【45話】発火起点
「⋯⋯」
花織は無言で美緒を空中に降ろす。
「ど、どうしてここに!?」
信じられない光景に美緒は驚きを隠せない。なんで、はなちゃんがこの場にいるのだろうか。美緒と目が合ったはずなのに花織は一切口を開かない。
すると、そこに和鋏を持った雀怪人が現れる。
「まーた、お仲間呼んでたのかよ」
花織は美緒の疑問に答えず、ただただ怪人を見ている。
その真剣な眼差しはいつも見る花織とは別人であった。
この人は本当にはなちゃんなのだろうか——
「勘違いしてないか? そいつをぶっ殺したいのであって、お前はお呼びじゃないんだよ」
「⋯⋯」
「耳、ついてんのか?」
キャディはため息をついてから、手首を捻り内側から外側に向かって手を仰ぐ。
「その目は飾りか? 邪魔なんだよ。さっさと消えろ」
「⋯⋯彦はどこにいるの?」
「は? 誰だよそいつ」
「知らないんだったらいい」
花織が怪人に向かって突撃していく。
「はなちゃんッ!!」
【攻撃呪文】
花織が青色の炎球を放つが、キャディは手に持っている和鋏で切り裂く。
そして、キャディは一本だけ和鋏を投げ自身の周りに即席のバリアを作り出した。花織はそれを器用に避けつつ、至近距離から魔法を放っている。
「本当に仲良しごっこばっかりだな、お前たちは。一人で戦うことを知らないの?」
「ごっこなんかじゃない。あなたたちのようにただ群れるだけの動物と違って、あたしたちには感情がある。利害の一致を超えて一緒になれるの」
上空で繰り広げられている花織と怪人の戦闘は、目で追うのがやっとなほど白熱している。
美緒は助けに入るべきなのか迷っていた。
「知ったような口で何を言ってんだ。感情なんてものはどんな生き物にだってあるだろ。お前ら人間が調べられていないだけで。現に、こうしてお前に怒っているのがわからないのか?」
「それは借り物の身体だからでしょ? あなたは人間じゃなくて動物だ」
「動物——」
キャディは自身の周りを回転させていた和鋏を回収すると、思いっきり花織に向かって投げつける。
「生きることも死ぬことも自分で決められないお前らの方がよっぽど野性的な動物じゃないか!!! お前らは王に生死を決められている家畜なんだよ!!!」
今度はキャディが畳み掛けるが、花織はあっさりと攻撃を防ぎきった。
「家畜の分際で反抗するなッ!!!」
「——もう一度聞くけど、彦の居場所しらないの?」
「だから、知らねぇーよッ!!!」
「そう⋯⋯」
花織は自身と怪人の周りを囲むように幾つもの炎球を生み出した。
【攻撃呪文】
それらが一斉にキャディの方に向かって放たれる。
「あああぁぁぁーーーッ!!!」
青色の炎球は外れることなくキャディに直撃する。
キャディは逃れようと飛び回るが、花織は怪人にぴったりと張り付きながら攻撃を入れていく。
「お前⋯⋯ッ」
キャディはボロボロになりながらも、追ってくる花織を睨んでいる。
「戦いの邪魔をして、やりたかったのがこれか⋯⋯? この卑怯者ッ!!」
花織は一切、怪人の言葉に耳を傾けていない。
「何か言ったらどうだ!!!」
押されているキャディは攻撃する暇もなく、ただただ避け続けるしかなかった。額には汗をかいている。
和鋏で炎球をやり過ごしていたキャディに限界が訪れる。
キャディの懐から糊が飛び出してきた。糊はひとりでに花織に纏わりつき、身動きを封じた。それと同時に、キャディは飛んで逃げる。
それでも花織は攻撃の手を止めず、キャディに炎球を放ち続けていた。
分が悪くなったキャディはそのまま姿を消してしまった。怪人が見えなくなると花織に纏わりついていた糊が自然に消える。
戦闘を終えると、花織が美緒と那岐のいる前方後円墳の前方部から少し離れた場所に降下した。
