【44話】墓暴き
以前、招待されたイベントに参加するため、美緒と那岐の二人は緑色のバスに乗り込む。
現地に到着すると大きな古墳に出迎えられた。
群馬県には数多くの古墳が存在しているが、かみつけの里には保渡田古墳群の八幡塚古墳と二子山古墳がある。
この日はかみつけの里古墳祭りが開催されており、古墳の周りだけではなく文学館や博物館にも多くの人の姿が見えた。
美緒は大きな石造りの古墳を指差す。
「どうする!? 早速、登っちゃう!?」
「古墳ガイドしてくれるみたいだし、せっかくなら参加しないか?」
「するするっ!」
二人は古墳ガイドの受付所に向かった。この古墳祭りでは、有志の方たちが無料で古墳のガイドをしてくれるようだ。
「今から千五百年前につくられた八幡塚古墳は、大きさ九十六メートルからなる前方後円墳です」
考古学者のようなおじいさんが、ガイドをしてくれる。
「古墳の周りにはたくさんの円筒埴輪が並べられているのが見て取れると思いますが、あれはその当時あった場所に再現して置いています」
ガイドさんの言う通り、埴輪が古墳の周りを結界のように張り巡っていた。
「ここは榛名山の南麓に位置していますから、六世紀初頭に起きた噴火で火山灰に覆われました。それもあって、埴輪が当時の状況のまま化石のように埋まったことで元の位置がわかったんです」
古墳の入口には鷹匠や犬と共に猪を狩っていると見られる狩人の形象埴輪が置かれている。今の美緒と那岐のよう。
こうした催しも当時の人たちは形として残したみたいだ。時代が違えば埴輪じゃなく、文字として残していたのかな?
一行は八幡塚古墳を登り、古墳の頂上から内部に入る。
中はひんやりしており、階段を下った先に展示施設が現れた。
「これが舟形石棺と副葬品室になります。石棺の蓋が半分ないのは盗掘にあってしまったためですね。それと、この舟形石棺の中には赤色顔料が付着しておりまして⋯⋯」
美緒はガイドのおじさんと目が合う。
「そこの赤髪のお嬢さん」
「わ、私ですかっ!?」
美緒は目を丸くする。
「何で、赤く塗られたと思いますか?」
「えーと⋯⋯赤が好きだったから?」
ガイドさんは優しく微笑む。
「それもあったかもしれませんね。ここで使われた赤色は魔除けのためだったようです。赤色は炎や血液と同じ色ですから、儀式にもってこいの神聖な色ですね。この後、開催される王の儀式でも古代の王たちが顔に赤い顔料を塗ってたりするんですが、やはりこの色には何か特別な意味合いがあるのかもしれませんね」
赤色にそんな秘められたメッセージがあったなんて知らなかったな。
「それと、八幡塚古墳は三ツ寺I遺跡の王が眠っている墓だと言われています。その当時、前方後円墳はヤマト王権と強い繋がりを持った王族だけがつくれた古墳でした。そのことから見ても、ここに埋葬されている王はヤマトとも繋がっている上毛野の力の持ち主であったことが推察できるんです。私は不老不死ではありませんから、その正体を聞いてから黄泉の国へ行きたいものです」
おじさんの目は少年のように凄くキラキラしていた。
古墳の見学を終えた二人はすいとん、味噌こんにゃくを食べ、古代米をもらい勾玉づくりを体験する。
イベントを楽しんでたお昼頃、開会式が執り行われて美緒が誘われた念願のイベントが始まる。
美緒と那岐は真っ白な古墳時代の古代装束を身に纏い頬を赤く塗って、儀式の準備を進めた。
「よしっ!」
美緒は練習した成果を十分に発揮するため気合いを入れる。
晴れ模様の中、青空の元で蒼灰色の翼を羽ばたかせ旋回している大鷹が上空に現れると同時に、古墳時代に行われていたという儀式の再現劇『王の儀式』が始まった。
最初に、コスモス畑が広がる二子山古墳から現れた古代の王たちが列をなして現れ、その中に美緒と那岐が混じっている。
登場した一行は開けた場所に移動し、美緒たちの出番がやってくる。
王の前で他の演者と共に美緒は舞い、那岐は剣を使った力比べをする。大勢の観客が見てる中、美緒はミスなく成し遂げられて安堵する。
その時、美緒は思いがけないものを見てしまって声を漏らす。観客の中に花織らしき人がいた。
だが、人が大勢いるためすぐに見失ってしまう。花織は事前に来ると言ってなかったし、美緒は見間違いだと結論づけて儀式に集中する。これが終わったら連絡してみよ。
儀式終盤、一行は八幡塚古墳を登り、背後にそびえ立つ巨大な山の方を振り返る。そこには恩恵をもたらし、猛威を振るってきた榛名山の姿があった。一同で、榛名山に豊作祈願の祈りを捧げると儀式は成功に終わった。
