【46話】月の死者
「わぁー! お宝の山だー!」
美緒の目の前にはお菓子が所狭しと陳列されていた。
美緒と那岐は国道十七号、元日に直ぐ側を駅伝が通る所に位置しているディスカウントストアを訪れている。店内はもうすぐハロウィンとあってお化けやかぼちゃのデコレーションで彩られていた。
「これも⋯⋯あれも買っちゃおっ!」
美緒は学校で配る用のお菓子を物色している。
「そんなに買って余らないか?」
「平気平気! これでぴったりぐらいだよ!」
美緒はお菓子を手に掴むと、那岐が持っているカゴに放り込む。
「あっ、これはあおちゃんにあげて!」
「わかったよ」
美緒は最後に入れたチョコレート菓子を指差す。
一階で食料品を一通り見た後は二階に移動する。こちらは雑貨が所狭しと陳列しており、目を引いた。
「久しぶりに来ると見るだけでも楽しいね!」
「だなー⋯⋯」
「ん?」
横を歩いている那岐の視線が別の方に気を取られていた。
美緒が一歩、二歩下がると、通り過ぎた所にコスプレコーナーが展開していた。そこには少しえっちな衣装も置かれている。
「えー!? 那岐、コスプレとか興味ある感じ!?」
「何で俺が⋯⋯興味ないよ」
「うっそだー!! さっき、チラッと見てたでしょ!」
「あれはー⋯⋯たまたま目に入っただけで⋯⋯」
「お兄さん、恥ずかしがらなくていいんですよ。男の子ですもんね?」
「キャッチ止めてね」
「ほらほら、三千円ぽっきりですし⋯⋯ねっ!」
美緒は那岐の肩に手を回す。
那岐はこの場を去りたいのかそっぽを向いて赤面している。その反応がたまらなくかわいかった。
「⋯⋯買うもんないんならさっさとレジ行こうぜ」
「えー!! やだやだ、ハロウィンなんだし一緒に仮装しようよ!!」
「いや、俺はいいよ」
「むー!! ⋯⋯じゃあいいもん! 一人で着るもん!」
美緒は頬を膨らます。
意気揚々と言ってみたはいいが、壁一面に並んでいる衣装の数に美緒は悩んでしまう。メイド服、バニーガールの他にもハロウィンが近いからなのかゾンビ、キョンシー、魔女のコスプレなんかもあった。
那岐は何が好みなんだろうか。
美緒は取り敢えず、メイド服とバニーガールのコスプレを手に取る。
「う~ん⋯⋯那岐はどっちが好き?」
「こっちはともかく⋯⋯そっちで外出るのか?」
那岐はバニーガールの方の衣装を指差した。商品パッケージに起用されているお姉さんのイメージ画像から見ても布面積は少ないことがわかる。
「流石に着ないよ! 家用!!」
でも、那岐が興味を示したからこっちの方がいいのかな。
「⋯⋯ふ~ん、那岐はバニーさんがいいんだ?」
「ばッ、俺は何も⋯⋯!」
「ううん。何も恥じることはないんだよ⋯⋯それじゃ、こっち買っちゃお~と!!」
「なんで俺が着せたがってるみたいな誘導してるんだよ⋯⋯! 美緒が着たいんだったら買いなって、俺も止めないし」
「やだっ! 那岐が私に着せたいって理由じゃなきゃ買っちゃだめって、憲法にも書いてあるから!!」
「そんな憲法改正されてしまえ」
「なんでそんなに拒否するの?」
「なにこれ。俺がおかしいの?」
美緒も自分からバニーガールを着たいと言い出すのは恥ずかしかったため、簡単には引き下がらない。
「そっか⋯⋯私には似合わないと思ってるんだ。那岐もこの写真の綺麗なお姉さんのバニーガールが見たかっただけなんだよね?」
「そんなことないけど⋯⋯」
「だったらどうして⋯⋯?」
美緒は精一杯瞳をうるうるさせ、那岐の顔に迫る。
「だから⋯⋯美緒が着たいんだったら買えばいいだけじゃないか」
「⋯⋯」
「そんな顔したって無駄だぞ」
「⋯⋯」
「おい——」
「⋯⋯」
「くっ⋯⋯わかったよ。買おう」
