【47話】雀躍
金曜日の放課後、四人でボーリングをしようと伊吹が提案してくれた。制服のまま一同は緑色のバスに乗り込み、しばし揺られるとボーリング場に着く。
伊吹、花織、那岐、美緒の四人は順番にボールを投げ、スコアを競っていく。美緒の番がやってきた。
「やったー! ストライク!!」
美緒は天高く、手を上げた。
「美緒ちゃん、うまっ!?」
今の所、美緒が独走状態でスコアを制している。日頃から魔獣に炎球を当てているため、命中精度が鍛えられたのかもしれない。
投げ終わった美緒はベンチに戻ろうとするが、違和感を感じて足を止める。
「何か⋯⋯揺れてる?」
立ち上がっている美緒が一足先に気がついた。
「——本当ね」
「地震か?」
「あれー? でも、地震速報入ってないよ」
伊吹は真っ黒なスマホの画面を見せる。
気のせいか、揺れはどんどんこちらに近づいてきているような感じがした。
地震じゃないのなら、この振動は一体⋯⋯
その揺れの正体はすぐに美緒たちの前に現れる。
振動と共に、巨大な猪がボーリング場の壁を突き破ってきた。それも一匹だけではなく数十匹で群れを形成しており、魔獣の大群は烏川を南下してきたのか足元を濡らしている。
「魔獣⋯⋯ッ」
誰かが指揮を取っているのか、魔獣たちは真っ直ぐ美緒の方へと向かってくる。
魔獣が突進してきたことで、屋内にいた客や貸出品がボウリングのピンのように吹き飛ぶ。
「なんだなんだ!!!?」
魔獣が見えない伊吹は物凄く混乱していた。
そんな中、美緒は花織と目が合う。
「美緒!」
花織は一言、美緒の名前を呼んだ。
「うん⋯⋯!」
ここには美緒と那岐の他にも花織がいる。
何も問題はないだろう。
【変身呪文】
美緒と花織は同時に変身する。
「伊吹、今すぐ逃げて!」
「那岐、伊吹くんを外に連れ出して!!」
「わかった!」
いくら魔法で全てが元通りになるからって、友達が死ぬ所を見るのは後味悪い。
「え、え!? 那岐!? どういうこと⋯⋯二人は!?」
慌てふためいている伊吹を那岐は無理にでも引きずり、魔獣のいない場所まで避難する。
「美緒はそっちお願い!!」
「うん!!」
美緒は突進してきた魔獣を飛んで躱し、花織と二手にわかれて戦闘を始める。
【攻撃呪文】
巨大猪とは一度戦った経験があるため、難易度は高くない——のだが、簡単には倒しきれない。何せ数が多かった。
美緒と花織はとにかく魔法を撃ち続けて魔獣を撃退していく。
これだけ大きい個体の魔獣が何匹もいるなんて⋯⋯一体、どれだけの猪が死んだのだろうか。
「これじゃ埒が明かない。もっと、効率よく倒せないかな——」
美緒は全体数を確認するため店を出て、空へと飛び上がった。
「うわああああああ!!!」
その瞬間、美緒の身体がボーリング場から離れ、ハンカチのように北へと飛んでいく。
そこには学校の校舎、体育館、プール、テニスコート、グラウンドが見える。そのグラウンドの中央に一人ぽつんと突っ立てる人影が見えた。
「怪人⋯⋯!」
和鋏を持った雀怪人が待ち構えていた。
美緒の足が校庭の砂につくと、これまで身動きを封じていた見えない足枷がなくなる。
「ようこそ。浅間美緒の墓地へ」
「何が目的なの⋯⋯」
あの魔獣の大群も怪人が用意したものなんだろうか。
「目的? ただ、お前の死に様がみたいだけだよ」
美緒たちがキャディを新幹線に誘い込んだように、キャディも自身が得意とする場所に美緒を連れてきたのだろう。
ここが怪人にとって絶好のフィールドなのだとすると、今すぐにでも抜け出さないと——
美緒は空へと飛び上がり、来た道を戻っていく。
キャディは止めるでもなく、口角を上げて美緒が離れていく様をただ見ている。その気味悪い笑みを警戒しながらも、美緒は更にキャディから距離を取っていく。
「うっ!?」
美緒の身体が何かに当たる。一見、何の変哲もない空なのに学校のグラウンドより外に出られない。
【攻撃呪文】
魔法を撃ち込むが、炎球は通り抜けられるのに美緒は抜け出せない。
