【54話】王手
いちごが口に入る直前、美緒は怪人の腕を振り払った。
床に落ちたいちごとフォークは衝撃で金属音を奏でる。いちごは毒々しい色に変化しながら蒸発した。
「そんなの⋯⋯食べないッ!!」
「お前は今、何をしたのかわかっているのか?」
ラウスは手元に火縄銃を生み出し、銃口を美緒に向けた。
【攻撃呪文】
美緒は反射的に炎球を撃ってしまった。
「しまった⋯⋯!」
後悔しながらも、拘束が解けていたので後ろに飛び下がる。
前回の戦闘の後童話少女のみんなで話し合い、怪人はこちら側が攻撃しなければ無力だと判明したのに、美緒は相手に攻撃材料を渡してしまった。
ラウスは美緒の放った赤色の炎球を自在に操っている。
「反抗したことを後悔させてやるよ」
こうなったら、助けがくるまで何とか持ち堪えなきゃ⋯⋯!
美緒と怪人の一騎打ちが今始まった。ラウスは空中に生み出した火縄銃を美緒の炎球で次々と着火させる。
美緒が瞬時に飛び上がってそれらを躱すと、床や壁に銃弾の跡が残る。
【攻撃呪文】
美緒も次々と炎球を放つのだが、やはり怪人に当たらない。
二人の攻撃で部屋はごちゃごちゃになっていく。用意されていた豪華な食事がテーブルから落ち、蒸発して消えていく。
やっぱり、この怪人を倒す手立てなんて存在しないのかもしれない。そうなると一生、この怪人と付き合っていくことになるのだろうか⋯⋯⋯⋯そんなのいやだ——
美緒は怪人の周りにいくつもの炎球を生み出す。
【攻撃呪文】
連続して怪人に向かっていく炎球であったが、これまで通り美緒の指揮下を離れて操られる。
「ばかなものを」
それでも、美緒は魔法を撃ち続けた。
「おりゃあああぁぁーー!」
すると、美緒の炎球同士が対消滅していく。怪人が操作する炎球に限界が訪れたのだ。
ラウスが爆風で後方に吹き飛んだ。
「ふんっ⋯⋯まあ、いい」
怪人は今まで火縄銃を撃つために温存していた炎球を、美緒に攻撃するために再利用してくる。真っ赤な炎球が美緒の目に飛び込んできた。
【防御呪文】
炎壁を展開して攻撃を防いだ。そこを目掛けて怪人が炎球を発射してくるのだが、有難いことに真正面からしか撃ってこないので防御が簡単だった。
時間稼ぎをするのならこうやって待っているのが一番良いのかもしれない——
「えっ」
突然、美緒の身体を何かが貫く。お腹の表面上はなんともなっていないのだが、右腹から左腹にかけて弾丸が通り抜けていった。
「あ⋯⋯あ、あ——ッ」
美緒の内臓は破裂し、立っていることも出来ずそのまま倒れる。その直前、怪人がほくそ笑んだのが見えた。
どうやら、炎壁を展開していない真横から銃撃されたようで、城の壁には一点の穴ができていた。
「ははっ! 敵は我一人じゃないのだよ」
城の外には怪人の仲間がいたのか。
「何を待っているのかは知らないが、ここへは誰も入ってこれないよ。浅間美緒。君は鳥籠に入っている一匹の醜い雛さ」
サシの勝負だと思っていたがどうやら違ったようだ。そうだよね、怪人はわざわざ美緒をここまで連れてきたんだから地の利は向こうにある。
先に狙撃手を倒したいが、この真っ暗闇だとどこにいるのかさっぱりわからない。
【復活呪文】
美緒は復活を遂げると、怪人を睨みつける。
「いい加減わかってくれ。君は我に敵わないんだよ」
「嫌だ⋯⋯ッ!! 私は強いんだからっ!!」
「君も強情だな」
【攻撃呪文】
