【41話】十両
雀怪人の放った和鋏が美緒たちに向かって飛んでくる。美緒は那岐を抱きかかえ、ホームに降りることでキャディの攻撃を回避する。
キャディの姿は見えないのに和鋏だけが美緒たちの後を追いかけてくる。
【防御呪文】
美緒は左手で白猫を抱え、右手でステッキから炎壁を構築し、怪人の攻撃を防ぐ。そのまま駅のエスカレーターの上を飛び、駅構内に入る。
この前は開けた所で怪人と戦ったから苦戦した。今度はこっちが土俵に上げる番だ。
【支援呪文】
美緒は那岐の治療を最優先にしながら逃げ走る。
「那岐、揺れて大丈夫?」
「大丈夫だけど⋯⋯邪魔だろ? 俺のことは捨ててっていいぞ——」
「そんなことしない!! ⋯⋯だって、一緒に戦ってくれるって約束したから、那岐には最後まで付き合ってもらうからね!!」
「⋯⋯わかったよ」
顔をほころばす那岐の表情が一瞬にして曇る。
「美緒、しゃがめッ!!」
美緒は那岐の言葉で条件反射的に身体をかがめる。五番線のエスカレーターから飛んできた和鋏が美緒の頭上を通り過ぎ、エレベーターに突き刺さった。
「あぶな⋯⋯」
立っていたら美緒の首ははねられていただろう。
突き刺さった和鋏が美緒たちの後方へと戻っていく。
怪人は先程、美緒が上がってきた二番線のエスカレーターから登場した。手に和鋏を二つ所持している。
「逃げるばっかで何もしてこないわけ~?」
【防御呪文】
怪人は何度も何度も和鋏を投げ飛ばしてくるが、屋内とあって和鋏の軌道はある程度読める。ほとんどの和鋏は正面から飛んでくるものばかりで防ぎやすかった。
美緒の炎壁に跳ね返された和鋏が壁や天井に無数の穴をつくる。
「何で、長引かせたいのか意味不なんだけど?」
怪人は二つの和鋏を巧みに操り、真正面から、中央に設置されているエレベーターの陰から、と幾つものルートから美緒に攻撃を仕掛けてくる。
「ガツガツ突っ込むペットたちの方がまだ頭いいけど、大丈夫そ?」
本当は改札を出て、駅ビルの方へ向かいたかったが和鋏を炎壁で対処するしかない美緒はどんどん奥へ押し込まれる。そのまま美緒たちは新幹線乗り換え口の方へ向かい、改札を超えた。
中央にある待合室を挟んで、美緒たちと怪人は対立する。
キャディは容赦なく、ガラス張りの待合室を和鋏で粉々にした。両者を隔てる障害物が無くなり、攻撃も声も通る。
「今日はこの前みたいにぐいぐい来ないんだ?」
美緒は怪人の間合いに入らず、遠距離から魔法を放つ。
【防御呪文】【攻撃呪文】
美緒は飛んでくる和鋏を対処しつつ、間を見計らって反撃を繰り出した。
「次、右にくるぞ」
美緒が和鋏を炎壁で対処している間に、那岐がもう一つの和鋏の行方を見張ってくれている。阿吽の呼吸を見せ、両者ともここまで被弾はゼロだ。
「戦法変えたの? 前みたいにさーパッて戦って、パッて決着つけようよ~? もう飽きた。これが楽しいの?」
それでも突っ込んでこない美緒にキャディは顔をむくらせていたのだが、突然薄ら笑いを浮かべる。
「——あ、そうだったそうだった! あいつも死んじゃったし、お前一人じゃなにもできないんだよね! 惜しい人を亡くしたね。ご愁傷さま⋯⋯って殺したのお前じゃん!!」