なんなんだろうか⋯⋯人間だけを閉じ込める、バリアのようなものが目の前に展開されているのだろうか。
「まだ、わからない? お前は死なないかぎり、ここから出られないんだよ」
これも怪人の仕業なのだろう。美緒は蜘蛛の巣に捕らえられたかのようにその場を離れられず、強制的に怪人と戦う舞台を整えられた。
「変な小細工なんてさせねぇーから覚悟しろよ」
あれだけ鼻っ柱を強くしているのだから、よっぽど地の利があるのだろう。
それならば、美緒が死なずにここから抜け出せる突破口は一つしかない。怪人がこの空間を作り出しているのだから、その張本人を殺せば終わる話だ。
もしかしたら、怪人さえも気がついてない抜け穴があるのかもしれないが、それは問題を先送りにするだけだ。ここじゃない、美緒にとって有利な地形におびき寄せてもとどめを刺せる可能性はない。
美緒は童話少女になってからたくさんの魔獣や怪人と戦ってきた。それは美緒一人だけの力じゃなくて那岐や琴、有佐、もも、花織、空色の髪色で剣を携えている人と共にやってきたことだ。
だが、怪人を一人倒せている美緒には確実に実力がある。あの怪人とだって戦うのは初めてじゃないんだ。一人でだってきっと討伐できる。
怪人を倒すことを第一に考え、美緒は正々堂々戦うことを選んだ。死んでここから出ることなんてしたくない。今日、その成果の集大成を見せる。
美緒は大人しく降下し、地面に足をつける。
「お? やっと理解したか」
美緒は覚悟の決まった目をした。
「友達と那岐との時間を引き裂いてきた邪魔で嫌な奴。私がここで殺すッ!!」
「ああ、いいよ!! かかってこいよッ!!」
美緒と怪人のタイマン勝負が始まった。
キャディが和鋏を投げ飛ばしてくる。
ここは身を隠し、射線を切れる建物がない開けた空間。美緒は飛び跳ねて和鋏を躱す。それと同時に、空中でステッキを構えた。
【攻撃呪文】
反撃で撃った炎球は躱され、地面に当たる。
美緒は和鋏の軌道を読みながら、キャディの動向を窺う。
「うっ!?」
美緒の身体が天井に当たる。
そこを狙って和鋏が向かってくるが、間一髪で避けきれた。和鋏は美緒が出られないリング外へそのまま飛んでいく。
フィールドは半球状で透明な囲いが形成されているのだが、魔法や和鋏は消滅することなく外に飛び出ていく。
「それだったら⋯⋯!」
【攻撃呪文】
美緒は生み出した炎球を操作して自由自在に動かす。幾つもの炎球を自身と怪人の周囲を軍事衛星のように周らせる。
それを順に軌道離脱させ、怪人に向かって解き放った。
キャディは縦横無尽に透明な囲いの中を逃げ回って、美緒が作り出した炎球の包囲網から軽々と抜け出す。
「あれ⋯⋯」
キャディは全弾躱してしまったのだが、美緒は気づいたことがある。
もちろん美緒は場外に出られないのだが、キャディも一歩たりと外に出ようとせず、同じ枠内で美緒の攻撃を躱している。自分で作り出した囲いのはずなんだが、出られないのは怪人も同様なのだろうか⋯⋯
校舎にはこちらを見ている黒い影が見えた。
「おい。もう、お前のターンは終わりか? ⋯⋯だったら今度は妾の番だ」
次にキャディの反撃が繰り出される。怪人は和鋏を投げ、その後ろから突撃してきた。
【防御呪文】
二本の刃物を炎壁で防ぐのは間に合ったが、やはり那岐の助けが入らないから一対一で対処せざるを得ない。
キャディはその後も美緒を切り刻もうと、和鋏を一心不乱に撃ち込んでくる。
美緒は飛んでくる和鋏も受け止めながら、一旦怪人から距離を取った。
「ははっ! やっぱ、一人だとそんなもんか!」
怪人は和鋏を遠慮なく振り回せて悦喜している。
「もうここから出たくなってるんじゃないか? 醜態晒す前に自害しろよ」
それからも美緒とキャディは互いに防御しつつ、遠距離からの攻撃を行う。
「自害なんて⋯⋯しない!! 私はお前を殺してここから出る!!」
「なに、ふざげたことをッ!!」
時間が経過するごとに戦いが激化していくのだが、互角な両者は共に無傷のままだ。炎球と和鋏が数え切れないほどぶつかりあった。
