【51話】浅間古墳
冬休みが訪れ、美緒と那岐の二人は高崎駅にいた。
そこからショッピングモールまで直通で出ているバスに乗り込む。
バスは駅から高崎渋川線バイパスを走行していく。住宅街を抜けると、右側には赤城山と一面の田畑が広がっている。ショッピングモールはもう目と鼻の先であった。
畑には何の建造物も建っておらず真っ平らである故、山々を一望できる。
バスから降りた二人はどの店に入るでもなく、今日の目的である映画館までやってきた。冬休みだけあってロビーには人でごった返していた。
「よし⋯⋯!」
無事に入場特典の小説も貰え、ほっとしながら映画を鑑賞できた。
「ん~!」
上映が終わり、映画館を出た美緒は自然と背伸びをする。
「もらったの忘れてきてないか?」
心配する那岐に、美緒はカバンから取り出した小説を見せつける。
「じゃーん!! 無事ゲットぉ~~!!」
「良かったな。念願のやつだったんだろ?」
「うんっ! ありがとね、付き合ってくれて!」
美緒が手を取ると、那岐は温和な眼差しを向ける。
「それじゃ、お昼にするか」
「するするっ!」
そのまま手を繋ぎながらフードコートに移動し、熱々のステーキを食べながら戦利品片手に感想会が開催される。
「——え!? この子にこんな過去あったんだ!?」
配布されたスピンオフ小説は作品の内容を補完するものであった。
「映画は主人公目線だからわかんなかったよな」
「ねっ! ⋯⋯あーあ、どうせだったらこっちも映像化してほしいな」
二人はお肉を完食し、お盆をお店に戻しに行く。
「はぁ~⋯⋯美味しかったねっ!」
美緒が腹をポンッと叩くと、那岐は微笑ましそうにそれを見ている。
その後はせっかくここまで来たんだからと、服屋、雑貨、ゲームセンター、カプセルトイ、本屋なんかの店舗を見て回った。
紙袋を引っ提げながら二階モール内を歩いていると、遠目から動物の角が見えた。
「え⋯⋯鹿?」
二人が恐る恐る近づいていくと、イベントスペースに一匹のニホンジカの全身剥製と見られる物が置いてあった。
立派な角を持った鹿は真っ直ぐ前を向いており、美緒よりも図体が大きい。とても死んでいるようには見えないほど毛並みがツヤツヤしていた。
「すごっ! 剥製ってやつ? 触ってもいいのかな⋯⋯?」
「どうなんだろうな?」
鹿の前には注意書きが明記されていなかった。美緒は壊すのも怖かったため、手を触れずに全身を見て回る。
「それにしてもリアルだなー⋯⋯」
これまで多くの野生動物を見てきたが、これだけ間近でじっと見れているのは動物園以来でとてもワクワクした。
他の通行人たちは剥製に興味がないのか、一人残らず素通りだ。
美緒が顔を覗き込むと鹿と目が合った、そんな気がした。
「今、瞬きした⋯⋯?」
「そんなホラーな展開ある?」
美緒が鹿に手を伸ばしたその瞬間、ニホンジカは脱兎のごとく逃げ出した。
「魔獣だッ!!」
「嘘だろ!?」
鹿は剥製なんかじゃなかった。皆、魔獣が見えているわけじゃないので興味が生まれるはずもなかったのだ。
【変身呪文】
美緒と那岐はすぐに変身して魔法を放つ。
【攻撃呪文】
炎球が魔獣目掛けて飛んでいくが簡単に躱されてしまう。
魔獣は一階に降りて二人を撒こうと必死だ。魔獣は通常ではありえないほどの脚力を持っており、ショッピングモールのフロアを自由に行き来している。
「待てぇーーー!!!」
那岐が肩に乗ると、美緒は飛んで追いかける。
【攻撃呪文】
その後も追いかけながら魔法を放つのだが一発も当たらない。魔獣は脚力だけではなく逃げ足も速いようだ。
どうやら、美緒は向かってくる敵には強いのだが、逃げられると対処に苦戦するみたいだ。
屋内で美緒に分があるはずなのに、広いモール内は魔獣の独壇場であった。
そのまま魔獣を追いかけていると建物全体が大きく揺れ出した。それは美緒たちだけではなく、買い物に来ていた客たちも感じ取ったみたいだ。足を止める者が現れる。
「え——地震!?」
二人は魔獣討伐を中断し、地面に足を着ける。魔獣はどんどん美緒たちから距離を離していく。
那岐は変身を解除してスマホを取り出した。
「いや⋯⋯警報来てないぞ」
振動は未だに収まらず、人々を恐怖に陥れていた。ここだけが揺れているのなら、ボウリング場の時と同じように魔獣の群れの仕業だろうか。
しばらくすると揺れが収まり、悲鳴が消える。
辺りを警戒する美緒であったが、どこからも魔獣は現れない。
「だったら、この揺れは⋯⋯」
その瞬間、美緒は突如として身体が真横に引っ張られる。
「うわああああーーー!!!」
「美緒ッ!?」
美緒はカフェのテーブルや椅子を薙ぎ倒していくが一切止まらない。目の前には壁があるのに美緒の身体はそっちに吸い込まれる。
「うそうそうそっ!?」
目を瞑るだけで何の回避もできない。美緒は硬いコンクリート壁を突き破り、屋外に放り出される。
「うげッ!!!?」
美緒は飛んで抗おうとするがどんどん引き寄せられる。
この感じ⋯⋯また怪人なの!?
