【40話】活け造り
翌朝。旅館、布団の上で眠りについた美緒は那岐よりも一足早く目が覚めた。すぐ横でぐっすりと眠っている那岐の頬を撫で、美緒は一人朝風呂に入りに行く。
開放的な露天風呂。他に誰も入りに来ておらず美緒の独占状態だ。美緒は朝餉の時間まで目一杯温泉を堪能した。
まだまだ石段の人通りが少ない中、バスに乗り込み伊香保から渋川駅へ。そこから電車に搭乗し、美緒と那岐は最寄り駅まで帰ってきた。
ホームから階段を上がり、改札にスマホをかざす。
「待ちくたびれたよ~。浅間美緒」
その声に美緒は足を止め、顔を上げる。
「怪人⋯⋯ッ」
改札を出た所で待ち構えていたキャディは、大きなつづらを手にしている。怪人はそのつづらから大きな猿の魔獣を召喚した。以前戦った時と同じぐらいの大きさだ。
魔獣は口を大きく開け、雄叫びを上げる。
【変身呪文】
変身し、後方に下がる美緒とは対照的に、魔獣は改札を薙ぎ倒し迫ってくる。
【攻撃呪文】
美緒の放った炎球が魔獣に直撃し、大爆発が起こる。爆発の威力で駅構内の壁に穴が開く。
美緒は駅を出て、先程までいた在来線のホームまで戻ってきた。魔獣はホーム屋根に乗っている美緒目掛けて向かってくる。
追いかけてきた魔獣が美緒に飛びかかる——が、その後ろから猫に変身した那岐によって攻撃が阻止される。
「那岐⋯⋯!」
魔獣は吹き飛ばされ、美緒の頭上を通り過ぎると線路上に落下する。
「ありがと!!」
「気をつけて。あいつ、まだ死んでないみたいだから」
「うんっ!!」
魔獣は起き上がり、高く飛び跳ねると一瞬にして屋根上に上がった。
向かい合った美緒と那岐対、魔獣。両者は同時に動き出す。
【攻撃呪文】
駆けてくる魔獣に向かって炎球を何発も放つが当たらない。
【防御呪文】
またもや魔獣が飛びかかってきたが、防御することに成功する。魔獣は何度も体当たりをして炎壁を壊そうと必死だ。
その間に那岐が別のホーム屋根を伝って後ろに回り込む。
那岐は美緒にかまける魔獣に後ろからタックルをかました。
それに怒った魔獣は那岐を捕まえようと手を伸ばすが、動き回ることで回避し続けている。
【攻撃呪文】
今度は那岐にかまけている魔獣に向かって美緒が炎球を放つ。三発とも命中し黒煙が立ち込める。
時が止まったかのように一瞬の間ができる。
それを切り裂き、煙の中から現れた魔獣が美緒に飛びかかってきた。
【防御呪文】
再び、炎壁で魔獣の攻撃を防ぐことに成功した。その間に、またもや那岐が魔獣に体当たりをして注意を逸らす。
【攻撃呪文】
そして、美緒が炎球を使った攻撃を行う。この繰り返しで、美緒と那岐は二人三脚で魔獣の討伐を進める。
狭く細い屋根の上、ここから落ちてしまえば簡単に形成逆転されてしまう。細心の注意を払いながら、那岐と餅つきのように魔獣の相手をする。
だが、美緒にはずっと気がかりなことがあった。魔獣を召喚した怪人が不自然なほど戦闘に介入してこない。
魔獣が那岐の方へ向かったタイミングで後ろを振り返る。
キャディは駅の屋上でにたりと笑いながら美緒たちを眺めていた。何とも余裕そうな表情だ。一体、何が目的なんだろうか——
「美緒ッ!!」
よそ見をした隙に魔獣が間合いに入っていた。
「⋯⋯ッ」
美緒は蹴り飛ばされ、屋根から軌道上に落ちる。砂利と鉄が美緒に牙を剥く。
「う⋯⋯」
背中の痛みを感じている暇もなく、プラットフォームに汽笛を鳴らした電車が入線してきた。
そこへ真っ白い猫が駆け寄ってくる。
屋根から飛び降りた那岐は美緒を咥え、間一髪の所でホームに美緒の身体を放り投げる。一人脅威を回避できた美緒であったが、線路上に残っている那岐のすぐ目の前まで電車が迫ってきていた。
「那岐ッ!!!」
無慈悲にも電車は那岐の上を通過する。車両の引き起こした風が美緒に叩きつける。
電車が駅から過ぎ去ると、地面で小さくうずくまっている那岐の姿が現れた。
「那岐!!!」
那岐は巨大化を解除し、線路と車両の隙間にへばりついたことで電車に轢かれるのを回避していた。
安堵したのも束の間、電車が過ぎ去ったことで太陽の光が差し込んでくる。屋根上にいる魔獣がこちらを見つめ、咆哮していた。魔獣は大きく口を開け、攻撃モーションに入っている。
美緒は戦闘中であったことを思い出した。
【防御呪文】
放たれた黒い光線を咄嗟に防ぐことができた。
攻撃を防御できた美緒であったが、魔獣は次の一手を指してくる。屋根から飛び降り、美緒目掛けて飛びかかってきた。
【防御呪文】【攻撃呪文】
美緒は魔獣の打撃を炎壁で防ぎ、立て続けに炎球を放つ。
魔獣は美緒の攻撃が当たろうとも、ホーム上の駅名標や自販機を壊しながら迫ってきた。