「はなちゃん⋯⋯」
「美緒」
花織が一歩近づいてくる。
美緒は顔を引きつらせながら一歩下がった。後ろにいた那岐とぶつかり、肩を掴まれる。
「⋯⋯そうだよね、怖いよね」
花織はそれ以上近づいてこない。
美緒は今すぐにでも飛んで逃げたかったが、聞かなければ、確認しなければいけないことがあるため何とか持ち堪える。
美緒は那岐に支えられながら、蟹沢花織と向かい合う。
「本当に、はなちゃんなの⋯⋯?」
「そうだよ」
「怪人⋯⋯じゃないんだよね?」
美緒の脳内には剣崎の顔が思い浮かんでいる。味方だと思ってたのに、怪人であることを隠し裏切られた、その出来事が心臓に剣として突き刺さっていた。
「うん。⋯⋯ずっと黙っててごめん」
花織はその剣を両手で掴んだ。
「あたしも童話少女なんだ」
そう断言してくれて美緒は力が抜ける。そのまま倒れてしまいそうになるが、那岐に支えられていたことで膝が地面に着かず身体が前傾姿勢になる。
「美緒の味方だから安心して——って、え?」
「はなちゃん!!!」
美緒はスロープを全速力で下り、勢いよく花織に抱きつくと泣きじゃくる。剣が抜かれたことで水が溢れ出した。
花織が敵ではなく、同じ童話少女であったことが本当に嬉しかった。
美緒は那岐と花織に慰めてもらって泣き止んだ。
三人は古墳の後円部、墳頂の坂になっている所に花織を挟んで腰を掛ける。
「はなちゃんも最近なったの?」
「ううん。美緒が童話少女になるずっと前から」
花織は自身が童話少女になったその経緯を話してくれる。
「保育園の卒園旅行に行った、あの日。あたしは死んで童話少女になった」
「え⋯⋯」
「交通事故で即死だったよ」
「そんな⋯⋯」
「即死⋯⋯」
花織は既に受け入れたような表情をしているが、美緒と那岐には難しかった。
「あの事故で多くの死傷者が出たんだ⋯⋯二人は覚えてないよね?」
「私はあの時、足を怪我したけど⋯⋯事故なんて起こってたの? てっきり、私一人だけの怪我だと思ってた⋯⋯」
「俺も美緒が病院に運ばれていったのは覚えている。だけど、バスが急停止したことで美緒が座席から放り投げだされたのばかり⋯⋯」
「そうだよね。美緒が怪我したのもその時だったよね」
「ねぇ、はなちゃん⋯⋯何で私たち、その事故のこと覚えてないの?」
「多分、あたしが童話少女になったから。事故にあって死んだあたしは運よく童話少女になることができた。だけど、バスに広がっていたのは血まみれで、もう戻ることのない友達たちの姿。楽しかった卒園旅行が台無しになったその状況下で、あたしは無意識に願ってしまったんだと思う。事故がなかったことになりますように——って」
花織は唇を仕舞い込む。
「でも、事故はなかったことにならなかった。乗っていた人たちの記憶だけを奪うだけで」
そのことは美緒も身を持って体験している。
皆、美緒が死んでしまったことを忘れてしまったように、美緒自身も他の誰かが亡くなっていることに気がついていないんだ。
「⋯⋯ごめんね。本当は遊園地で遊んだ楽しかった思い出だけを残したかったんだけど、上手く行かなかった。最悪の卒園旅行になっちゃったよね」
「遊園地⋯⋯って、この事故の話しだよね?」
「そうだけど?」
美緒と花織は同じ保育園の出身だ。卒園旅行は動物園だったことも覚えている。
「卒園旅行って、動物園じゃ⋯⋯?」
那岐は首を縦に振っているが、花織は横に振っている。
「そうだよね。そこから擦り合わせていかないとだよね。あたしたちの卒園旅行は伊勢崎の遊園地だよ」
「え⋯⋯でも、確かに動物園に行ったはずなのに⋯⋯」
美緒には那岐たちと動物園に行ったことと、事故の直前にサイを見た記憶が残っている。