そんな戦闘音がここじゃない、別の場所からも聞こえてくる。美緒が先程までいたボーリング場から魔法の爆発音が鳴り響いているようで、向こうも討伐真っ最中のようだ。
そっちはきっと大丈夫だろう。
魔獣は那岐とはなちゃんたちに任せ、美緒は目の前の怪人に全集中する。
怪人は美緒一人なんの脅威でもないと思っているから、誰も邪魔が入らないこの作戦を考えたのだろう。そんな怪人の目論見通りになんてさせたくない。
【攻撃呪文】
この前の花織が戦っていた時の事を思い出し、急激に間合いを詰めてそこから炎球を放つ。
「なんでこんなことしてるの⋯⋯!」
「お前達が我々の土地を荒らし続けるからだろ。防衛して何が悪い」
「わかんない⋯⋯ここには多くの人が住んでいるんだから人間の土地でしょ⋯⋯」
「それはお前がまだ生きていた時の話だろ? ここ冥界は妾たちが先に治めたんだよ!!」
キャディは一切、攻撃を止める気配はない。
やっぱり、何も分かり合えないんだ。
美緒は花織がやっていたように、自身と怪人の周りに幾つもの炎球を鬼火のように浮遊させ、照準を合わせる。
そのまま一斉に怪人目掛けて解き放った。
美緒の攻撃ターンが始まると、キャディは腕を振り二本の和鋏で炎球を対処していたのだが、無限に生み出される攻撃にグラウンドを駆け回るしかなくなっている。
美緒を閉じ込めていたはずの檻は怪人自身の逃げ場も奪った。
キャディは苦し紛れに和鋏を投げてくるが、美緒は攻撃を中断せず横に避けて躱す。何回も戦っているのだから、和鋏の軌道を読むことも容易くなってきた。
怪人の武器が一つだけになった瞬間、美緒は攻撃を畳み掛ける。美緒は全方位から魔法を入れられるが、怪人は持っている唯一の武器だけで切り抜けなくてはならない。この大変さは鴨の魔獣から身をもって学んだことだ。
「ぐは⋯⋯ッ」
キャディの背中に炎球が直撃する。キャディの手に和鋏が戻る前に一撃入れることに成功した。
「よしっ!!」
やっと魔法が怪人に当たったが、キャディはまだ倒れておらず逃げ続けている。無数に攻撃方法を変えられる美緒の方が断然有利だ。
このまま攻勢を強めていく。
成長が既に止まっている怪人よりも、場数を踏んできた美緒の方が一枚上手であったようだ。考えていた算段が壊れたようで、キャディの顔には焦りが見え始めている。
これだったら、今日ここで怪人を倒すことも夢じゃないのかもしれない。
「おりゃああぁぁぁーーー!!!」
そんな時、急に美緒の動きが空中で止まった。足を見るとどこかからか現れた糊が纏わりついている。
その拘束を解く前に、美緒の手の自由も奪われた。
だが、美緒は諦めない。いくら、手足が縛られようと炎球を放ち続けた。
飛んでいた怪人が地面に着地したため、美緒はそこへ魔法を集中砲火する。黒煙が辺りを黒く染め上げる。
煙が消えると、そこにいるはずのキャディの姿も消えていた。
「えっ!? どこ!?」
周りを見渡すと少し離れた位置に怪人の姿があった。キャディは結界の前で手を挙げ、校舎の方に向かって何か合図を出している。
花織の時と同様、怪人は美緒の目の前から姿を消そうとしている。
「うっ⋯⋯」
美緒は手足を拘束されており、一人じゃどうすることもできない。
どうしよう⋯⋯ここで逃がしてしまったらキャディは二度と美緒の前に現れない、そんな気がする。
「また逃げるんだ⋯⋯」
美緒は声を漏らした。
小さく、ボソッと呟いたはずなのにその言葉は怪人の耳に入る。
「逃げる⋯⋯」
キャディは額に血管を浮き立たせ、合図を取り消す。
美緒の拘束が外れると同時に、怪人は急激に間合いを詰めてきた。
「お前如きの雑魚から逃げるわけないだろ!!!」
【攻撃呪文】
美緒も魔法を放つがキャディは素早く避ける。
「く⋯⋯ッ」
【防御呪文】
怪人は和鋏を振り回しながら美緒の裏を取ろうと躍起になっている。
「鬱陶しいんだよッ!! 無様に死ね!!」
「死なない!!」
「死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇーーーッ!!!」