「くっ⋯⋯」
腸が煮えくり返る美緒であったが、キャディの安い挑発にのらないよう気持ちを落ち着かせる。
「それならしょうがないかー! ⋯⋯あーあ。何であいつはこんな弱い奴庇い続けたんだ? まったく意味わかんねぇー。お前が馬鹿ならあいつは大馬鹿者だな!」
「⋯⋯違う」
「は?」
「剣崎さんはバカなんかじゃない!!」
童話少女じゃないのに美緒と那岐を守ってくれた優しい人だ。
「何が間違ってる!? 逃げて逃げて逃げるしかない出来損のお前と、無様な死に方をしたあいつ!!」
「美緒は出来損ないなんかじゃない!! お前よりよっぽど強い!!」
「そこのお荷物は黙ってろ!!」
キャディは美緒の胸の前で抱えられている那岐を睨みつける。
「⋯⋯わかった。そいつが邪魔なんだろ」
怪人の攻撃が一旦止んだ。
「早く、そのペット置いて本気でかかってこいよ。手抜くのめんどくせーからさ」
キャディは那岐を抱えている美緒に手加減でもしているような言い回しであった。
「ほら、早く。こっちはお前の無様な死に様見てないから消化不良なんだ。間違ってんなら挽回してみせろよ!!」
張り詰めた空気が辺りを支配する。
ここで戦い続けたって怪人を倒せそうにもない。過去戦った時のようにこてんぱんにやられるだけだ。頭を捻ってみたが何も妙案が思いつかない。
「どうやったら勝てるの⋯⋯」
今からでも建物が入り組んでいる駅ビルにでも向かうべきだろうか⋯⋯いや、そこでも確実に勝てる見込みがあるわけじゃない。どこかに怪人の攻撃を封じられる場所はないだろうか。
「美緒」
那岐が美緒に耳打ちをする。
「上に行こう」
「上⋯⋯?」
「ああ。怪人を新幹線に誘い込むんだ」
「⋯⋯うん。わかった⋯⋯!」
その場で即座に意を汲むことができなかった美緒であったが、指示に従い全力でこの場を後にする。那岐のことだから、きっと意味があるのだろう。
「え~。また逃げるのー?」
美緒たちはホームに上がるための階段に差し掛かった。階段には下車してきた人たちでごった返していたがそれをかき分け、十三番線に停車中の新幹線に美緒と那岐は乗り込む。
新幹線は回送車両で乗客はいない。那岐は美緒の手から降りると誰も座っていない座席の下に潜る。
追いかけてきたキャディも扉が閉まる直前、車両に乗り込んできた。
「あっ! ようやく、本気で戦う気になった?」
白猫を抱えていない美緒に、怪人はご満悦そうに口角を上げている。
ドアが閉まると新幹線が東京方面に向かって動き出す。それと同時に、キャディも美緒に向かって飛びかかってくる。
【攻撃呪文】【防御呪文】
美緒は先に炎球を放ったが回避されたため、すぐさま炎壁を構築した。
攻撃を防がれた怪人も数歩後ろに下がって和鋏を投げ飛ばしてくる。
だが、怪人の和鋏は赤いシートに突き刺さったり、壁に当たるばかりで美緒の方まで飛んでこない。人一人分の通路しかない狭い車両内、かえって和鋏の移動が制限された。通路と座席の頭上から天井までしか怪人の攻撃は通らない。
「へぇー。そのちいせぇー脳みその割りにはよく考えたな」
これだったら、怪人に勝てるかも⋯⋯!
