【34話】プライド
翌日、那岐とお出かけするため高崎駅に来ていた。
そこから電車に乗って上州富岡駅で降り、駅前乗り場でタクシーに乗車する。
「お願いしまーす!」
「はいよ! どこまで?」
「サファリパークまでお願いします」
「了解っ!」
タクシーが目的地に向かって駅から出発した。運転手のおっちゃんが話しかけてくれる。
「二人はどこから来たの?」
「高崎です」
「じゃあ、高崎駅からここまで来たんだ?」
「そうです!」
「だったら、富岡製糸場は行ったことなかったりする?」
「ないですね⋯⋯」
「あっ! この前、博物館でジオラマ見ました!」
「そうかいそうかい! ここからほんとすぐの所にあるから、今度来た時はぜひ寄ってみてよ」
「わかりましたっ!!」
そうこうしているうちに、タクシーはサファリパークに到着した。
早速、二人はライオンなど園内の動物に餌があげられるエサバスに乗り込む。車両の外見はトラの形をしていた。
バスはアフリカゾーン、日本ゾーン、アジアゾーン、アメリカゾーン
、と各々分けられたエリアで草食、肉食動物を間近で見れる。園内にはバスではなく自家用車で動物を眺めている人たちもいた。
「おおー」
「見てみて!! こっちも食べてくれた!!」
美緒と那岐は手に持っているエサとなる青草をエランドたちにあげる。エランドの角は槍のようで立派な見た目をしていた。
その他にもミナミシロサイやホンドザル、ニッポンツキノワグマを見て回る。
ウォーキングエリアではバスから降り、ヤギやマーラなどを見てからラマがいる場所へ来た。
ラマは来園者たちが持っている草に目が釘付けだ。
「はい、どうぞっ!」
美緒が草の束を手渡すとラマは勢いよく食べきってしまった。それでも、ラマたちはエサを欲して柵から身を乗り出している。
「ごめんねー。もうないよ!」
美緒は手の平を見せて何も持っていないことをアピールする。
そんな美緒にラマがツバを吐いてきた。
「あぶっ!!」
美緒は咄嗟に攻撃を免れようと那岐へと飛びついた。
「ツバかかってないよね!?」
美緒は那岐におんぶしてもらいながら背中を確認してもらう。
「——かかってないよ」
「良かった⋯⋯!」
美緒は胸を撫で下ろす。せっかくのデートでおしゃれしたのに、台無しになったらたまったもんじゃない。
ウォーキングエリアを後にして車両に乗り込むと、バスはいよいよ猛獣ゾーンへと進む。
まずお出迎えしてくれたのはホワイトタイガーであった。真っ白で、大きい図体は那岐の変身した姿のよう。
次はライオンゾーン。エサバスがエリア内に入ると、ライオン自ら近づいてくる。餌をもらえると学習しているようだ。
車両が停止し、餌やりタイムが始まる。
小窓を開けると、大きくてたてがみの綺麗なライオンが美緒の動向を窺っている。美緒はトングで肉を掴み、ライオンの口へと持っていく。大きな顔がすぐ目の前にある迫力満点な餌やり体験だ。
ライオンは分厚そうなお肉も関係無しにペロッと平らげてしまった。
「お前、歯強いな~」
「噛まずにそのまま飲み込んでそうじゃないか?」
「よく噛まずに食べると太っちゃうよ!」
百獣の王も人馴れしていれば猫のような可愛さがあった。
「こう近くで見るとかわいいし、毛並みもモフモフしてて気持ちよさそう!」
「流石ネコ科だよな。でも、撫でたら襲われるよ」
「襲われたらどうやって戦えばいいんかな? やっぱ空中戦?」
「美緒もすっかり戦闘狂に⋯⋯」
美緒はバスの外を指差す。
「それはそうと、あの子ずっと那岐のこと見てない?」
遠くにいるライオンが木製の台の上からずっとこちらを見ている。それも美緒じゃなくて那岐のことをじっと見ている。
「本当だ⋯⋯」
立派なたてがみを持ち、堂々としている様は王者の風格さえあった。
「一目惚れされちゃったんじゃない?」
「ライオンにか? ただ餌としか見られてなさそうだけど⋯⋯」
「餌だったら、後ろの子じゃない?」
「後ろ? ——わあッ!?」
那岐はすぐそばまで迫っていたライオンに気づいていなかったようで、振り返った瞬間声をあげていた。こんな那岐の驚いている声を聞くなんて久しぶりかもしれない。
「あはは!!!」
「心臓飛び出るかと思った⋯⋯」
ライオンはよだれを垂らしながら那岐のことを見続けている。そのライオンさんにはお肉をあげて帰ってもらった。
餌やり体験のバスツアーが終わると、美緒と那岐の二人は昼食をとりにレストランへ向かった。野生の荒々しさがある屋外とは違い、ホワイトタイガーのぬいぐるみが飾られおしゃれな空間が広がっている。
美緒と那岐は上州牛バーガーを頼んだ。
群馬県産の上州牛は肉肉しく厚みがあり、バンズと合って美味しかった。
美緒は日中見たライオンたちのように、勢いよくハンバーガーに噛みつく。
「うっ——」
「噛み切れない?」