校庭の真ん中で二人の少女が激しい攻防を繰り返す。
「妾たちの領地で調子に乗るなッ!!!」
「この街はお前たちのものじゃない⋯⋯!!」
美緒はこれまでの戦いで力を付けてきたつもりであったが、中々決着がつかない。
だが、打開策がないわけじゃない。
美緒は初めてキャディと対峙した時からずっと考えていたことがある。
なぜ、この怪人は琴と花織の前からは姿を消し、美緒の前に現れるのか。
そして、どうやったら倒せるのか。
和鋏が美緒の方を目掛けて飛んできた。
美緒は和鋏の軌道を注視しながら横にずれる。
「うがああああぁぁぁぁ!?!」
美緒の左腕を和鋏が貫通していった。あまりの痛さに声を上げてしまう。
血を吹き出し、そのまま地面に落下してしまった。怪人が逃げるのを阻止できた美緒であったが、逆に攻撃されてしまい負傷する。
地面にはうつ伏せになっている美緒の身体とだらだら流れ出す血、完全に分離している左腕が転がっていた。
それを見た怪人は笑顔を取り戻している。
「何が逃げんな、だよ!! 逃げるべきだったのはお前の方だったな!!」
怪人は美緒の背中を踏みつける。
「もう終わり?? ざっっっこ!! 弱っちいなー!!」
ついさっきまで焦りを見せていたキャディであったが、あまりに呆気なかった美緒を煽り散らかす。
「ほら立てよ!! もう死んだんじゃないんだろうな??」
更に強く、これでもかと怪人は踏みつける力を強める。
しかし、いくら踏まれても美緒はびくとも動かない。
「こりゃ、死んでぇーら!! 死んでーれら!!! ぎゃははっ!!!」
怪人が油断している絶好のチャンスだが、美緒は立ち上がれない。
右手にはステッキが握られているが、魔法を放たない。
「はぁー⋯⋯笑った、笑った」
笑い疲れたキャディは満足したようで、美緒と地から足を離す。
「これに懲りたら二度と生意気な口開くなよ~」
捨て台詞を吐いて美緒に背を向けると上に飛び上がり、結界の前にまで移動していく。
美緒は目を見開いた。
キャディは結界を通り抜けようと手を伸ばすが、透明な檻が解除されていないことに気がつく。
「もう死んだはずじゃ⋯⋯しまったッ!?」
キャディが完全に振り返った時は、美緒が魔法を撃つ直前であった。ステッキの先端が怪人の心臓を狙っている。
——絶対に逃がしたりしない。
【攻撃呪文】
美緒は温存していた攻撃方法を一発本番で繰り出す。炎球がビームのようにしてキャディの身体を貫通した。
「お前⋯⋯ッ」
キャディは最期の力を使って和鋏を二本投げてくるが、狙いが定まっておらず両方とも美緒から僅かに逸れて地面に突き刺さった。
怪人の瞳には美緒の姿が映っている。
【攻撃呪文】
美緒も最後の力を振り絞って魔法を放ち切る。
「うぐあああああああぁぁぁーーー!!!!」
無数の炎球がキャディに叩きつけられる。逃れられない結界と炎球の板挟みになってしまった怪人はもうどうすることもできない。
雀怪人は最期に一粒の涙を流す。
キャディは花火のように爆発して灰を舞い散らした。その中から女の子の死体と雀の死骸が出現する。
美緒も命ギリギリで、意識が遠のき始めていたがステッキを手放し拳を握る。
「やった⋯⋯」
擬死で死んだふりをしていた美緒は、怪人を油断させることでとどめを刺せ、討伐することができた。
美緒はこれまでずっと怪人を倒す手立てを考えていた。他の童話少女たちのように強くなってしまえば怪人は姿を消してしまう。そうなると倒したくても倒せなくなるジレンマが生まれる。
それを解消するために美緒は擬死を思いつき、和鋏の軌道を読んで死んだと思わせた。
美緒はその急激な成長で怪人を欺くことに成功し、初心者狩りを倒した。
◇
春、生まれて間もない雀の雛鳥が巣から落ちてしまった。
土の上に落下した雀は、自分で身動きができない。巣のある屋根の隙間からは兄弟たちが雀のことを見ている。
雀はここにいることを鳴き叫ぶが、巣立つ前の雀たちはどうすることもできない。
そこへ親鳥よりも先に、人間の女の子がやってきた。