【攻撃呪文】
美緒は通路から怪人に向かって炎球を撃つ。怪人は和鋏を振り回し、美緒の攻撃を防ぎきった。
今度は怪人の反撃だ。通路にいた美緒に向かって和鋏を高速に投げてくる。
美緒はすぐさま真横に飛び込み、座席の後ろに隠れることで攻撃を回避した。
【攻撃呪文】
美緒は攻撃時だけ座席からステッキと顔を覗かせ、怪人に向かって炎球を放つ。怪人は更に後方に下がることで美緒の炎球を躱した。
美緒の放った炎球がキャディに当たらなかったことで、新幹線の壁に無数の穴が開き、窓ガラスを割る。高速で走行しているため、車内には暴風のような凄まじい風が入り込む。
「——で、どうだ? 死に方決めたか?」
美緒は瞳を輝かせる。
「決めてない!! だって、私は死なないから!!」
那岐が導いてくれた戦いの場。有利な地形で自信が湧いた美緒は攻撃の手を止めない。それに負けじと怪人も攻撃を続ける。
熾烈な戦いで車内はボロボロになっていく。椅子は原型を留めておらず、白かった天井や壁は黒焦げになった。
「ふん⋯⋯まあいいや。——なら、問答無用で挽肉にしてやるよッ!」
怪人が和鋏を投げる動きに入る。
そこへ那岐が現れた。座席の下に潜んでいた那岐は怪人の背後を取ってタックルをかます。
怪人の姿勢が僅かに前傾姿勢になった。
美緒は展開しようとしていた炎壁を止めて、攻撃に切り替える。
【攻撃呪文】
キャディが新たな刺客の方を振り返ったその瞬間を見計らって、美緒は魔法を撃ち込む。
美緒の炎球が直撃し、キャディは大きく負傷する。
「生者が邪魔しやがって⋯⋯」
キャディは身体中から血を吹き出しながらも猫のことを睨みつけている。
だが、すぐ目の前にいる那岐に向かって、和鋏を投げつけることはない。ますます、怪人が何を考えているのかわからなかった。
新幹線は関東平野を突っ切っていき、外の田園風景が物凄い速さで流れていく。ここから降りることはとうに叶わない。
怪人は美緒の魔法を警戒するが、二人に挟まれる位置にいるためどこにも隠れる場所はない。
怪人は美緒の方へ完全に向き直る。さっきまで余裕があったキャディの顔に暗い影ができていた。
【攻撃呪文】
逃げ場のない怪人に向かって美緒は炎球を放ち続ける。
キャディは和鋏を使って炎球を切り裂くが、後方から那岐の邪魔が入る。怪人はその衝撃で和鋏を地面に落とす。
美緒の魔法がキャディの左腕に当たった。
「——ッ」
那岐は床に落ちた和鋏を口で回収し、穴の開いている壁から外に放り捨てた。
負傷した箇所を右手で抑えるキャディに美緒は畳み掛ける。
【攻撃呪文】
何発も何発も炎球を放ちながら近づいていく。間隔が早くなってくる攻撃に怪人は和鋏を振り回すので精一杯のようだ。
美緒と那岐は先程の魔獣との戦いのように協力して攻撃を食らわす。怪人は狭い屋内で二対一になって苦戦し、互角の戦いを見せる。
生命線となる一つだけ残った和鋏を怪人は投げようとしてこない。
「浅間美緒。やっぱお前、一人じゃ何もできないんだな!」
「⋯⋯さっきの戦いずっと傍観してたのにこれだけ追い込まれるって、学習能力ないんだね⋯⋯! 寝てたの?」
「お前⋯⋯それ、誰に言ってんだ?」
額に血管を浮き立たせたキャディが和鋏一本で美緒に立ち向かってくる。
「今すぐぶっ殺してやるよッ!!」
美緒は飛びかかってきたキャディをステッキで受け止める。
両手でステッキを持ち、和鋏の攻撃を封じた美緒であったがキャディにガラ空きのお腹を蹴られる。
「うッ!?」
美緒は後方に吹き飛ばされた。
間髪入れずにキャディは攻撃を繰り出す。キャディの和鋏が新幹線の内壁を使ってジグザグに反射しながら、美緒の背後を取った。
「しまったっ!?」
和鋏がさきっぽをきらりと光らせ、美緒の元へ一直線に向かってくるのが目に映った。
「死にやがれぇぇぇェー!!!」
だが、それを遮るように美緒の視界が白い毛でいっぱいになる。
「那岐ッ!?」
那岐が危険を顧みずに、和鋏と美緒の間に立ちはだかったのだ。
「死んじゃう!!!」
咄嗟のことで炎壁も展開できなかった美緒は、気づけば那岐を抱きかかえ手繰り寄せていた。
後方からキャディの舌打ちが聞こえてくる。
那岐に当たる直前、和鋏は軌道を変え直角に地面へと突き刺さった。和鋏は床に深く突き刺さり、簡単には外れそうになくなる。
「さっきからさっきから⋯⋯邪魔ばかりしやがってッ!!!」
キャディが丸腰で和鋏を抜こうと、こちらに攻めかかる。
美緒は那岐を空中で離し、ステッキを構える。
これより後ろに怪人を行かせたくない。炎壁で足止めをしたら良いのだろうか⋯⋯そうだ、防御と攻撃を同時にこなせないだろうか。ただ足止めするだけでは突破されてしまうかもしれないし。
炎壁で押しつぶす?