「事故か魔法の影響かはわからないけど、記憶が改竄されてる。多分、動物園に行った記憶は家族で行った時とかの思い出がごちゃ混ぜになってるんじゃないかな」
美緒が怪我したのは動物園の帰り道と疑ったこともない、その前提条件が砂のお城のように崩れてしまった。
「本当は伊勢崎の遊園地であって動物園じゃない⋯⋯え~どういうこと!!」
何が本当の記憶で、何が偽りの記憶なのか、わからなくなってしまった。美緒はショートしてしまった頭を抱える。
「ちょっと、最初から飛ばしすぎちゃったかな?」
花織は美緒の頭を優しく撫でてくれた。
那岐は神妙な顔つきで顎に手を添えている。
「花織、死人が出る事故って何があったんだ⋯⋯バスの速度超過なのか?」
「あたしたちが乗っているバスが高崎に帰る途中、右折待ちをしていた自動運転のトラックが大通りを直進するバスの進路を妨害したの。バスはブレーキが間に合わずトラックとぶつかった。前方座席に座っていた人たちは助かっている人の方が少ないよ」
「⋯⋯何でトラックが向かってきたの?」
「その日は、ちょうど震災があったじゃない? 会社はその大地震で計器が故障したと報告を出してたんだけど、責任も賠償もすることなく今も逃げ惑っているよ」
「ひどい⋯⋯」
地震は、美緒を含む園児たちが遊び疲れて眠っている間に襲ってきた。
十四時四十六分に起こった巨大地震は、震源地から離れ卒園旅行から帰宅中のバスも揺らした。その威力は白衣観音に身代わり観音を生み出すほどであった。
「それじゃ、はなちゃんがずっと遊ばなかった理由ってこの事故のことを調べてたから?」
「ううん、あんまり関係ないかな。NNLCが保険に加入してない被害者家族たちの分もトラック会社の代わりに賠償金の支払いをしてくれたの。難航してるみたいだけど訴訟も肩代わりしてくれたから、そっちはもう任せてるんだ」
「だったら、どうして⋯⋯?」
「あたしね、人探ししてたんだ」
「人探し?」
「そう。二人は元島彦って男の子、知ってる?」
「知らないな⋯⋯」
「私も」
「そうだよね⋯⋯! ——実はあたしたち、その子を入れた四人で保育園生の時よく遊んでたんだよ?」
四人⋯⋯保育園の時、那岐と花織で遊んだ記憶は確かに美緒の記憶にも残っている。もう一人の男の子⋯⋯そんな子、本当にいたのだろうか。
「⋯⋯ごめん。やっぱり、わからない⋯⋯」
「ううん。二人は悪くないから。多分、あたしの魔法でその子自体の記憶も消しちゃったみたいだから」
卒園旅行の件といい、美緒の記憶は当てにならないのかもしれない。
「でも、その子がどうかしたの?」
「その子も事故に巻き込まれてね、ずっと行方不明なんだ」
「え?」
「事故現場に居合わせた童話少女の人によると、その人が来た時には既に彦の姿はなかったんだって」
「一体、何があったんだ?」
「あたしたちは人間の死体を盗むその手口から見ても怪人の仕業だと思ってる。それと彦はその元凶じゃないかと踏んでるんだ」
「元凶⋯⋯?」
「この地域ではこれほどまで怪人が異常発生してなかったみたいなんだけど、あたしたちが事故に遭った日からその数が増加した。今も行方不明の彦が操られているのか、はたまた怪人の親玉じゃないかって」
「そんな⋯⋯彦さんは、私たちみたいに童話少女になってたりしないの?」
「それはないよ」
「花織はその人のことを見たことあるのか?」
「ううん。何年経っても見つけられなかった。ここで縄張りを持っていた怪人は粗方倒し終わったんだけど、一度たりとも会えたことないよ」
「それだったら、まだ生きてるって可能性も⋯⋯!」
花織はまた首を横に振って否定した。
「もう、諦めてるんだ。これだけ時間が経っても出てこないんだから生きてるわけないよ」
美緒は首を落とす。
「そうなんだ⋯⋯」