「スズメさん、あそこから落ちちゃっちゃの?」
女の子は雀を拾い上げて巣に戻そうとするが、身長が足りなかった。
猫や烏の声、家の敷地外には自動車が行き交っており、生まれたばかりの雀にとって酷な世界が広がっていた。
女の子は悩んだ末、雀を茂みの中に隠しこの場を去る。
しばらくしてから、女の子が帰ってきた。
女の子がランドセルから取り出した本は、学校の図書室から借りてきた図鑑であった。
女の子はその中の雀のページを眺めている。
「餌はドックフードを水で柔らかくしたもの⋯⋯そうだっ!」
また、女の子はこの場を去る。
しばらくしてから女の子は帰ってきたが横には別の人間の少女もおり、二人して茂みの中を覗き込んだ。
「本当にスズメさんいる!」
「でしょ!」
女の子は友達の家からもらってきた犬用の餌を水に浸し、ふやかせてから雀の口に運ぶ。
「すごい! 食べた食べた!」
「ドックフードありがとね!」
「全然平気だよ! ⋯⋯ひめちゃん、この子家で飼うの?」
「ううん。多分、お母さんだめって言うから飼えないんだ」
この日から雀と女の子、八幡姫の生活が始まった。
女の子の家は小学校から近いため、休み時間の度に学校を抜け出し雀に餌をあげ続ける。
「おまたせ!」
チッ、チッと鳴く雀の口に女の子はドックフードを入れた。
その後も、女の子が献身的な世話をしたお陰で雀に毛が生え揃い始める。
それからというもの女の子の様子が少し変わる。雀と触れ合う時、周囲をキョロキョロしだすようになった。
女の子は雀を育てているのがバレないよう、通行人にも注意を払っている。
数羽の雀が満点の青空を舞った。雀の兄弟たちは巣立っていったが、雀は女の子から離れなかった。
同じ巣から生まれた雀たちは別々の行き方を選ぶ。
「ただいまっ!」
今日も女の子は雀に餌をあげる。
雀はすっかり女の子に懐いており、手にべったりとくっついた。ぴょんぴょん飛び跳ねて嬉しさをアピールしている。
「あれ、ひめちゃんいないの?」
帰宅した母親が玄関に置いてあるランドセルを不審がっている。
「い、いるよ!」
女の子は雀に耳打ちをする。
「スズメさん、お母さん来るから出てきちゃだめだよ?」
女の子の元に母親がやってきた。
「——お庭で何してるの」
「ちょっ、ちょっとねっ⋯⋯お花さん見てたんだ!」
「そう⋯⋯ばっちいから早く入って、手洗いなさい」
「うん⋯⋯」
女の子は母親と共に家に入る。雀はまだ女の子の巣に入ったことはなく、真っ暗な外で夜を明かす。女の子はまだ巣立ち出来ていないんだな。
女の子は母親の目を盗み、両手いっぱいに持っているお米を庭に置くのが日課になっていた。
「それじゃ、行ってくるね!」
雀に餌をあげ終わると学校に向かっていった。
太陽が出てきた今日も、雀はお米を貰おうと窓から家の中を眺めている。
いつもの時間、女の子が両手いっぱいにお米を持って近づいてくるのが見えた。雀は満面の笑みを浮かべる。
「何してるの!?」
母親の怒号が聞こえ、女の子の動きが止まる。
「お米の減りが早いと思ったらあなたが持ち出してたの!? ⋯⋯一体、何に使ってるの!!」
「⋯⋯」
女の子は窓辺にとまっている雀を無言で指差す。
「雀に餌なんてやってたの!? 触ってないでしょうね!? ばっちいからやめなさい!!」
母親は勢いよくカーテンを閉める。
しばらくしてから女の子が巣から出てきた⋯⋯が、手には何も持っておらず、雀に一切目もくれない。
雀は肩に乗ろうと近づくが、それを拒むかのように女の子は走り去ってしまった。
それがどういうことなのか雀には全くわからない。雀は地面に残っていたお米で飢えを凌ぐ。
この日を境に、女の子が雀に餌をあげにくることはなかった。そればかりか、ここのところ女の子は何日も巣から出てきていない。
ここにいればご飯にありつけていたのに状況が変わってしまった。
地面に一粒もお米が残っていないことを確認し、お腹の空いた雀は決心する。
ここから離れることを決めた。
かといって、雀は餌をどう見つけるのか知らない。街行く人たちに擦り寄るが誰にも相手をされない。