美緒と怪人は互いに炎球を投げ飛ばし合いあう。美緒は飛んでくる炎球や火縄銃の軌道を見切って、連続で魔法を撃ち続ける。
警戒していた美緒であったが、簡単に火縄銃が背後へと回り込まれる。
心臓が破裂した。
「ぐはっ」
血を吐きながら心を失う。
「流石に観念したか?」
【復活呪文】
それでもまた、美緒の身体は再生する。
「まだ⋯⋯まだ、やれる」
「こんなにご馳走と宴を用意したってのに、一体何が不満なんだ」
「パーティーはみんなでするものなんだから!! 一人でやってもつまんないだけ!!」
「だったら、他に望むものを言ってみろ。何でも用意してやる」
「私が欲しいのは那岐との幸せ!! お前なんかに叶えられるはずもない!!」
【攻撃呪文】
美緒は飛び回りながら炎球を放ち続ける。
怪人とは別の敵が建物も貫く対物ライフルを放ってきた。
「うぐ⋯⋯いったッ」
城の外からは美緒の正確な位置なんてわかるはずもないのだが、美緒の左手を的確に射抜いてくる。
しかも、さっきとは別の場所から狙撃された。敵は複数いる。
【支援呪文】
破裂した手に魔法を当てて元通りにする。
前回は、ももがいてくれたため攻撃に専念できていたが今日は一人だ。行動一つ一つが命取りになる。
美緒は逃げ回りつつお城の中を駆け巡る。
先程、舞踏会が行われていた部屋に入った。楽器を弾いていた魔獣たちが次々と美緒に飛びかかってくるが、
【攻撃呪文】
美緒は一匹残らず魔法で蹴散らしていく。
その後、ラウスが急接近してきた。
【防御呪文】
至近距離から火縄銃を入れられるも、直前で防げた。
「君は我の何が気に食わないんだ」
「私にはもう王子様がいる!! あなたなんかいらない!!」
「助けにも来ない、それが君の言う王子なのか?」
「那岐は絶対助けにくる!! 一緒に戦うって約束したんだからっ!!」
みんなで話し合った通りなら、きっと花織たちを呼びに行ってくれているだろう。
那岐がここに来るまでの辛抱だ。
絶対に足止めしてみせる。
その後も、美緒は怪人に攻撃を当てることができず、炎球や火縄銃、外からの対物ライフルで命を落とした。
【復活呪文】
その度に、息を吹き返す。
「君は死をなんだと思っているんだ」
段々と復活の間隔が早くなっていく。
「死者は死者らしく振る舞えッ!!!」
「そんなの私の勝手でしょッ!!!」
美緒は死んでも死んでも怪人から逃げずに立ち向かい続けた。
「お前はこの地を統べる、王の言うことが聞けないのかッ!!!」
「偽物の王様なんかいらないッ!!!」
階段中央に設置されているステンドグラスが粉々に割れる。二人の猛攻でお城はボロボロになっていった。
だが、どれだけ攻撃を重ねても美緒が負傷するばかりで、怪人に魔法の一つも当たらない。
美緒は悟る。
これまで怪人を二体討伐してきた美緒であったが、この怪人はこの手で倒せないのだと⋯⋯
戦闘中、美緒は那岐たちとの思い出が走馬灯のように流れていく。
この半年で、琴、有佐、ももとも出会えて、花織や伊吹ともいっぱい遊ぶことができた。何より、大好きな那岐と付き合うこともできて、人生がどんどん良い方向に進んでいる。
『君ならきっとできるよ』
ううん、諦めるにはまだ早かったのかもしれない。
皆、美緒に期待してくれていた。倒すまでいかなくても攻撃を当てる、傷を一つでも付けられたら美緒の勝ちだろう。
そう思うと心が晴れてきた。
【復活呪文】
