【7話】魔法のいろは
駅前西口デッキ、待ち合わせ場所の温度計の前には既に琴の姿が見えた。
琴の立ち姿は織姫様のようで、着物が似合いそうな大人っぽい高校生だ。
「こんにちは」
「こんにちはーっ! 琴さん!」
二人は小走りに駆け寄る。
「こんにちはー! ——よしっ、二人とも揃ったね! 早速なんだけど、那岐くん。はいっ」
琴は那岐に銀色のリングを手渡す。
「なんですか⋯⋯これ?」
美緒は那岐の手のひらに載っかっている物体に顔を近づける。
「指輪だよ」
「指輪ッ!? いきなりプロポーズ!?」
「えぇ!?」
声を出す美緒と那岐に琴はふふっと笑う。
「違うわよっ。美緒ちゃん、わたしが知り合って間もない男の子に婚姻を迫ると思う?」
それもそうか、と美緒は首を横に振った。
「それに、わたしは男の子からプロポーズされたいかなー」
「それは⋯⋯わかるかも⋯⋯!」
しばしの沈黙の後、那岐が咳払いをして再度質問する。
「⋯⋯で、これって結局なんなんですか?」
「取り敢えず指に嵌めてみて!」
首を傾げながらも那岐はリングを装着する。
突然、美緒の視界から那岐が消えてしまった。
「うわっ!!!」
美緒の足元から那岐の声が聞こえてくる。地面には白い毛が生えた白猫が佇んでいた。
「えーーーッ!?」
美緒は大きな声を出しながらしゃがむ。
毛並みはつやつやで綺麗な白色。これが那岐なの?
「それじゃ、特訓に行きましょーう!」
那岐が猫に変身したことを確認すると、琴は腕を上に挙げ歩き始めてしまう。
「ちょっ、ちょっと待ってください! 愛宕さん!!」
那岐は低い位置からも負けじと声を上げる。
「なんなんですか!? これ!!」
「猫ちゃんだよ?」
美緒は猫の姿になった那岐を抱き上げ胸の前で抱える。
「じゃなくて、この身体は一体なんなんですか!?」
「支援魔法の効果だね! わたしがリングを魔法の補助道具に変えたんだ。そのアイテムを付けると猫に変身できるの。——あれ、那岐くんはゲーム未プレイだった?」
「美緒と一緒に遊んだことありますけどこんな要素ありましたっけ? ⋯⋯って、それにしたってびっくりしますよ!!」
「そうよね! ごめんなさい!」
那岐以上にこのゲームをプレイしていた美緒もそんな要素を知らず眉をひそめる。あの作品にそんなアイテム出てきてたっけ?
琴は手を合わせ首を傾ける。
「那岐くんは魔法を使えないでしょ? だからね、その猫の姿で美緒ちゃんをサポートしてあげてほしいの」
「サポート?」
「そう。二人はもう見たと思うんだけど、この街には化け物たちで溢れているの。そいつらは美緒ちゃんや童話少女であるわたしたちも狙ってる」
昨日のショッピングモールでも、美緒よりも遥かに大きい熊は通行人や那岐には見向きをせず、美緒一直線に攻撃をしてきた出来事を思い返す。
「毎日、あらかた駆除してまわってるんだけどきりがなくてね。今日は二人にも練習がてら身を守る術を会得してもらいたいの!」
琴は手を叩く。
「それじゃ——気を取り直して、行きましょっか!」
童話少女二人と猫一匹はデッキを後にする。
琴を先頭にしばらく南に歩いた後、那岐は鼻に違和感を覚え四足にブレーキをかける。
「那岐、どうしたの?」
「なんだ、この匂い? 腐ってるというか⋯⋯獣臭みたいな匂いは」
那岐はあまりの匂いなのか顔をしかめているのだが、美緒はその匂いとやらを感じなかった。
「下水の匂い?」
「——近いかもね。那岐くん、その匂いを辿って」
「え⋯⋯? 追えばいいんですか?」
那岐は感覚を研ぎ澄ましながら歩き始める。猫の那岐を先頭にその後ろから琴が後を追う。美緒は理由もわからず、頭にはてなを浮かべながらトコトコついていく。
十字路に差し掛かると一同の前に犬が現れた。犬の首には赤い首輪が付いている。
「あっ! ワンちゃんだ!」
目の前に現れた雑種の犬は、美緒の祖父母の飼い犬に横顔が似ていた。
犬は真っ直ぐ前だけ見ており、その近くを通る通行人も気に留める素振りはない。こんな街中にいるぐらいだから迷子で野犬じゃないのかな。首輪もしてるし。
犬は足を止めることなく交通量の多い交差点へと差し掛かる。お構い無しに犬は道路へと飛び出した。
「危ない!! 助けなくちゃッ!!」
美緒が声を出し駆け出す。
「美緒ッ!!」
「美緒ちゃん!?」
右側から自動車がクラクションを鳴らし、勢いよく向かってくる。美緒は寸での所で犬を拾い上げ、向かい側の歩道まで投げ飛ばした。
