【53話】赤い城
大晦日というだけあって百貨店は一段と賑わいを見せている。美緒と那岐の二人はおせち料理の食材を買い出しに鞘町まで来ていた。
「いっぱい作るから、いっぱい買ってきていいって! 具材、目についたもの何でも買えるね!!」
「そんな買ってったらお母さん、倒れちゃうだろ?」
「大丈夫だよっ、私も手伝うし! 那岐はパパと話してて!」
「うん⋯⋯何か、緊張してきた」
「あははっ! 大丈夫だって!」
二人は、祝い肴の黒豆と数の子、田作り、口取りの紅白かまぼこ、栗きんとん、伊達巻、昆布巻き、酢の物の紅白なます、菊花かぶ、ちょろぎ、焼き物の鯛、海老、蛤、煮物の手綱こんにゃく、くわい、たけのこ、など陳列されている商品を片っ端からカゴに詰め込む。
美緒たちは、最後に温かいコーヒーを買ってから店を出た。
「ただいまー!」
「おかえりなさーい! 那岐くんも買い出しありがとうね! 食べたいもの買えた?」
「はい、買えました。あの⋯⋯何か手伝えることがあったら言ってください」
「いいのよ! 私が作りたいだけだから! ゆっくりくつろいでてねっ」
「はい⋯⋯」
美緒は年明けに柴崎家へ持って行くおせちを母と一緒に重箱に詰め、父と話に花を咲かせている那岐を微笑みながら見つめる。
五段重が無事完成し、誘惑に負けそうになりながらも蓋を閉じた。
神社には年明けに行く予定だったため、除夜までだらだらとコタツに入りながら四人で談笑しながら過ごし、年越しそばを食べる。
時計が十一時を指した。
母は風呂に、父は椅子に座りパソコンで論考している。美緒と那岐はコタツに入ってテレビを見ていた。
「あったか~い。眠くなってきたー」
「まだ年越すまで時間あるし、寝れば? 起こすよ」
「う~ん⋯⋯そうしよっかな⋯⋯」
美緒はそのまま寝っ転がった。
その時、床に頭をつけた美緒は微かな振動を感じる。その振動は自動車とはまた違い、揺れは家の前でピタリと止まった。
それと同時に、美緒は自身の意思に反して立ち上がる。
なにこれ——
「トイレか?」
美緒は那岐に返事をすることさえ出来なかった。
口が開かない依然に⋯⋯美緒の魂と肉体が完全に分離している。身体が美緒の支配下から解き放たれたのだ。
リビングを出る直前、美緒は何も唱えていないのにいつもの赤いドレス姿に変身した。
これはやばいかもしれない⋯⋯
「美緒?」
那岐!!
助けて!!
怪人の仕業だよ!!
そう助けを求めても口がきけないのだからどうしようもない。那岐も凄く困惑しているようで顔に出ていた。
美緒は玄関までやってくると靴に足を入れ、ローファーを赤色のガラスの靴に変える。
「どうしたんだ⋯⋯?」
操られるがまま、ドアノブを捻る。
美緒の家の前に三匹の白馬とかぼちゃの馬車が出迎えていた。美緒はひとりでに歩き出し、それに乗ろうとする。
「美緒!!」
おかしいと思ったのか、美緒を引き留めようと那岐は手を力いっぱい引っ張った。
「うっ——」
だが、びくともしなかった美緒はそのまま馬車に乗り込んだ。那岐は美緒の手を掴んだままなのだが、馬車は急発進してドアが閉まる。
「あッ!!」
その衝撃で那岐が吹き飛ばされた。
那岐⋯⋯!
那岐は猫に変身し馬車を追いかけるのだが、あと一歩の所で馬車との距離が開く。それまで地上を走っていたかぼちゃの馬車が宙に浮いたのだ。
那岐が必死に伸ばしているのに、その手を取ることが出来なかった。
「美緒ーーーッ!!!」
美緒は那岐の呼びかけにも心ここにあらずで、無反応であった。
馬車は速度を増して那岐からどんどん離れていく。
一体、どこに連れて行かれるのだろうか⋯⋯
馬車を引っ張っている白馬たちはたてがみをからっ風で揺らしている。美緒の乗るかぼちゃの馬車は前方の裾野の長い山を目掛けてゴンドラのように空中浮遊していた。
どこからともなく鳴り響く除夜の鐘が美緒の耳に入ってくる。その音に耳を澄ましていると、目を疑うような光景が美緒の目に飛び込んできた。
山のてっぺんには遠目からでもわかるほど大きな赤いお城がそびえ立っている。あんな所に洋風なお城なんてあっただろうか⋯⋯いや、きっとあれも怪人の仕業だ。怪人は古墳を作り出したのと同じ方法であれも建造したのだろう。
そのままどうすることもできずお人形のように馬車で揺られていると、山の麓までやってくる。
現実感のない真っ赤なお城は幻覚なんかじゃなく、確かにここに存在していた。赤い城は凍った湖の上に佇んでいる。
白馬たちはそのまま下降し、馬車を城の入口に停めた。
すると、馬車のドアが開き、お城の中から燕尾服を着た烏怪人が現れる。
怪人⋯⋯ッ!