冷たい暴風が美緒の髪やドレスを揺らす。
「何あれ——」
ショッピングモール南東に広がる旧陸軍堤ケ岡飛行場の跡地、そこには見たこともない古墳が出現していた。
「あんなの来た時にはなかったのに⋯⋯」
確かに、バスから見えた景色の中にこんなものはなかった。
一日ちょっとで建設できる規模ではなく、ましてや二人がデートをしていた短時間でできるものじゃない。
それはまるで、農地が広がっているこの場所に地下深くから突如として浮き上がってきたかのようで、大型の前方後円墳が二子山古墳と上野国分寺跡が交わる位置に存在している。
その大きさは八幡塚古墳の数十倍も大きい。
美緒が段々と引き寄せられていくと、そこには見覚えのある顔が古墳の上に佇んでいた。
「怪人⋯⋯ッ」
竹藪で出会ったあの時の烏怪人であった。怪人は何やら手元を手繰り寄せており、美緒をここへ招いているようであった。
それだったらと、美緒はこの拘束から抜け出すことを止めた。美緒は戦闘モードとなり、抗うのではなく怪人目掛けて突撃する。
【攻撃呪文】
美緒は魔法を放つが、ラウスは後方に下がって軽々躱してしまう。ラウスはただ避けるだけで反撃をしてこない。
美緒も怪人と同じく、古墳の上に降り立った。
「やあ、久しいね」
「怪人⋯⋯一体、何が目的なの?」
美緒は怪人が何を企んでいるのか不気味で仕方がなかった。
「浅間美緒。我は君が欲しい。だから、君のための墓を用意した」
「私の墓⋯⋯?」
「ああ、そうさ。そのためにこれを作ったんだからね」
怪人は足の下にある古墳を指差す。
「⋯⋯これはあなたが作ったの?」
怪人は静かに頷いた。
「どうだい、気に入ってくれたかな?」
「気に入るも何も⋯⋯何で古墳?」
「死んでいる君にとって相応しいからだよ」
怪人は言葉の節々を悦喜させながら話を続ける。
「君たち人間は死者を祀り、土の中に埋めるのだろう? これはそんな君のためだけに用意した特別な死に場所だよ。受け取ってくれるかい?」
「⋯⋯嫌だ」
何より、これだけ手足も自由に動かせるのに死んだように眠らなくてはいけないのかわからなかった。
「受け取らない!」
「君も随分わがままだね」
急に美緒の鼓動が早くなる。なぜだか、目の前にいる怪人を見ていると那岐に告白した時のようにドキドキし始める。
「どう? 考え直せた?」
「そんなのに、私は入らないッ!!」
それでも美緒の考えは一切、変わらなかった。
「だめかー⋯⋯やっぱり、赤く塗ってなかったのがいけなかった?」
ラウスは首を傾げて微笑んでいる。
「——まあ、いいさ。だったら実力行使するまでだ」
ラウスは手元に火縄銃を生み出した。あれが怪人の武器なのだろう。
ラウスが火縄銃の銃口を美緒に向けたことで、戦いの火蓋が切られた。
【攻撃呪文】
美緒の放った魔法が先に発射される。
炎球は火縄銃をスレスレに通り過ぎただけで、怪人には直撃しなかった。
「うえっ!?」
だが、逆に怪人の放った弾丸が美緒のこめかみの直ぐ側を通り過ぎた。あれが美緒の身体に当たっていたら、反応が間に合わず即死だっただろう。
弾丸を発射した火縄銃が煙を吐いている。
怪人は地面にいるのに、宙を浮く美緒に対して心底見下したような笑顔を向けているだけで次の弾を込めようとしない。
攻撃するなら今がチャンスかもしれない。
美緒は銃弾を躱せるだけの距離を空中で取りながらステッキを向ける。
【攻撃呪文】
炎球はまたまた火縄銃に当たるのだが、それと同時に弾丸が発射される。
【防御呪文】
今度は美緒の心臓目掛けて飛んできたが、寸前で炎壁を展開できた。次の攻撃に備えて炎壁を出したままにしているのだが、怪人は攻撃を全く仕掛けてこない。
美緒は怪人の裏を取ろうと空中で飛び回りながら魔法を畳み掛ける。
【攻撃呪文】
連射された魔法はやはり怪人には当たらない。怪人は瞬時に美緒の方を向き直り、反撃を仕返してきた。
怪人は一切弾を込める素振りをしていないのに弾丸を発射し続けている。弾数とかはないのだろうか。
それと魔法が当たらないことも気になる。さっきも魔獣に一発も当たらなかったし、このところ戦闘をしてなかったから命中力が落ちてしまったのだろうか。