「お疲れ様ー!」
「いえ~い!!」
短期間だが練習、本番と苦楽を共にしてきたみんなとハイタッチをする。
美緒は着替え、化粧を落としてから那岐と合流した。
「そうだ、那岐。さっきはなちゃんっぽい人見かけたんだ!」
「本人なのか?」
「わかんない! 来るって言ってなかったし、別人かも!」
「ドッペルゲンガー?」
「絶対違うでしょ! ——って、あ!!」
美緒は先程まで儀式を披露していた八幡塚古墳の頂上を指差す。
「いるっ!! やっぱ、はなちゃんだよ!!」
「どこだ⋯⋯?」
「ほら、あれあれっ!!」
花織と見られる女の子は石棺の方に移動してしまったため、ここからだと完全に見えなくなってしまった。
二人は後を追いかけて古墳に登る。
「あれ⋯⋯おかしいな」
古墳に上がる道はここにしかないはずだが、花織の姿はない。周囲を見渡してもそれらしき人影は見つけられなかった。
「本当にいたんだよ!?」
「疑ってないよ。⋯⋯でも、どこに行ったんだろうな」
古墳の後円部に人だかりができていた。皆、埋葬施設を見学しようと列を作っているみたいだ。
「俺、石棺まで見てくるから、その間に電話してみたら?」
「そうじゃん! やってみる!」
那岐が向かったと同時に電話をかけるが、美緒のスマホは機械的な音を出すばかりで、花織の声は一切聞こえない。
「でない⋯⋯もしかして、忙しいのかな? ——いや、さっきここにいたんだから忙しくないか。だったら、どうして⋯⋯」
美緒が唸りながら熟考していた、その時——
「うッ!!!?」
突如として、美緒の身動きが封じられてしまった。真上からの打撃は物凄い衝撃であったが、美緒は吹き飛ばされることなくその場に留まっている。その衝撃で古墳周りに並べられていた円筒埴輪が吹き飛んだ。
美緒は決死の覚悟で頭上を振り返り、その正体を見る。
「た、たか!?」
そこには、先程まで遥か上空で飛行していた大鷹の姿があった。美緒の身体にのしかかっている大鷹は、人間の三倍ほどはありそうな巨大魔獣。美緒はその鳥足に捉えられ、古墳の硬い地面に押し付けられている。
魔獣は美緒が赤い化粧をしていないこのタイミングを狙って襲ってきたようだ。更に、古墳との間に美緒を挟んでいることで自分の足を地面につけていない。
古墳を見学していた人たちは、その光景を不思議そうに見つめていた。他の人たちには美緒が突然、地面に伏せたようにしか見えていないのだろう。
美緒はダメ元で魔法を使う。
【変身呪文】
かろうじて変身はできたが、強い力で押さえつけられており、飛んで逃げたり魔法を打つことさえ叶わない。
魔獣は美緒のドレスをくちばしで引き裂いてくる。
「うっ⋯⋯痛っ!!」
ここから抜け出そうともがくが、大きくて鋭い爪で身動きできず、動けば動くほど身体がえぐられて出血する。
そこへ白猫が現れた。
「美緒を離せッ!!!」
美緒の声を聞きつけ、引き返してきた那岐が魔獣にどついた。魔獣は那岐には手出しせず、くちばしを開けて威嚇している。
だが、何度も何度も体当たりをしたことで、痺れを切らした魔獣が那岐に向けて片足をあげる。鋭い爪を見せられた那岐はそれ以上近づけない。
美緒にチャンスが訪れた。
魔獣は両足でガッチリと美緒を地面と固定していたのだが、片っぽになったことで締め付けが緩まる。
「ぐぐっ⋯⋯⋯⋯抜けれたッ!!」
その隙に、美緒は魔獣の足から脱出でき、飛んで逃げることに成功した。片足とはいえ力強く握られていた所から無理やり抜け出したため、身体中に切り傷と血が出ている。
【支援呪文】
美緒が回復しながら後ろを振り返ると、そこには目を光らせている魔獣の姿があった。
既に、寸での所まで詰められていたのだが間一髪で躱せた。
「危なっ!?」
獲物を逃した魔獣は、まだ諦めていないようだ。その後も執拗に美緒のことを追いかけてくる。
古墳の遥か上空、ついさっきまで魔獣がいたこの場所で空中戦が始まる。
【攻撃呪文】
美緒が魔獣に向かって真っ赤な炎球を放っても当たりやしない。魔獣は高速で移動し、炎球を避けながら美緒の方へ突っ込んでくる。
美緒も魔獣の攻撃を避けながら攻撃を繰り返す。
今度は、炎球の軌道を変えてみる。
「おりゃッ!!」
放たれた炎球は魔獣を追尾するが速度が足りず、直撃することはなかった。魔獣は空を縦横無尽に駆け回っているため攻撃を当てる難易度がこれまでの魔獣と比べて特段に高い。
「だったら⋯⋯!」
新幹線で怪人を追い詰めた時のように、炎球をミニガンみたいに何発も発射してみるが一発も当たらない。
