【42話】舞台挨拶
夏休みが終わってから数日経った。
美緒は那岐たちだけではなく、他のクラスメイトたちとも教室でだべりながら学生生活を謳歌する。
「じゃーね~~っ!」
放課後になり、伊吹と花織に別れを告げてから那岐と一緒に帰宅する。
「なんか、甘いもの食べたいなー」
「めちゃくちゃアバウトだな」
二人はシンフォニーロードを通って辰巳橋を渡った。この通りは電線が地中に埋まっておりすっきりとした街並みになっている。電柱が美緒の身体を貫く心配もなさそうだ。
那岐がスマホを使ってお店を調べてくれている。
「ここからすぐの所にクレープを食べれる所があるみたいだよ」
「クレープ!?」
その単語だけでよだれが垂れてくる。この辺りにクレープ屋さんがあるなんて初耳だった。
「でも、美緒はこの前食べたばっかだから別にじゃ——」
「食べたい食べたい!!」
二人はクレープが食べられるというお店にやってきた。一階がレコーディングスタジオで、二階には一般開放されているラウンジがある。ラウンジにはカフェが併設されており、壁掛けられたCDケースと木目調のおしゃれな空間が広がっていた。
「ん~!」
「クリーム、ほっぺについてるよ」
美緒と那岐が椅子に腰掛けながらブルーベリーのクレープを食べていると、談笑した男性二人組がラウンジを訪れる。
どこかで聞いたことのある声。振り返った先には美緒が良く知っている人物がいた。
美緒は勢いよく立ち上がる。
「愛宕さんっ!?」
名前を呼んだ男性と目が合う。
「玄斗。こんな若い子の知り合いいたの!?」
「はて⋯⋯? どちらさまだったかな?」
男性二人が美緒と那岐が座っているテーブルまで来てくれる。
間違いなくそうだ。愛宕玄斗は美緒が幼少期から何度もプレイしていたゲーム『ガールズガイスト』の開発者だった。
「私、愛宕さんのゲームを幼い頃からやってて⋯⋯インタビューとかも良く見てました!! あの⋯⋯握手とかしてもらってもいいですかっ!?」
「そういうことか」
愛宕が手を差し出してくる。美緒は那岐にクレープを手渡し、両手でその手を握る。
「熱心にありがとうね」
「こ、こちらこそありがとうございます!! ひゃー! 那岐、手繋いじゃったよ!!」
「良かったな」
「いいなー。玄斗だけすっかり人気者になっちまって」
横にいたもう一人の男性が愚痴を零す。この方も何かしている方なのだろうか——
美緒はその人と目が合う。
「おっ!? 俺のことも知ってる!?」
「あー⋯⋯えー⋯⋯ごめんなさい! わかんないです!」
「おろろ~⋯⋯」
男性は肩を落とし、目に見えて落胆していた。
「ははっ。彼は私の友人でね、名前は——」
「五霊一守。映画監督だよ。よろしくね~⋯⋯」
「五霊一守⋯⋯」
これまた聞き覚えのある名前であったが全く思い出せない。
「五霊さんって——あの『獣狩』の監督さんですか⋯⋯?」
「そうだよ!! 君、見てくれたのかい!?」
五霊は那岐のクレープを持っていない左手を握って激しく振り回す。
五霊は剣崎が出演していた映画の監督であった。記憶に新しく、美緒も映画の内容を覚えている。
「はい。横にいる彼女と一緒に見ました」
「君も見てくれたのかい!?」
「見ました! まさか、その監督さんだったなんて⋯⋯!」
五霊は美緒とも握手を交わす。
「くぅ〜! こんな近くにファンが二人もいたのに気づかれなかったなんて! もっと顔を売っていかないとだめだな!!」
「⋯⋯今日は映画のレコーディングしてたんですか?」
五霊ではなく、愛宕が口を開く。
「僕がね、彼に収録をするから助言をくれないかって頼んだんだ」
「その収録って、まさか⋯⋯!」
「しーっ」
美緒の予想は当たっていたみたいで愛宕は唇に人差し指を当てる。
「——そういえば、その制服⋯⋯君たち、高校生?」
「そうです!」
「やっぱ、そうだよね!」
「でも、それがどうかしたんですか?」
「⋯⋯いやーね。君たちぐらいの子を見ると思い出すんだよ。もう、見たみたいだからネタバレしちゃうけど、登場人物の剣崎瑠々はこの街でスカウトしたんだ」
監督自ら、演者たちと観客へ向けて舞台挨拶を行う。
「次の題材を考えながら車で街中を走っていると、一人の女の子を道端で見つけたんだ。彼女は何もない路上で髪を結び、ふわりと地面に着地してね⋯⋯あれは間違いなく天使だったよ!!」
五霊は身体全体を沸き立たせながら語り続けた。
「その時、ビビッと頭の中をインスピレーションが走ったんだ。すぐさま彼女に声を掛けたよ。俺の作品に出ないかって」
監督と剣崎さんの運命的な出会いに美緒も心を寄せる。剣崎さんをスクリーンで見た時、剣崎さんと出会った日、剣崎さんと一緒に戦ったこと。一瞬にして現れて、一瞬にして消えてしまった剣崎さんは本当に天使だったのかもしれない。
「やっぱり、凄いですよね!!」
「⋯⋯やっぱり?」
美緒はすぐさま口を手で隠す。
「どこでこの話聞いた?」
「ほ、本人から⋯⋯」
「何っ!? 君たち、あの子の知り合いなのかい!?」
「まあ⋯⋯はい⋯⋯」
美緒と那岐は頷く。
「こんな偶然もあるんだ!? やはり、俺は運が良いのかもしれないな!!」
万歳していた五霊の手が合わさる。
「そんな君たちにお願いがあるんだけど⋯⋯いいかな?」
「お願い?」
「実を言うと、映画作りが終わってから彼女と一切連絡が取れていないんだ。撮影が終わった日、彼女を演者たちとの打ち上げに誘おうと思ったんだけど、いつの間にか姿を消していてね⋯⋯」
五霊は残念そうに話を続ける。
「あの子、俺のファンたちからも好評で⋯⋯是非とも、次回作に出演してもらいたいんだ。君たちから彼女に取り合ってみてくれないか?」
「⋯⋯剣崎さんは、もう⋯⋯出ないと思います⋯⋯」
美緒の頭の中で剣崎の最期の光景がフラッシュバックする。どうやら、五霊たちは剣崎瑠々が既に亡くなっていることを知らないみたいだ。
「相手は未成年なんだろう? 芸能事務所の出でもないんだから難しくないか?」
「そいつらも躍起になって俺に彼女のことを聞いてくる、ダイヤの原石なんだよ! 大手に入っちまったら俺の作品になんて二度と呼べっこないんだ。だから君たちからも何とか説得してくれないか?」
「でも⋯⋯」
「連絡だけでも頼むよっ!」
五霊は半ば強引に美緒と那岐に名刺を手渡し「それじゃ!」と二人は去っていってしまった。
那岐が美緒に返したクレープは生クリームが溶け始め、ブルーベリーがクレープの底の方へと滲み沈んだ。