「やたっ!! お買い上げありがとうございます!!」
二人はお菓子いっぱいのカゴ、その一番上にバニー衣装を入れレジへと向かう。
那岐が店員さんのスキャンを待っている間、美緒は後方でその様子を笑顔で見守っている。双方、無言の時間が流れた。
会計が終わると、二人はお店を出て駐輪所に向かう。美緒は那岐の妹、葵に借りた自転車カゴに黄色いビニール袋を入れ、二人は家へと帰っていく。
◇
十月三十一日、ハロウィンがやってきた。
学校の教室、席に座っている美緒の元に伊吹が満面の笑みでやってくる。
「トリック・オア・トリート!」
「はい、どうぞ!」
美緒は那岐と共に買いに行ったお菓子の詰め合わせを伊吹に手渡し、お返しのお菓子をもらう。
「やったー!!」
伊吹はお菓子をもらいに教室を駆け巡っていた。次に伊吹は教室の後方にいた女子二人組に話しかけている。
「トリック・オア・トリートー!」
「お菓子ー? ないけど⋯⋯どうする?」
女子はからかうように笑う。
「そっか⋯⋯」
伊吹は肩を落とし、二人の元から去ろうとする。
「あるあるッ!! あるから!! 食べて!!」
女子は手作りのチョコを手渡していた。
「わーい!」
伊吹はモテるのか人望があるのか、机の上にたくさんのお菓子が置かれていた。
今度は美緒の席に花織が現れる。
「はい。二人とも」
「おお、ありがとうな」
「ありがとー! はなちゃん! じゃあ、こっちお礼ね!」
二人は花織から手渡されたお菓子を受け取り、物々交換をした。
美緒はじっと花織の顔を見る。本当に花織が童話少女だったなんて今でも信じられない。こんな近くに同じ境遇の友達がいたなんて、なんだか不思議な感覚だ。
「花織ちゃんっ! オレもオレも!!」
花織がお菓子を渡している所を見た伊吹が颯爽と現れる。
「伊吹はもうそんだけもらったんだからいいでしょ」
「えー。オレ、花織ちゃんのが一番欲しいなー」
「都合のいいことばっか言って⋯⋯」
「トリック・オア・トリートー!」
伊吹は餌を待つ大型犬のように両手を出している。
「⋯⋯⋯⋯はいっ」
「わあー! ありがとー!! じゃあ、お返しに——」
伊吹はポケットからお菓子を取り出し、花織も手を出す。
しかし、伊吹は寸での所で手渡すのをやめ、花織に微笑みの催促を向ける。
「んー?」
「な、なに?」
「何か言うことあるんじゃない?」
「うっ⋯⋯トリック⋯⋯オア・トリート⋯⋯」
「かわいい!!?! 全部持ってけ泥棒!!」
「それはあなたがもらったやつでしょ!?」
微笑ましいやり取りを見た後、美緒はお菓子を一つ手に取って席を立つ。
そして、クラスの中で談笑している女子四人グループの方に向かった。美緒が近づいたことでその会話が止まる。
「鳴音ちゃん⋯⋯はいっ!」
美緒は伊吹や花織に渡した物と同じお菓子を庚申鳴音にあげる。
「え⋯⋯なに、急に」
鳴音は半笑いであった。
「鳴音ちゃん、私が入院してた時お見舞いに来てくれてたんでしょ? 那岐に聞いたんだ!」
美緒がずっと気になっていた病院の幽霊の正体は庚申鳴音であった。
「は、はあ⋯⋯」
「だから、そのお礼!」
「⋯⋯」
鳴音はお菓子を受け取らず、美緒の後ろにいる那岐の方に視線を泳がせている。
少しの沈黙の後、鳴音はお礼を受け取ってくれた。
「ありがとねっ!」
「⋯⋯」
鳴音が那岐に付き添って病院にお見舞いに来てくれてたなんて、最初聞いた時は正直驚いたけれど嬉しかった。どうせだったらドア前じゃなくて、病室まで入ってきても良かったのに⋯⋯とも思ったが人には人の事情があるのだろう。
これからもっと鳴音ちゃんと仲良くなれるのかな⋯⋯
学校からの帰り道、街はハロウィン一色であった。
二人はコンビニで高級カップアイスを購入し、駅前のベンチに座って口にする。