「こんな動き速いのか⋯⋯どうやって倒そう」
美緒は炎球を放ち続けながら周りを見渡す。ここらは半導体の工場くらいしか高い建物がない。那岐も空を飛べるわけではないから助けに入れない。それだったら、地上で戦った方が簡単に討伐できるだろうか。
美緒は次の行動に移るため攻撃を止めた。
だが、魔獣は美緒が炎球を打ち終わったタイミングで空中停止する。
「ん⋯⋯?」
ホバリングしたままの魔獣と目が合う。その鋭い目つきは何を考えているのか全く以て分からない。あの姿勢が楽で休憩しているのだろうか。
すると、魔獣が動き出す。空中で停止するために翼を羽ばたかせていたのだが、それを更に強める。
その光景は見覚えのあるものであった。
「なんだ⋯⋯跳ね返ってくるやつか」
美緒は夏祭りの時に戦った鶴の魔獣を思い出す。あの時は強風に対処するため炎球を後ろに回り込ませて討伐した。
「それだったら楽勝だな⋯⋯って、え?」
美緒の身体はその場から風で吹き飛ばされるのではなく、段々と魔獣に近づいていく。魔獣は通常とは逆向きの風を引き起こしていた。踏ん張ろうにも何もない空の上では制御が効かない。
「あれ⋯⋯あれあれあれ——」
魔獣はくちばしを大きく開けて美緒のことを待ち構えている。あの大きさなら、人一人分くらい簡単に飲み込めてしまいそうであった。
「やばっ!? ⋯⋯なにこれ!! 抜け出せないんだけどッ!!」
自身の意思とは関係なく、美緒は魔獣の大きな口へと吸い込まれる。
「うそうそうそっ!!!?」
どんなに上や下にもがこうと磁石のように引き寄せられていく。
「美緒ッ!!」
地面から那岐の声が聞こえてきたが、美緒は既に取り返しのつかない距離にいた。
「うわあああぁぁぁぁー!!!」
魔獣は美緒を丸呑みしてしまう。
頭から魔獣のお腹に入った美緒の視界は真っ暗であった。足がくちばしに突っかかっているのか外気に晒されている。
「んぐぐぐー⋯⋯」
美緒がどんなに身体を揺すっても、魔獣のお腹の中から抜け出すことはできなかった。その拍子に、右足に履いていたガラスの靴が脱げ、地面に向かって落下していく。
ホバリングしていた魔獣が動き出す。
食べられてしまった美緒は死には至ってない。魔獣は美緒を生きたままどこかへ連れて行くつもりなのだろうか。
「それなら⋯⋯!」
美緒は辛うじて手にしているステッキから炎球を生み出す。一点の光が魔獣の赤い肉を照らした。
「飲み込んだこと、後悔させてやるッ!」
美緒が願えば願うほど、片手で持てるほどだった炎球がどんどん巨大化していく。古墳から去ろうとしていた魔獣の動きが止まった。
魔獣は先程同様、空中で止まり墜落しないよう翼を羽ばたかせている。
ただでさえ小さいそのうは美緒だけでも許容量いっぱいなのに、どんどん巨大化する炎球が限界を上回っていく。
魔獣の胸が風船のように膨らんでいった。炎球が体の中から魔獣の身体を蝕み焼きえぐっていく。
【攻撃呪文】
真ん丸とした魔獣は炎球に耐えきれず、その場で破裂し中から美緒が出てきた。灰が舞い散ると、古墳の水のない空堀に大鷹の死骸が大量に落下する。
美緒は髪やドレスを大きくなびかせ頭から落下していき、速度を調整しながら那岐の元に向かっていく。
美緒は鷹を狩ることに成功したその嬉しさで顔が綻ぶ。
地面には変身を解除し、美緒のガラスの靴を持っている那岐が見えた。
「——ッ!」
「ん⋯⋯?」
その那岐は険しい顔で、美緒に向かって大声を出している。声は聞こえるのだが、那岐が何を叫んでいるのか聞き取れなかった。
「美緒ーッ!! 右ッ!!」
那岐は美緒の右側を必死に指差していた。
那岐の言う通り横を見ると、すぐそこまで和鋏が迫ってきていた。
「え——」
鋭く尖った和鋏が美緒に牙を剥く。
思わず目を閉じてしまった。せっかく、怪人に殺されることがなくなり自信が付いてきた時だったのにまた死んじゃうのか⋯⋯
美緒は座して死を待っていた——のだが、何者かに抱えられたことで再び空を飛び回る。和鋏の空気を切る音が耳元で聞こえたのだが、助け出してくれた人のお陰で美緒は和鋏に当たらずに済んだ。
窮地を救ってくれたその状況で、美緒は剣崎を思い浮かべる。いや、剣崎さんは死んだんだ。だとしたら、琴さん、有佐ちゃん、ももちゃん、一体誰が助けてくれたのだろうか。
美緒は答え合わせをしたくて目を開ける。しばらく目を閉じていたため、その人の顔が光って見えた。
目が太陽に慣れて視界が鮮明になる。
「はなちゃん⋯⋯?」
そこには青いガラスの靴と青いドレスを身に纏った蟹沢花織の姿があった。




