【8話】ネコナシ
美緒の覚悟が決まった所で、琴は二人に教示を始める。
「前にも言ったかもしれないけど、魔法は鮮明に思い浮かべれば浮かべるほどその通りに発動するの。小説の情景描写を頭に思い浮かべる感じ」
【変身呪文】
琴は美緒と那岐の前でガールズガイストの呪文を唱えて見せる。
「無から思い浮かべてもいいんだけど、簡単なのは既存の物を使うこと。わたしたちのグループはこれで統一してるの」
「私も同じやり方がいいです⋯⋯!」
「それなら、まず変身してみよっか!」
「はいっ!」
美緒も慣れ親しんだゲームの呪文を頭に思い浮かべ、言葉にして発する。
【変身呪文】
美緒の身体全体は魔法に包まれ、赤く綺麗なドレスとガラスの靴にドレスアップした。手元にはステッキを握っている。
「おお、すご⋯⋯」
衣装チェンジに那岐は驚く。
「美緒ちゃん、上手ね!」
「わっ! きれーい!」
一瞬にして変身した服を美緒はまじまじと見渡す。昨日はごたごたしており、よく見ていなかったが凄くかわいいドレスを身に纏っていた。
「美緒ちゃんはもうわかってると思うけど、攻撃魔法、防御魔法、支援魔法、変身魔法、復活魔法を駆使して戦っていくの」
琴が指を折って数えていると同時に【攻撃呪文】【防御呪文】【支援呪文】【変身呪文】【復活呪文】と同時に脳内で思い浮かべられたから呪文に至っては大丈夫そうだ。
「その他には飛行魔法があるんだけど⋯⋯これだけは呪文なしで飛べるようになってほしいの」
「そう言えば、愛宕さん。さっき、呪文も何も言わずに飛んでた⋯⋯」
二人の足元で那岐は投げかける。
「よく気づいたわね、那岐くん!」
琴はしゃがみ込み那岐の頭を撫でる。
「う~ん——でも、何でなんですか? 呪文言ったほうが楽そうですけど⋯⋯」
「初めのうちはそれでいいね! だけど、わたしたちは普段生活している時に足や手に『動け!』って言葉で命令しないじゃない? 言葉を発するよりも早く脳から指令が送られると思うの」
琴は呪文も何も発さずに二人の前で空を浮遊して見せた。
「魔法で空を飛ぶのも同じ感じで、この基礎の時に習得してもらいたいのっ! 後からやり方を変えようと思っても、またゼロからじゃ大変だからね」
琴はいとも容易く飛んでいるけれど、そんな簡単なわけないだろう。美緒は鳥ではないのだから飛んだことなんて一度もない。正直言って自信がなかった。
「⋯⋯そんな難しそうなこと、私にできます⋯⋯?」
「大丈夫! 美緒ちゃんならできるわよ!」
琴は地面にゆっくりと着地をすると、嘘偽りのない眼差しを向けながら美緒の手を握る。那岐も猫の姿のまま頷いているのが見えた。
二人がそう思ってくれているのならできるのかもしれない。
「——! じゃあ⋯⋯やってみます!!」
頭上を雀の群れが羽ばたいて飛んでいってる中、美緒は足先に注力する。
「んんんー」
美緒はかかとを上げ、頭頂部を少しでも天に近づける。雀のように空を飛んでみたい。
限界まで背伸びをした美緒の身体はプルプル震えていた。
だが、その限界値を彼女は徐々に更新していく。いつの間にか足が地面から離れていた。
「嘘っ!? 飛べた! 飛べたっ!」
夏の熱い地面から靴底が解放され、少しばかりの涼しさを感じた。
ビル二階ほどの高さまで簡単に上昇する。身体も自由に動かせ、一回転スピンして見せる。
生きてきて魔法を使ったことなんてなかったのに、美緒の身体は瞬時に魔法に適応した。
琴はその様子を笑顔で見守っている。
美緒は下降し、ゆっくりと地面に足をつけた。那岐は立ち上がり肉球で拍手している。
「美緒、すごいよ!!」
「ほんとすごいじゃない、美緒ちゃん!」
「ありがとうございます⋯⋯!」
「こんな初めから完璧なんて——正直驚いちゃった」
あんなに飛ぶのって楽しいんだな。鳥たちだけが独占してたなんてずるいな。
「こんなに飲み込みが早いなら、すぐ実践に移りましょう。⋯⋯美緒ちゃん、準備はいいかしら?」
「はいっ!」
一通り魔法を教わった後は敵探しに移る。
猫の那岐は五感を研ぎ澄ます。
「——こっちの方から匂いがしてくる気が⋯⋯」
那岐が目星を付けてくれたので一同は散り散りになって近辺を捜索する。
美緒の目に魔獣が映る。
「あっ!! いた!!」
美緒の声に二人も集まる。
少し先に狸が道端を歩いている。尻尾は短く、手足は黒い小さい図体をしている。
「おー! アライグマだっ!」
「どうりで見つけづらいわけだ」
「じゃあ——さっそく倒してみよっか!」
「いえすまむっ!」