「ん~っ!!」
肌寒くなり始めた季節であったが、外でのアイスも別格であった。
「⋯⋯那岐の方も美味しそう」
「うん。美味しいよ」
美緒はストロベリーを買ったが、那岐はオレンジ色のパンプキン味を食べていた。美緒はよだれを垂らしながらそれを凝視している。
那岐はスプーンでアイスをすくって口まで持って行く。
「トリックオアトリートッ!!」
「あっ、おいッ!」
美緒は那岐のアイスを横取りする。なめらかな、かぼちゃが口いっぱいに広がった。
「ん~~! おいしー!」
「それ、そんな万能な言葉じゃないからな!」
「えー⋯⋯じゃあ、はいっ」
美緒もアイスをすくって那岐の口の中に運ぶ。
「どーお?」
「⋯⋯美味しいな」
「でしょー?」
その時、突風が二人に襲いかかった。重りとなるアイスをどけたことで、膝上に置いておいた美緒のハンカチが風で飛ばされる。
「ハンカチが!? 待ってー!!」
風に乗って旅をするハンカチだが、幸いにもデッキから下には落ちずある子たちの前に転がる。
そこにいたのは小学生ほどの男の子と女の子であった。二人は兄弟なのか男の子の方が少し身長が高く、手を繋いでいた。
男の子の方がハンカチを拾い上げ、走って駆けつけてきた美緒に差し出した。
「ありがとー!! 拾ってくれて!」
美緒はその子からハンカチを受け取る。
「二人はたぬきさんの仮装してるの?」
この子たちはハロウィンでコスプレしているのか、たぬきの耳と尻尾、おでこには葉っぱを付けていた。
「⋯⋯」
二人は無言のままお互いの顔を見合わせている。
「そうだ! お礼あげるね!」
美緒は急いでベンチまで戻ってくると、バッグをかき分けた。そこから配る用で余っていたお菓子を取り出し、二人の小さな手に置いてプレゼントする。
「良かったらどうぞ!」
二人はきょとんとしながらも男の子が先にお辞儀をすると、横にいた女の子もそれを見よう見真似でお辞儀をする。
「ばいば~い!」
二人は手を繋ぎ直し、美緒と那岐の前から去っていく。
「兄弟かね?」
「そうぽかったよね!」
後ろ姿を見ていると機械でも入っているのか尻尾が揺れて見えた。
「今の子たちの仮装って随分ハイテクなんだねー⋯⋯」
たぬきの兄弟は仲睦まじそうにハロウィン色に染まった街の中へと消えていった。
二人は美緒宅に帰ってくる。美緒は那岐を自室に招き入れた。
「じゃあ、那岐! ここで待ってて!」
「わかった⋯⋯?」
何のことかわかっていない那岐は首を傾げた。
美緒は那岐のいない別室に移動する。そこで梱包を開け、中の衣装を確認する。
「うわっ! わかってはいたけど露出凄いな⋯⋯」
美緒は制服を脱いで、袋から取り出した胸元が大きく開いた黒いバニースーツ、うさ耳のカチューシャ、蝶ネクタイ、網タイツに着替える。
那岐、喜んでくれるかな⋯⋯
美緒は着替え終わると、鼓動を速めながら那岐のいる部屋のドアをノックする。
「はーい」
美緒はバニーガールの姿で那岐の前に現れる。
「美緒!?」
「じゃーん!! 驚いた? この前買ったやつ着てみたんだ~」
美緒は那岐の前で一回転して見せる。
「どう?」
「かわいい⋯⋯なんか、いいな」
「ほんと!? えへへ。良かったっ」
好感触な反応に美緒はほっとする。
美緒はそのまま那岐の横に座り込んだ。
「どうした⋯⋯?」
「お菓子はね⋯⋯持ってないんだ⋯⋯」
美緒は顔を赤らめながら那岐の手の上に自分の手を重ねる。
「だからさ⋯⋯ね?」
美緒はただじっと那岐のことを見つめる。
「⋯⋯ッ」
那岐は無言で美緒を押し倒した。
「きゃっ!」
美緒のハロウィン大作戦は大成功であった。
お菓子のような甘いひとときが流れる。