次第には、立ったまま美緒の身体は再生する。
いや、まだだ⋯⋯もっと、もっと早く生き返らないと怪人には敵いっこない。
美緒の身体を再び、対物ライフルが貫通する。
【復活呪文】
「そこだッ」
【攻撃呪文】
弾丸が飛んできた軌道を炎球がなぞる。対物ライフルの引き金を引いていた猿の魔獣に直撃し、灰が舞い散ると共に死骸が出現する。
そんなことにも動じず、怪人は狙撃手と対物ライフルを森に再配備する。四体⋯⋯五体⋯⋯城の中にいても、美緒には正確な数と、場所が自然とわかった。
【攻撃呪文】
魔獣たちが引き金を引く前に、美緒は炎球で的確に全狙撃手を射抜いていった。城には炎球型の穴が空いている。
美緒の炎球は城をも貫く威力になっていた。
「なぜ⋯⋯ッ」
美緒の五感が急激に上昇していき、人ならざる者に近づいていく。
城の上空を一羽の鳥が飛行しているのが感じ取れた。みんなと同様に、邪魔してこないから敵ではないようだ。
ラウスは炎球を空中に漂わせながら睨みつけてくる。その顔は先程まで見せていた余裕さを失っていた。
それに拍車をかけるように、炎球たちが反旗を翻して一斉に怪人目掛けて飛んでいく。ラウスは美緒の魔法を操ることができなくなり、飛んで躱すことしかできなかった。
「————ッ」
美緒は鼠を袋に詰めるかのように、怪人の逃げ場をなくしていった。
美緒の顔がどんどん明るくなっていく。
魔法ってこんなに楽しいものだったんだ。
怪人は焦りを見せ、ツル植物で持ってきた火種で火縄銃を乱発してくる。
だが、美緒が避けるまでもなく弾丸は真横を通り抜けていった。美緒に当たらないよう火縄銃が自ら軌道を変えている。
そっか。
あの言葉はそんな意味だったんだ。
美緒は真っ直ぐ怪人に視線を向ける。その眼は月色に光り輝く。
それを見たラウスは持っていた火縄銃を地面に落とす。宙に浮かんでいた火縄銃も意識を失ったように一斉に落下した。
怪人は手を震わせており、武器を手に持つことも叶わなくなる。
どこからともなくツル植物を伸ばしてくるが、美緒に絡まる直前で焼けきり灰になる。どうやら蜘蛛の糸で美緒の行動を制限することもできなくなってしまったようだ。
全部、全部わかってきた——
「お前⋯⋯ッ」
怪人は——に恐怖を抱き、戦う気も失せている。
「お前はなんなんだッ!!!?」
その時、お城の割れたステンドグラス越し、美緒の後方に一匹の鳥が現れた。大きな赤い鳥は羽を羽ばたかせて城の中を見ている。
「なん、で——貴方様という御方が⋯⋯ッ」
勝ち目がなくなった怪人は階段を駆け下り、息を切らしながら正門まで向かう。
ラウスが城門を開け空を見上げる。そこには花織と肩に乗る白猫が待ち構えていた。花織は巽、琴は坤、有佐は乾、ももは艮の場所に配置している。童話少女たちは死角を無くし、城を取り囲んでいる。
全員、城の中に入らず作戦通り、美緒と怪人の戦闘を見守ってくれていた。
【防御呪文】
花織が自身の目の前に炎壁を展開し、それを鏡に変化させると月の光を反射させる。
怪人の視界を奪うことに成功し、ラウスは腕で目を隠すしかできなかった。
「ば、ばかな⋯⋯ッ」
どうやら、怪人はみんながいたことに気づいていなかったようだ。
呆気にとられる怪人を美緒は手元を手繰り寄せて引っ張る。燃え盛る炎の中、階段を上っている美緒と同じ高さまで怪人を浮かばせる。
「う——ッ」