だが、美緒は退避が間に合わず車に轢かれる。辺りには衝突音やブレーキ音が響き渡った。
車道にはフロントがへこんだ自動車と血を流し事故死した美緒が転がっている。その衝撃的な出来事に周囲は騒然となっていた。
【変身呪文】
事故後、すぐに変身し飛ぶ琴と、地べたを駆けて来る那岐の姿が見えた。
【支援呪文】
琴が回復を試みるが既に息絶えてしまった美緒には効かない。
犬はというと怪我もなさそうで、動かない美緒をじっと見つめている。
【復活呪文】
美緒の身体は元通りに再生する。自動車の衝突傷も元に戻って、残ったのは車が一台車道に停車しており、その前で人間二人と猫が話しているという奇妙な光景であった。
「美緒⋯⋯っ」
「美緒ちゃん、身体平気? 痛い所ない?」
「はい、大丈夫ですっ。それより——良かった⋯⋯無事で」
美緒は身を挺して助けた犬の方へと歩き近づく。
「待ってっ!!」
美緒は琴に呼び止められて歩みを止める。
「え?」
「これが今回駆除する魔獣だよ」
「このワンちゃんが魔獣⋯⋯?」
「ええ。この子は既にこの世の生き物じゃないわ」
琴は手に持っているステッキを構える。
「まずは、わたしがお手本を見せるわね」
「待ってください!!」
美緒が琴の前に立ちふさがる。
「この子首輪してるんですよ!? 飼い主さんに会わせてあげなくていいんですか!!」
「美緒ちゃんの気持ちも尊重してあげたいんだけど、この子が見えるのはわたしたちだけ。会わせてあげるのは成仏させてからでも遅くないと思うの」
琴は、動かず二人の言い争いを静かに見ている犬を指差す。
「それに魔獣はわたしたちのことを縄張り荒らしの敵だとしか認識してない。共存なんて夢のまた夢だよ。いつ牙を向いてくるかわかったもんじゃない」
「⋯⋯っ。——そんなのわからないじゃないですか!!」
「二人とも落ち着けって!」
今度は那岐が激昂してきた二人を小さい身体で止めに入る。
美緒は実践した方が早いと犬に駆け寄って抱きかかえた。
「ほ、ほら! 大丈夫じゃないですか!!」
しかし、今までじっとしていた犬は唸りを上げ、歯を食いしばり始めた。
犬は口を大きく開け、抱きかかえている美緒の右腕に噛みつき、肉を引き剥がす。
「——ッ!?」
美緒は思わず犬を放り投げ、痛さのあまりしゃがみこむ。皮膚がめくれた腕からは血がだらだらとこぼれ落ちてくる。
放り投げられた犬は上手く着地し、敵意の目を向けながら美緒目掛けて走ってくる。
「美緒、逃げろッ!!」
犬が飛びかかってくるがさっき見た時よりも何倍もの大きさに、はたまた目の錯覚なのかそう見え、美緒は恐怖のあまり目をつぶる。
【攻撃呪文】
助からないと思ったその瞬間、横から黄色の炎球が飛んでくる。
魔法が直撃した魔獣からは灰が舞い散り、犬の死骸が現れる。その死骸は先ほどの犬と同じ首輪をしており、美緒の目の前で横になっている。
【支援呪文】
今度は琴が美緒に向けてステッキを構えて魔法を放つと、美緒の身体に出来た傷が癒えて元通りに戻っていた。
琴は美緒の気持ちを汲み取ったのか犬にも魔法をかけるのだが、息を吹き返すことはなく一歩も動かない。
「ごめんなさい⋯⋯私——」
目から涙が零れ落ちる。勝手に行動したのは美緒なのに、尻拭いまでしてくれた琴に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
琴は美緒の頭を優しく撫でる。
「いいのよ。わたしも強く言い過ぎちゃったから」
忠告を守らなかったのは美緒なのに琴は怒ることなく慰め続ける。その優しさで美緒の目から更に涙が溢れてくる。
言う事聞いていれば、この子も最後に嫌な思いせずに成仏できたんだよね。
「ごめんね⋯⋯ごめんね⋯⋯ッ」
美緒は横たわった犬の頭を撫で続ける。首輪には『いろは』と印字されていた。
琴が電話をかけると回収業者が到着した。いろはは業者に抱えられ、車に載せられる。
「火葬したら骨と一緒に首輪の保管もお願いできますか?」
「わかりました」
琴の伝言を聞くと車は走り始める。当然だけど、琴さんの方が理を熟知しているんだな。
「美緒⋯⋯」
心配そうに近づいてくる猫の那岐の頭を撫でた。
このままじゃだめだ——
美緒は起き上がり琴に向き直る。
「琴さん、私に魔法を教えてください」
琴が振り返るとそこには涙を引っ込め、決意を固めた美緒が立っている。
面食らっている表情の琴だったが、すぐさま笑顔を取り戻す。
「ええ。嫌でもそのつもりよ」