炎球の滝を作る?
炎壁の真ん中だけは攻撃用で穴を開ける?
思考を高速で働かせている間にも、怪人が距離を詰めてくるのが目にスローモーションで映った。
一刻を争う中、美緒は答えを出す。
目の前に一つ炎球を生み出すとそれを増殖させて、横方向と縦方向の目一杯に配置する。
魔法陣のように魔法を同時展開し、十発の炎球で矛と盾を両立させた。
今にも飛びかかってきそうだったキャディの動きが止まる。効果てきめんなその反応に美緒は狂喜した。この判断は間違ってなかったんだ。
魔法を展開しながら美緒がゆっくり前進すると、怪人は後退る。車両いっぱいに構築された炎球から逃れる場所など、もうどこにもない。
【攻撃呪文】
展開した炎球を一斉に放ち始める。
武器を持っていない怪人に攻撃を防ぐ手立てはない。美緒は一度撃ったら終わりではなく、作りだした炎球と同じ位置、同じように炎球を生み出し、何度も放ち続けた。
キャディは美緒のように座席の裏に隠れる。和鋏を取りに近づいてきたキャディは後方車両のドアまで下がれなかった。
美緒は少しずつ角度を変え、ミニガンのように炎球を連射する。
そのまま回り込んでいくと、ズタボロになった座席裏に隠れた怪人の姿が美緒の視界に入った。
「うがあああぁぁぁーーーッ!!!」
集中砲火を受けたキャディの身体が壁に磔になる。どこからともなく現れた糊が美緒の手足に纏わりついたが、構わず連射し続けた。
「どうだ!! 強いだろ!!」
対人ダメージは低いのか、怪人を中々倒せない。
「さっきの言葉修正しろッ!!」
美緒の放った魔法の三割ほどは怪人に当たっていないが、外れた炎球は車両の壁に直撃してアルミ合金をへこませた。
「剣崎さんはバカじゃないって!!」
すると、脆くなった車内壁が一気に崩壊し、壁に身体を押し付けられていたキャディが穴の開いた外へと放り出された。
新幹線を掴もうと手を伸ばしたキャディであったが、一瞬にして吹き飛ばされる。車両はそのまま停まることなく高速走行を継続する。
美緒は怪人を土俵から落とした。
二人は開いた穴から外を覗き込んだのだが、飛ばされた怪人の姿はどこにもない。新幹線の外側に出た美緒の髪の毛と猫の毛が大きくなびく。
階段を高速で駆け上がってきた美緒の勝利でこの戦いは終わった。
どっと疲れが押し寄せ、尻と手を地面に付け一息つく。
「那岐ー。多分、倒せてないよね?」
「そうだな。灰も出てないように見えたし」
「だよねー⋯⋯」
美緒は那岐と目が合うと両手で持ち上げ、傷があるかどうか確認する。
「でも、那岐が無事で良かった!! 守ってくれてありがとうねっ!!」
那岐に頬ずりをする。
「どういたしまして」
新幹線は未だ止まる気配はない。
美緒は那岐を強く胸の前で抱きかかえて車両外に出る。高速で移動する新幹線から飛び出すと、風圧で葉っぱのように飛ばされた。
美緒は風に流されながらも体勢を立て直す。
怪人が放り出された地点に目星を付け、更に上空から捜索するも姿、死体は見つからなかった。
事の顛末を童話少女のグループに報告の連絡をしてから帰宅する。