苦しそうにする怪人にステッキを向ける。
怪人は絶望し、命乞いをしてきた。
「嫌だッ!! ——待ってく⋯⋯ッ!!!」
美緒は天誅を加える。
【灰燼呪文】
烏怪人の肉体は爆発するが如く、一瞬にしてこの世から消えた。灰と数十もの色とりどりの羽を花火のように舞い散らせると、人間と烏の死骸が出現する。
◇
街中を飛んでいた烏の群れは鷹の襲撃に合い壊滅状態となった。烏は個で行動するはめになる。
一羽になった烏は餌を探すのも大変で、人間の出したゴミを漁って飢えを凌いでいた。
「コラーッ!!」
烏の背後から箒を持ったおばさんが近づく。ネットの隙間からゴミ袋を突くことに夢中で、人間がいることに気が付かなかった。
慌てて飛び立つのだが、前から走行してきた軽トラに衝突する。車のフロントガラスは烏が当たった衝撃で大きくひび割れた。
烏は無我夢中で羽を羽ばたかせるが思ったよりも飛べず、空き家の庭に墜落する。
翼は折れ、無数の小さいガラスが突き刺さっていた。烏の真っ黒な羽が赤色に染め上げられている。
もう、飛ぶことができなくなった烏は横たわり死を悟る。
「⋯⋯どこにも我の居場所はなかった」
縄張りに敗れ、狩りも出来ずにお腹を空かした烏は、民家の影でくたばる。
そこに屈強な肉体を持った一柱が現れ、蜘蛛の糸を使って烏の死骸から魂を抜くと死骸を優しく拾いあげる。烏には新しく人間の身体が与えられた。
怪人に生まれ変わった烏は、冥界の占領計画を立てる。
「どの生物よりもてっぺんに立つ冥王になってみせる」
そう烏の怪人は決意を決めると、色んな生物の羽と魂を抜き取り、死んだ人間の身体を与えていった。
だが、そんな決意も虚しく、怪人は王になれず灰となって消えた。
◇
時計が十二時をまわり新年を迎えた。
家主のいなくなった赤いお城は除夜の鐘と共に崩れだしたため、美緒は急いでお城から飛び出す。城門前で花織が涙を流しながら両手を広げているのが見えた。
「やったよ⋯⋯!! 那岐!! はなちゃん!!」
美緒は花織の胸に飛び込んだ。
「すごいよ美緒!!」
「ありがとう⋯⋯ありがとう、美緒⋯⋯」
花織は泣きながら美緒を強く抱きしめる。
「彼の所、行ってあげて」
「うん⋯⋯!」
花織は美緒に那岐を託すと、真っ赤な炎が見える城の中に飛び込んでいった。
美緒は那岐を抱えたまま、地面に向かって緩やかに降下していく。
「那岐がみんなを呼んできてくれたんでしょ? ありがとうねっ!」
「やっぱり、怪人の仕業だったな。でも、一人でよく頑張ったよ⋯⋯!」
氷に足が触れると那岐は変身を解く。
「ううん。みんながいてくれたから気楽にできたのもあるけど⋯⋯今私がここにいるのは那岐のおかげ! だから、一人なんかじゃないよ!!」
「⋯⋯そっか」
那岐の頬が緩む。
「美緒——」
那岐は美緒を引き寄せた。
「なーに? 那岐っ」
「一緒に帰ろう⋯⋯!」
その言葉に、美緒も腕を強く回して応える。
「うんっ!!」
美緒と那岐は笑顔で誓い合った。
真っ黒焦げになっているお城から脱出できた花織の腕には元島彦の姿がある。
悲願を達成した花織は死体を氷の上に置き、彼の名前を叫びながら泣き続けた。そのすぐそばには琴たちが寄り添っている。
燃えて氷が溶けた湖の水面に烏の死骸が浮かんでいた。他の魔獣の死骸は炎で綺麗さっぱり消えてしまった。
頭上を雪のように灰が舞う。
赤い城は跡形もなく燃えてなくなった。