そんな時、あの世話をしてくれた女の子みたいな集団を見つける。雀は鳴きながら近づき餌をねだるが、ひとしきり触られただけでご飯をくれなかった。
今度は、自分よりも数倍は図体がでかい黒い鳥を見つけた。烏たちは輪になって道端に落ちている美味しそうなものを食べている。
飢えの限界だった雀は目を輝かせて近づくのだが、烏たちは羽を大きく広げて雀を威嚇する。
「なんで!! それ、わけてよ!」
「これは俺達のだ」
「いいじゃん! もう、お腹ペコペコなんだよ!」
「だめだ。そんなに食べたいんだったら別の獲物をよこすんだな」
追い返されてしまった雀は、仕方無しに退散する。
結局、雀は女の子の巣へと戻って来るしかなかった。
相変わらず女の子は巣の中から出てこない。
上を見上げると、雀が生まれた巣は残っていた。雀は飛んでその巣を覗く。
そこに兄弟たちはおらず、お腹を満たす方法を教えてくれる親鳥もいない。
雀は雛鳥の時の記憶を頼りに、空の巣の中で大きくくちばしを開けて待っていたのだが、口の中に餌は入ってこなかった。
何で、みんないじわるするの⋯⋯
疲れてしまった雀はそのまま横たわる。
餌の捕り方がわからなかった雀はそのまま餓死してしまった。
死んでしまった雀の目の前に怪人が現れる。怪人は雀の死骸から蜘蛛の糸を使って魂を抜き取り、女の子の死体に入れた。
雀は怪人として生まれ変わる。
雀は見覚えのある自身の姿を怪人に尋ねた。聞けば、その子は母親と一緒にたくさんの煙を吸って死んでしまい、近くにいた雀を怪人にすることに決めたそうだ。
雀は自分を見捨てた女の子をげらげら笑った。
「ざまぁーみろッ!! ざまぁーみろッ!!」
あんな仕打ちをしたんだ。罰が当たったんだ。
雀はこの身体で、あの女の子のような人間どもに復讐してやると誓った。
◇
【支援呪文】
美緒は起き上がり、すぐに回復魔法をかける。
傷口にステッキを当てると、美緒の身体から離れていた左腕が元の場所に戻る。和鋏で切断された左腕は、軽く回してみても問題なく動いた。
美緒は放心状態で仰向けになる。
「ふー⋯⋯私も女優になれるかな」
ボウリング場の魔獣も倒しきったのか回収業者が集っていた。
「美緒ーッ!!」
那岐の叫ぶ声が聞こえてきた。
「ここにいるよーっ」
美緒の声を聞きつけ、那岐がやってくる。
真っ白で大きな猫が石垣を乗り越え、校庭にいる美緒の方に駆け寄ってきた。キャディを倒したからなのか、那岐は平然とグラウンドに入ってこれる。
「美緒ッ!!」
「那岐⋯⋯」
那岐は瞬時に身体を小さくして美緒の胸に飛び込む。
「どうしたんだ!? 心配したぞ!!」
「ごめんね。何も言わずにいなくなっちゃって⋯⋯猪は全部倒せたの?」
「うん。花織が尽力してくれたよ」
「美緒」
遅れて花織が校庭にやってきた。
「この子と雀の死骸はどうしたの⋯⋯?」
花織は美緒の横に転がっている、見覚えのある女の子に目を丸くしている。
「怪人だよ。さっき倒したんだ」
「怪人!?」
美緒は猫を抱えたまま起き上がり、驚いている那岐に女の子の顔を見せる。女の子は寝ているかのようにその場から一切動かない。
「だから、さっき美緒はいなかったのか⋯⋯凄いよ、美緒!! 本当に怪人を倒しちゃうなんて!!」
「ねっ。自分でもびっくり! ——わっ!?」
花織が美緒に飛びついてきた。美緒と那岐は花織の腕の中に入る。
「美緒、ありがとう!! ありがとう⋯⋯よく頑張ったね!!」
花織は嬉し涙を零しながら美緒に感謝を伝え続けた。
「えへへ⋯⋯!」
美緒は自分のために怪人を倒したのに、凄く嬉しがられて照れくさかった。
日が傾き始める。
花織が代わりに怪人討伐の報告をしてくれたため、学校の校庭には裏口から入ってきたパトカーと回収業者が集った。
三人はボウリング場の駐車場で待っているという伊吹の元まで戻っていく。
はなちゃんが探している子は見つかっていないけど、美緒をずっと狙っていた怪人は倒せたため安堵する。
これで平和になるな。