いや、ぼっ立ちの的に当たらないなんて、美緒の問題ではない気がする。
【攻撃呪文】
美緒は相手の出方を窺いながらひたすら炎球を放ち続けた。怪人も同じ数だけ弾丸を撃ってくる。怪人はいくらでも火縄銃を撃てる暇があるのに、なぜか美緒が魔法を打ったタイミングと合わせてくる。
その違和感はすぐにわかった。怪人は美緒が魔法を撃った直後と同時に、引き金を引いている訳では無い。美緒の放った炎球を火縄銃に掠めさせ、それで火薬が爆発し、弾丸を発射していたのだ。
美緒の魔法が怪人に利用されていた。
「これでわかっただろ?」
怪人は臆することなく古墳の上に佇んでいる。その自信ありげな顔は美緒の攻撃が通用していないことによるものだろうか。
「我なら君を一段と輝かせることができる。あんな奴らなんか捨てて我の元に来い」
「何で、こんな幸せな生活を捨てなくちゃいけないの!!」
【攻撃呪文】
美緒が炎球を放つと、怪人も火薬を詰め直すことなく銃を乱射している。
「そんなに墓に入ることが怖いのなら、向こうで共に暮らすか? とっておきのプレゼントだってある」
「そんなのいらない!! 私は!! この街で!! 那岐と一緒に!! 過ごすんだ!!」
力任せに撃っても魔法は怪人に一発も当たらなかった。
「だったら⋯⋯!」
美緒は怪人の四方を囲むように炎球を生み出した。
【攻撃呪文】
複数の炎球が一気にラウスへと襲いかかる。これだったら怪人も避けられるはずもない。
「これで⋯⋯!」
迫りくる炎球に怪人は回避行動を取らない。
一斉に向かっていった炎球がラウスを避けるように、全弾が双曲線軌道を描きながら飛んでいった。
「何で!!!?」
美緒の精度が落ちているのかと思ったが違った。真っ直ぐ飛んでいったはずの炎球が、怪人に当たる直前になると急にそっぽを向くのだ。
【攻撃呪文】
再度、ステッキから生み出した炎球を操作するが、やはり怪人に当たる直前で軌道が変化した。外れた炎球が怪人の周りを円を描くように回っている。
怪人は炎球をお手玉のように動かし、全部美緒に返してくる。
【防御呪文】
美緒は自分で放った炎球を自分の炎壁で防いだ。
「嘘でしょ⋯⋯何で、私より上手いの⋯⋯」
怪人の方が一枚上手だったのだ。
絶望的な状況に、一気に敗戦ムードが漂う。
攻撃が当たらないのならどうしようもない——
「君は永遠の命が正しいと思っているのか?」
「永遠の命⋯⋯」
「そうさ。最期は散らしてこそ生物としての使命じゃないのか?」
「⋯⋯あなただって、既に死んでるんだから人のこと言えないでしょ!」
「我は神に認められたからここにいるんだ。お前ら人間どもとは違う」
「何言ってるかわからない⋯⋯ッ!!」
【攻撃呪文】
美緒はラウスに向かって突撃しながら炎球を連射し続ける。当たらないのならば、炎球が操作できない距離まで近づけばいいんだ。
「うおりゃああああーーー!!!」
決して敵わない強大な敵でも引いてはだめなんだ。
「痴れ者」
ラウスは手元に火縄銃を持って美緒目掛けて構えている。
当たらない⋯⋯当たらない⋯⋯
怪人に向かって放った炎球は尽く、右へ左へ流される。それでも諦めず、美緒は魔法を撃ち続けながら距離を詰めていった。
最後に放った炎球が火縄銃を掠める。
爆発音よりも先に、銃口から広がった真っ赤な炎が美緒の瞳を覆い隠す。美緒は火縄銃を真正面から受けて頭部が爆散した。
古墳の上には赤い血液と肉片、動かなくなった美緒の身体が転がっている。
「あーあ、どうせなら綺麗な状態で入れたかったのに⋯⋯まあ、関係ないか」
古墳の墳丘部分に穴が開き、その土の中から竪穴式の石室と石棺が現れた。
怪人が手を動かして何かを操作している。
すると、地面に転がった美緒の身体であったもの、その全てがひとりでに棺の中に入る。散り散りになっていた美緒の身体が元通りに、綺麗に修復された。
「それじゃ、土になるまでには取りに来るから」
怪人がそう言うと、石棺が閉じられその上に土が被さる。
美緒は真っ暗な土の中で一人ぼっちになってしまった。




