ!!」
琴は手を叩き、拍手をしながら美緒と那岐を褒めちぎる。
「良いチームワークすぎてびっくりしちゃった! 流石、幼馴染なだけあるね!」
「ありがとうございます!!」
変身を解いた美緒は照れくさそうにいい、那岐も人間の姿に戻っていた。
「もう、完璧ね! 二人に教えることもないかも!」
三人はウリ坊の死骸を間に挟みながら話しているので、美緒の視界には自然とウリ坊が目に入る。そして、疑問が湧いて出てきた。
「⋯⋯そうだ! どうしてこんな街中に魔獣のウリ坊がいるんですかね?」
「昼間は、まだ生きてる猪もいたよな」
「あら、本当に? ——うーん⋯⋯いろいろ要因はあると思うけれど、ここから西の方角でよく魔獣が目撃されているの。⋯⋯橋を渡ったすぐ先にある山、観音山があるしそこから来てるんじゃないかしら」
高崎市の西側に大きくそびえ立つ観音山は街側からも一望でき、木々が生い茂っているのが遠目からでもわかる。野生動物が生活していても不思議じゃない。
「烏川渡って、ちょっと行ったら山ですもんね」
「確かに⋯⋯! 猪とかならいそう!」
一同が話しているそんな最中、琴のポケットから着信音が鳴り響く。琴はスマホを手に取り電話を受ける。
「はい、愛宕です。うん⋯⋯はい、はい。——わかったわ。すぐ行くね」
琴は神妙な顔つきで電話を切る。
「どうしたんですか?」
「二人ともごめんね。噂をすれば西の方で魔獣が大量発生してるらしいから応援に行ってくるね」
「私たちもいけます!」
「大丈夫よっ。二人は疲れただろうしお家でしっかり休んで」
「そうですか⋯⋯」
「安心して! わたしがパパッと倒してきちゃうから!」
「⋯⋯わかりました!」
「気をつけて行ってきてください」
「ありがとう! 二人も気をつけて帰ってね!」
背を向けて飛んでいく琴に美緒は大きく手を振る。入れ違うように動物死骸回収業者の収集車が到着した。先ほど回収に来た人と同じ男の人だった。
「何回もすみません!」
「いえ⋯⋯今日は一段と魔獣が発生してるみたいなのでお気をつけて。まだこの辺を周回していますので気軽にご連絡ください」
「ありがとうございます!」
慣れた手つきでウリ坊を袋に入れ荷台に載せると車は走り始める。美緒と那岐は目をつぶり、手を合わせ見送った。
「⋯⋯那岐、疲れた?」
「いいや、大丈夫だけど——」
「それじゃあさ⋯⋯! もう一回しない? 魔獣の討伐!!」
「楽しくなってきた?」
「うん⋯⋯! 魔法って面白いね!!」
魔法が面白いっていうのもあったと思うけど、那岐と一緒に身体を動かし、スポーツみたいな事ができるのが美緒にとっては新鮮であった。
【変身呪文】
二人は変身して魔獣の討伐を始める。
いくつか魔獣は見つかったが二人三脚で楽々倒してしまった。強めの魔獣は琴さんが向かった方角にいるのかな。
美緒は死骸の回収をしてもらうため琴から教わった番号に電話をかける。
「はいは~い。ももちゃんだよー」
ももちゃん⋯⋯?
「初めまして、浅間美緒です⋯⋯動物の死骸の回収をお願いしたくて電話を掛けたんですけど、あってますか?」
「あってるあってる! おことから聞いてるよ! 桜ももだよ! よろしくね~」
「よろしくお願いします⋯⋯」
「それじゃ、場所教えて!」
「住所は和田町の——」
美緒はももに死骸の場所を詳細に教える。
「おっけー! それじゃ、こっちで手配しておくからよ~。お疲れ様、みーみ!」
みーみ⋯⋯?
桜ももと名乗る女の子との電話が切れた。電話番の彼女も美緒と同じ童話少女なのだろうか。
「にゃあー」
美緒が考え込んでいると一匹の猫が現れる。
「かわいいー!! こんにちは!」
「にゃあ」
猫は人懐っこく、二人の傍までやってくる。美緒は近寄ってきた猫を撫でた。
「見てみて、真っ白! 那岐とおそろっちだ!!」
「あんま猫に言う言葉じゃないと思うぞ」
当の白猫は気にしておらず、美緒の足に体をスリスリ擦る。
そして、猫に変身している那岐の毛繕いも始める。
「んー!!」
あまりの可愛さで美緒はカメラを構えた。
しばらくすると、白猫は「にゃ」と言い残してこの場を後にした。
「ばいばーい!」
美緒たちも猫とお別れして、魔獣の討伐を再開する。
美緒と那岐が街を彷徨っていると犬の鳴き声が聞こえてきた。
「また、犬の魔獣かな?」
「——そんな感じする」
那岐は匂いを確かめながらそういった。
二人はその鳴き声に吸い寄せられるように歩んでいくと、犬が物凄い剣幕で民家のフェンス内側から道路に向かって吠えている光景が目に入る。
その犬の目の前には目元が黒く、尻尾が縞模様のアライグマがいた。
「おー⋯⋯狸だ!」
アライグマはフェンスに手を入れ犬に興味津々であり、こちら側には全く気づいておらず逃げる素振りを見せない。
「犬の方は生きてそうだけど、こっちは魔獣だな」
通行人も吠え叫んでいる犬には気がついているようであったが、アライグマの存在には誰一人として気にする素振りがない。これだけ珍しかったら誰かしら写真を撮りそうなものだが、カメラを構える者はおらず魔獣であることは明らかであった。