美緒は魔獣にステッキの照準を合わせ、攻撃の呪文を思い浮かべる。
【攻撃呪文】
魔法を繰り出せたが、サッカーボールほどの炎球は狸を僅かにそれて地面に当たる。
魔獣は衝撃で吹っ飛び、慌てふためいて手足を空転させた。そのまますぐさま近くのブロック塀を駆け上がり逃げ出す。
「待ってッ!!」
魔獣を追うため美緒は飛び追いかける。その後ろを猫の那岐が追従し、更に後方上空から琴が様子を見守っていた。
魔獣は細いブロック塀の綱渡りをいとも簡単にこなし逃げ続ける。
見失う前に仕留めないと⋯⋯魔獣に当たるには⋯⋯
【攻撃呪文】
考えるよりも先に美緒は飛びながら魔法を放った。
だが当たらない。飛んでいるのもあって狙いが定まらなかった。
「おいッ!! 逃げるなッ!!!」
ブロック塀の先がなくなり行き止まりとなる。魔獣は降り、民家の敷地へと逃げ込む。美緒もその後をピタリと追う。
「もーどこまで逃げるの⋯⋯」
魔獣は逃げるばかりで攻撃してこない。そればかりか美緒との距離はだんだん縮んでいった。
「これなら今度こそ——うげッ!?」
背景と同化していた蜘蛛の巣に絡まる。
「く⋯⋯ッ」
【攻撃呪文】
美緒は障害物に邪魔されながらも炎球を三発がむしゃらに放った。
その内の一発が魔獣にかすり当たるが大きくよろけるだけで倒しきれない。
魔獣は姿勢を低くし、草木を爆速でかき分けて進む。美緒は草まみれになりながらもその後を追いかける。
魔獣は民家の敷地から出て大通りに出る。何も障害物がなく開けたこの場所なら魔法が当たるかもしれない。
美緒はフェンスの上に立ち狙いを定める。
「とどめだーッ!!!」
【攻撃呪文】
その一撃は魔獣に命中して灰が舞い散り、狸の死骸が出現する。
車道に動物の死骸が急に現れたので、運転手たちは咄嗟に避けて徐行をする。
美緒は息を切らしており、着ているドレスや靴は木々の間を駆け抜けていった代償に汚れて穴が空きボロボロとなっていた。
「ぷっはー」
業者が来るまでの間、美緒は地面に座り壁に背中を預け呼吸を整えた。手には那岐が自販機で買ってきてくれたジュースを持っている。
そんな最中、動物の死骸回収業者が到着した。
交通の流れを止めないように素早く死骸を車に載せこんでいるのを察し、後続車たちは業者たちを邪魔しないように追い越していく。
一同は手を合わせて死骸が回収されていく様を見送る。
だが、その更に後ろから来た『自動運転実施中』と書かれたサイリング社の無人運転トラックは業者たちの前で急停車する。鼠のねのナンバープレートを付けた無人のトラックは何回もクラクションを押し、近隣にうるさく鳴り響かせる。
回収業者たちは悪くないのにトラックから逃げるように去る。すると、トラックも発車しこの場を後にした。
辺りが静かになると琴は口を開く。
「美緒ちゃん! 初戦で取り逃さず、倒し切るなんてすごいよ!」
上空から様子を見ていた琴が美緒にフィードバックをくれる。
「ありがとうございます⋯⋯!」
「——けど、少し大変じゃなかった?」
「そうですね⋯⋯最初外しちゃったからどうにか挽回しないとって思って⋯⋯」
「わたしも外すことはあるし、百発百中じゃなくても大丈夫! でも、あれだといくら体力に自身があっても大変には変わりないから、どうリカバリーするかが大切で⋯⋯例えば、魔獣を追うだけじゃなくて『待ち伏せる』とかも策だね」
「——そんなことできるんですかっ!?」
「できるよ、美緒ちゃんは一人じゃないんだから! 那岐くんと二人三脚でね!」
琴は那岐の方を向く。
「那岐くん、今変身できる?」
「できます」
那岐は大人の猫ほどの大きさに変身した。
「じゃあ、那岐くんも頭の中で思い浮かべてほしいんだけど、猫よりも大きな⋯⋯チーターとかライオン! それぐらいの大きさだったら具現化できると思うんだ」
「大きい動物⋯⋯」
那岐は目をつぶり考え込む。
脳内ではっきりとイメージできたのか、那岐はさっきよりも数倍大きい猫の姿をしており、本当にライオンほどの大きさだ。その佇まいは遊園地とかにあるバッテリーカーみたいで乗りたくなるような見た目をしている。
「上出来じゃないっ!! これだったら大分威圧感が出て弱い魔獣たちぐらいだったら逃げ出しちゃうかもね」
「これで俺が魔獣を追いかければいいんですか?」
「それでも良いんだけど⋯⋯まあ、まずはさっきと同じ状況でやってみましょうか。美緒ちゃん、準備大丈夫?」
「はいっ! ばっちしです!」
休憩し、息を整えられた美緒は立ち上がり両手に拳をつくる。