やはり、奴の仕業であった。
「ようこそ」
ラウスが手を差し出すと美緒はそっと手を乗せる。美緒は握りたくもない手を握らされた。出迎えられた怪人に連れられ、美緒はお城の中へと入っていく。
赤い城には赤いドレスを身に纏った美緒が招待された。
美緒は階段を上った城の二階に案内される。
なにあれ⋯⋯
キラキラと開けた空間に猿や犬、アライグマなんかの魔獣がうじゃうじゃといた。皆、手には楽器を持っている。
「それじゃ、まずは踊ろうではないか」
美緒と怪人の舞踏会が開幕する。
魔獣たちがワルツを演奏し始めたと同時に、美緒の身体が怪人に操られる。魔獣はバイオリン、クラリネット、ホルンなどを使ってオーケストラを奏でる。
美緒は腰に手を回されながら、ドレスをひらりとなびかせ回転し、三拍子の音楽と共にステップを踏む。
美緒はダンスを踊れるはずもないのだが、怪人とペアになって完璧に踊れている。ラウスは笑みを零しているが、美緒の顔は死んでいた。
「いい踊りだったよ。向こうにご馳走を用意しているから、食事にしよう」
演奏が終わると、美緒は食堂に案内された。天井には巨大なシャンデリアが吊るされており、掃除の行き届いた綺麗な空間だ。
部屋中央に配置されている長いテーブルには真っ白いテーブルクロスがかけられている。そのテーブルの上には牛や豚、猪など、ありとあらゆる動物の肉が使われた豪華な食事が並べられている。その他にも、デザートとしていちごのショートケーキが用意されていた。
「さあ、どんどん召し上がってくれ」
美緒は一人席に座らされ、腕だけは拘束が緩まる。
だが、美緒は目の前の食事に手を伸ばさない。
「⋯⋯食欲はないみたいだね。あんなに踊っても疲れないなんて、君はやっぱり凄いよ。⋯⋯だったら、こっちにしよう」
そういうと怪人は手を手繰り寄せて、一階から何かを呼ぶ。
階段を上ってきたそれは、二足歩行の人型で頭を黒い仮面のようなもので覆われていた。手には紅茶が入ったトレーが載っている。
この人も怪人なのだろうか⋯⋯
美緒を見た途端に、それは震えだす。
「——ッ!!」
突然、悶えだして手にしているトレーを震わす。その振動でトレーからカップが落ち、割れた破片と紅茶が床に広がる。
それを見かねた怪人は、仮面の女を蹴り飛ばす。仮面の女は城の壁に叩きつけられた。
「お前は与えられた仕事もまともにこなせないのか? この役立たず」
息はあるようで、壁に寄りかかる身体全体を痙攣させている。
「まあ、いいけどさ——宴を邪魔したお前には罰が必要だな。⋯⋯ああ、君は食事を楽しんでてくれ」
ラウスは掌を返したかのように美緒に笑顔で接する。
ラウスは仮面の女を見えないリードのようなもので引っ張っていった。
「——ッ!!!」
仮面の女は首を掻きむしりながら必死に反抗するのだが、抵抗むなしく引きずられていく。仲間割れかはわからないが、この人も美緒同様、怪人に操られているようだ。
最後に目が合ったのだが仮面の女は声を発さず、そのまま美緒の前から姿を消した。
美緒は椅子に見えない糸で縛られているため耳を澄ますしかないのだが、氷が砕ける音と何かが水に飛び込む音が聞こえてきた。
「ふぅ⋯⋯」
怪人はそれからすぐに帰って来る。そこに仮面の女の姿はない。
「あれ、まだ口にしてなかったんだ」
「⋯⋯」
美緒は怪人に逆らうことができない。
「それにしても⋯⋯今日は一人で来てくれて良かったよ。君もあの猫が死ぬところは見たくなかったでしょ? ⋯⋯まあ、あいつに殺させるのも面白かったかもしれないけどね」
ここにいるのは危険だと十分わかっているのだが、逃げ出したくても足が動かない。言葉も発せず、一粒の涙が頬を伝う。
那岐、どうしたらいいのかな⋯⋯
「で⋯⋯まだ、食べないの?」
堪忍袋の緒が切れた怪人はフォークを手にした。
「ほら、こんなに美味しそうだよ」
怪人はフォークで刺した真っ赤ないちごを美緒の口まで持ってくる。