「りょーかいっ! とっととやっちゃうね!」
那岐が肉球で指さしたアライグマに美緒もステッキを構える。幸いにも相手は動いておらず、真っ直ぐ速い魔法の一撃で仕留められそうだ。
【攻撃呪文】
勢いよく発射された炎球は魔獣に直撃し、魔獣から灰が舞い散りアライグマの死骸が出現する。
さっきまでワンワン鳴いていたのに、魔獣がいなくなった途端犬は吠えるのをやめた。
「楽勝、楽勝っ!」
美緒はすぐさま携帯を取り出す。今日一日、たくさん電話をかけてきたから流石に慣れてきた。
「おー! また、みーみか! 頑張るね~。じゃあ、その場所に手配しておくねー」
「お願いします!」
回収業者がすぐさま来てくれ、二人は死んだアライグマに手を合わせて見送る。
その時、仏壇から「チーン」と鈴の音が聞こえてきた。
「おや?」
犬がいる更に奥、民家の中から声が聞こえてきた。
白髪のおばあちゃんが笑みを浮かべている。手にはお盆を持っており、その上にお茶と菓子が載っていた。
「こんにちわ」
「こんにちわーっ!」
「こんにちわ」
那岐と美緒の元気な挨拶におばあちゃん、三島富貴子は返事する。
「大福の鳴き声が聞こえなくなったと思ったら、お客さんに挨拶してたのかい」
「この子、大福っていうんですか?」
「そうよ」
確かに、真っ白な姿は大福のようであった。
「大福、撫でてもいいですか!?」
「どうぞ、いっぱい触ったげて」
「わーっ!! 大福~!!」
美緒はフェンスの上から大福をワシャワシャする。撫でられて嬉しかったのか、大福は口角を上げ尻尾を大きく振っている。
「すみません。騒がしくして」
那岐が謝ると、富貴子は手を横に振る。
「とんでもない。むしろ、大福の方がうるさくなかったかしら?」
富貴子は太郎と遊んでいる美緒を微笑ましく見ている。
「——でも、驚いたわ。君たちが来てからこの子吠えなくなっちゃって」
大福は吠えるかわりに口からよだれを溢れ出している。
「いつも吠えてたんですか⋯⋯?」
「そうなの。近頃、この子吠えっぱなしで、ここを通る小学生たちも怖がっちゃってね参ってたのよ」
「そうだったんだ~!」
大福はおばあちゃんを魔獣から守っていたのかな。でも、魔獣は退治したから安心してね。
「もう、大丈夫だよ⋯⋯! 大福っ!」
「ワンッ!」
車道を走る自動車のライトが早くも疎らに点灯しだした。
「今日はありがとうね。今度は上がってゆっくりしていって頂戴」
「はーい! また、来ますっ!」
「こちらこそ、ありがとうございました」
別れを察知したのか大福は顔をうなだれてしょんぼりしている。
「大丈夫だよー、また来るから!」
美緒は最後に大福を撫で、二人は大福からどんどん遠ざかっていく。大福はフェンスから身を乗り出し見送ってくれており、美緒は手を振る。
「ばいばーい、大福っ!!」
大きく手を振る美緒に、大福が尻尾を振り返しているのが遠くからもわかった。
帰路に立つ二人のポケットは膨らんでいる。美緒は煎餅をぼりぼり言わせながら歩く。
そんな二人の間にしばしの沈黙が訪れた。
美緒は意を決して煎餅を飲み込み、那岐の手を握って軽く引っ張る。
「那岐っ⋯⋯。もう暗いしさ、休憩——してから帰らない?」
「⋯⋯⋯⋯」
あまりに唐突な出来事に言葉を発せず、那岐はただつばを飲み込み頷く。
二人は手を握り合って目的のお店に向かう。店内は明るく、二人は椅子に腰掛けた。
「じゃあさ——」
美緒は自身の大きなカップを那岐の手に近づける。
「乾杯ッ!!」
コーヒーの上に生クリームが載ったプラスチックのカップ同士を密着させる。音こそ鳴らなかったが美緒は満足でき、勢いよくストローを吸う。
ストローを伝って苺の果肉が口の中に入ってくる。
「んー、おいしっ!」
自然と口角も上がり笑顔になる。しょっぱいものを食べたら無性に甘い物が食べたくなったのだ。
那岐はというと一口もストローに口をつけず、冷たいカップの側面を額に当てている。
「那岐も疲れたよね~」
「⋯⋯まあな」
美緒は椅子に全体重を乗せ力を抜く。
「私も、一日中動き回ったから流石に疲れたよ⋯⋯」
休憩をし終えた美緒と那岐はお店を後にする。
帰り道、辺りはすっかり日が落ち暗くなっていた。自動車のライトも疎らではなく、街頭の明かりも全て点いている。
美緒たちは駄弁りながら家に向かって歩き始めた。
横断歩道を渡っている際、歩行者信号が点滅しだし二人は駆け足で渡る。
二人が渡り終わり赤になると、美緒たちを追いかけ高速で向かってくる存在がいた。爆走してきたそれは走行している自動車を関係なくかっ飛ばす。大きな足音と車の衝撃音が気になり美緒は後ろを振り返る。
だが、もう気づいた時には遅く迫ってくるそれと美緒の距離は1メートルもなかった。
「う⋯⋯ッ!!!」
変身する暇もなく突進を喰らった美緒はその衝撃で宙を舞う。
「美緒ッ!!!?」
美緒はそのまま落下し、地面に叩きつけられた。
二人の目の前には普通の何倍もの大きさをした猪が、スピードを押し殺してこちらを振り返っている。