美緒が反対側のホームに飛び移ると、魔獣も後を追いかけてくる。そのすぐ後ろを電車が通過した。電車と魔獣を当てたら大爆発してダメージが入りそうなものだが、魔獣は上手く避けて接触しない。
目論見が外れた美緒はこんな動きにくい場所じゃなく、屋根上で戦いたい。そう思って黄色い点字ブロックを超えたのだが、凄まじい速さの電車が美緒の真横を通過する。
運よく当たらずに済んだが冷や汗をかく。
行き交う在来線に接触したらひとたまりもないのは美緒も同じだ。そんなリスクを視野に入れながら、魔獣に捕まらないよう立ち回る。
【攻撃呪文】【防御呪文】
その後も攻撃と防御を繰り返し、プラットフォームを行き来する美緒であったが、魔獣はホームの鉄筋屋根をパルクールしながら追いかけてくる。
駅に停まっている一本の電車。その屋根上にいる白猫が視界に入った。
美緒が魔法を放っている隙に、横から現れた那岐がタイミングを見計らって魔獣に飛びかかる。
だが、美緒の方を向いていた魔獣の目が那岐の方へ向けられた。
「那岐ッ!! 危ない!!!」
攻撃を見透かしていた魔獣は那岐を蹴り飛ばす。宙を浮いていた那岐に攻撃を防ぐ手立てはなかった。
那岐は停車していた電車の窓を割り、車内に入り込む。
「那岐!!! ——ッ」
那岐の安否をよそに、魔獣は美緒に立ち向かってくる。
【防御呪文】
相も変わらず、魔獣の眼中は美緒しかないようだ。
魔獣との戦闘の傍ら、那岐の様子が見えた。ガラスが散らばる車内で立ち上がっていたのだが、すぐにドアが閉まってしまう。
那岐の乗っている電車が発車メロディーと共に北方面へと動き始めた。
那岐のことだ。
息もあったし、心配いらないだろう。
美緒は目の前の魔獣に集中する。
魔獣が口を大きく開けだした。
【防御呪文】
わかりきった動作だったため、美緒は冷静に炎壁でビームを対処した。
電車が有用じゃないとわかったため、ここにいる意味もない。美緒は線路上に飛び出してからホーム屋根に移動する。
案の定、魔獣も追いかけに上へと上ってきた。
【攻撃呪文】【防御呪文】
魔獣の攻撃を防ぎながら突破口を探す。那岐がいなくなってしまった今、一人でこれを対処するしかない。
美緒と魔獣の戦いが激しさを増す。邪魔な建物がなく開放的な場所なため、美緒は思いっきり魔法を放つことができる。
この場所は両サイドを建造物に囲まれているため、巨大な格闘技のリングのようであった。
ここから更に上空へと上がった所で、駅ビルや新幹線ホームを使って魔獣に制空を取られてしまう。そんな危険を冒すくらいなら、ここで那岐が帰って来るまでの時間稼ぎをすることにした。
美緒は魔獣がいない方向にステッキを向ける。
【攻撃呪文】
美緒のわざと外した炎球が魔獣の背後に回り込む。
そこから、以前のように炎球を自身の元へと戻らせると、がら空きとなっている魔獣の背中部分に直撃した。
「やたっ!!」
上手くいって美緒は大喜びだ。魔獣とはいうと、急に背後から攻撃されて混乱しているようであった。周囲をキョロキョロしている。
以降も、美緒は炎球を操作し、炎壁でこの場所を死守し続けた。
ホームにやってきた電車が美緒の真下を通過する。
「え!?」
颯爽と現れた真っ白い塊が美緒の目の前を通過して魔獣に直撃した。突然の出来事に美緒は声を上げてしまう。
「那岐っ!!!?」
時速数十キロの勢いのまま那岐は弾丸のように魔獣に突っ込んだ。那岐は反対方向に走行していた電車の屋根に飛び移り、美緒のいる駅まで帰ってきたのであった。
魔獣は甲高い叫び声をあげた後、ピクピク動きながら倒れ込む。ホームの屋根には魔獣と頭を抱えている那岐が横たわっている。
美緒はステッキを強く握る。
「ありがと——那岐!!」
那岐が作り出してくれたチャンスをものにするため、美緒は魔獣に向けてステッキを構える。
【攻撃呪文】
美緒は幾つもの炎球を魔獣に撃ち続けた。動けなくなった魔獣に火の雨が降りかかる。
美緒の攻撃を全弾受けきった魔獣は灰を舞い散らし、大量の猿の死骸がホームの屋根に現れた。
山積みとなった猿の死骸は屋根上から溢れ、電車が侵入してきた軌道上に落ちる。駅全体にブレーキ音が響き渡った末、電車は害獣との接触を間一髪で免れていた。
「那岐ッ!!」
【支援呪文】
美緒はぐったりしている那岐に駆け寄り、急いで治癒魔法をかける。
「那岐!! 大丈夫!?」
「ああ⋯⋯大丈夫だよ」
幸いにも那岐は意識があり、外傷もない。美緒は魔法で治療を続ける。
「良かった⋯⋯!」
安堵している美緒の目の前に和鋏が刺さる。硬いホーム屋根に穴が空いた。
「あー。やっと終わった? 時間かかりすぎ」
キャディがあくびをしながら登場する。
「⋯⋯まあいいや。抉り出し? 挽肉? お前の好きな方で仕留めてやるから。選びなよ」
怪人は気味の悪い笑みを浮かべていた。