「美緒が落ち込むことないよ」
花織は美緒の背中を擦る。
「でもね、何も手がかりがなくなった今、美緒と那岐には感謝してるんだよ?」
「え?」
「今残っている怪人たちはどうもあたしたちを警戒してるみたいで、中々姿を現すことがなくなってしまったんだ。そんな時に、美緒たちが怪人との接敵が多いのを知ってね、この子に付いていけばもしかしたら彦と会えるかもって今日ここに来たんだ。黙って後をついてきてごめん⋯⋯」
花織は頭を下げる。
「そんな、いいって! 私も逆の立場なら同じ事するよ⋯⋯ね、那岐?」
「うん。俺だってそうする」
那岐がいなくなってしまったなんて想像もしたくないけど、その時は美緒もなりふり構わず行動するだろう。花織の心情は想像に絶する。
「⋯⋯二人は元島彦の怪人を見かけてないよね?」
「うん。私が見たことあるのは、倒した剣崎さんと、さっきはなちゃんが戦ってたあの怪人だけだよ」
「そっか⋯⋯」
記憶を辿ってみるがそれらしき人は見かけなかった。
でも、美緒の記憶は当てにならないことがわかったから、もう既に出会っていてもおかしくないのかもしれない。
「はなちゃんはずっと一人で探してたの?」
「そうだね」
「それなら、童話少女ってもっと早く言ってくれたら協力できたのに⋯⋯」
「⋯⋯本当はね、美緒にこんな世界見てほしくなかったんだ。暗くドロドロしている穢れたこの童話少女の世界。だから、火葬場で美緒が蘇った時、有佐に美緒を尾行させたんだ。説明しなければ童話少女になることを阻止できるって、その時は思ってた。でも、美緒はすぐ変身しちゃうんだもん。凄く驚いたよ」
有佐が美緒たちを追ってきていたのはそんな経緯があったのか。
「何度も何度も死にそうになっている生前の美緒を見て思ったんだ。この子は童話少女になるべく生まれた、選ばれた子なんだなって。現にこんな短期間であたしたちが苦戦している怪人を倒しちゃったんだから、歴の長いあたしよりよっぽど才能あるよ」
花織は頬を緩ませていたが、涙を堪えているようにも見えた。
「でもね、ずっと悩んでたんだ。美緒はせっかく生き返れたんだから好きな人と過ごすべきで、これはあたし一人で解決しなくちゃいけない問題だから二人を巻き込むべきじゃないって。⋯⋯だけど、あたしの力だけじゃだめだった。彦の亡骸を持ってくることは叶わなかった⋯⋯」
花織は涙を流し始める。
「一度そう決めたのに、美緒たちに助けを求めようとしているこんな自分に腹が立ってくるんだ。⋯⋯ねぇ、あたしはどうしたらいいと思う?」
花織がそんな悩みを抱えていたなんてこれまでは知る由もなかった。
だが、美緒はどうするのか既に答えを決めている。花織は先程の美緒を怪人の攻撃から助けてくれたため、以前の戦闘から怪人に殺されずに済んでおり自信が有り余っていた。
それに、美緒には花織との楽しかった思い出もある。美緒の遊びの誘いに乗ってくれてプールで遊んだ。そんな友達のことを見捨てるなんてことはしたくない。
美緒は泣いている花織を強く抱きしめた。
「私と那岐なら大丈夫だよ! 一緒に敵を倒すって決めたんだから! ——ね?」
「うん。今の美緒は強いから、十分戦力になるんじゃないか? 一緒にその子を見つけようよ」
「ありがと⋯⋯⋯⋯ありがと⋯⋯⋯⋯」
下を向いて涙を零す花織を美緒は抱きしめ、那岐は頭に手を置いている。
花織の涙が枯れてから、那岐が口を開く。
「⋯⋯だったら、さっきの怪人は殺さず、野放しにしておいた方がいいんじゃないか?」
「ううん。倒しちゃっていいの。あいつら怪人はどうやっても口を割りそうにないから」
「よーし! それなら、容赦なく一発入れてくるよ!!」
「ふふっ、ありがとっ」
最後に花織は満面の笑みを見せた。