美緒は必死に頷く。思ったよりも肉が分厚く、バーガー自体も美緒の顎が外れそうになるほど大きかった。
「いや~ライオンって凄いんだねっ!」
「ライオンの方もあんまそこで尊敬されると思ってないんじゃない?」
食事を終えた二人はふれあいパークへ行く。兎やカピバラに餌をあげ、レッサーパンダのもぐもぐタイムを見たり、モルモットの行進や鷹のフライングショーを観覧して最後までサファリパークを満喫した。
疲れ切った美緒と那岐は売店まで戻ってきて、ホワイトタイガークレープを注文する。クレープ上部にはホワイトタイガーの顔があしらわれており、食べるのがもったいないぐらいかわいい。
美緒はスマホを掲げインカメにし、那岐と二人が持っているクレープが収まるよう写真を撮る。
「撮るよー!! いえーい!!」
「ん」
撮れた写真を確認するが、綺麗に映っていた。
「よし⋯⋯って、はや!?」
「え?」
那岐は写真を撮り終わるとすぐにクレープを食べようとする。
「普通に食べちゃうけど⋯⋯?」
「あー! 僕、食べられちゃう!」
「⋯⋯」
那岐はクレープが後一歩の所まで口を大きく開き、寸止めしている。
「さっき生まれたばっかりだったのに」
「⋯⋯」
「短い命だったな」
「すっごく食べづらくなったんだけど」
那岐がクレープから口を離す。
「僕を食べないでくれるの!?」
那岐が勢いよくクレープにのっかっているホワイトタイガーに噛みつく。
「ぎゃああァー!! ぼ、僕の顔がー!!!」
那岐に食べられたホワイトタイガーの顔の断面図が見える。
「あー、美味いな。これ」
美緒も自身の手に持っているクレープに視線を落とす。こう見ると瞳をうるうるさせている幻覚が見えるが、確かに美味しそうだ。
美緒は猛獣のようによだれを垂らす。
「あむっ!」
「美緒は普通に食うんかよ」
「弱肉強食だからねっ」
二人はクレープを食べながら思い出に浸る。
「那岐はさ、ここに保育園の卒園旅行で来たの覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ。今日みたいにたくさん遊び回ってさ」
「うん⋯⋯でも、その帰りのバスで事故に遭ってね。あの時からいろんなことが起きたなー」
「そうだな。まさか、こうして二人で来ることができるなんて思ってもみなかったし」
「ねっ! それに⋯⋯彼氏彼女で来てるなんてなんだか夢みたい!!」
美緒は隣り合う人を見て陶酔に浸る。
「もっと夏休みの思い出作りたいな」
「もう八月も終盤なのにか?」
「だって——初めて付き合った夏休みだから⋯⋯!」
「じゃあ、色々計画立てないとな」
「うんっ!!」
美緒たちは帰りのタクシーを呼んでサファリパークを後にする。
駅へと戻ってくるとそのまま自宅方面の電車に乗り込んだ。
電車が走り始めて数分、車内の椅子に座る美緒の瞼が徐々に下がってくる。流石に遊び尽くしたから美緒はおねむであった。
「眠いんなら、寝てもいいんだよ?」
それを見かねた那岐が頭を撫でる。那岐の温かい手が余計、眠さに拍車をかけた。
「ううん⋯⋯怖いから⋯⋯」
那岐は美緒の手を堅く握る。
「大丈夫だから。美緒のことは俺が絶対守るから」
「それなら⋯⋯」
安心しきった美緒の意識はそこで途絶えた。
それからどれほど時間が経ったのだろうか。目を覚ました美緒であったがまだ電車に揺られていた。見慣れた街並みが見えてきたから、もう高崎に入ったのだろうか。
美緒の右手は人の温もりがまだあった。那岐は美緒が寝ている間もずっと手を握っていてくれたみたいだ。
那岐は片手を使い、サファリパークで撮った写真を眺めている。その中には美緒さえもいつ撮られたかわからない画像もあった。
彼女のこと好きすぎじゃない?
本当にあの時からいろんなことが起こった。それもここに美緒がいることが奇跡なほど。
でも、結果的に那岐と付き合うことができたし、こんな思ってもみなかった未来も悪くなかったのかもしれない。
好きだよ、那岐——
美緒も右手に力を入れて大事な人の手を握り返す。
「あれ。起こしちゃったか?」
「ううんっ!」
美緒は背伸びをする。少し、仮眠が取れたから眠気もどこかへいった。
電車の車体が橋に差し掛かる直前、大きなカーブで傾くと異様な光景が美緒の目に入る。
「那岐!! あれ!! あれ見て!!」
窓から見えたのは、大量の魔獣が烏川の上流から下流に向かって歩いている様子であった。
「あんなに集まっている⋯⋯というか移動しているのか?」
魔獣の群れは、カモシカや猪、狐、アナグマと種族関係なく数十匹がいっしょくたになっていた。
窓から食い入るように見ていた美緒と那岐であったが、電車は烏川から遠ざかり高崎駅へと到着する。
遠くから見た感じ、弱そうな魔獣たちの群れだと判断できたので、明日にでも討伐しに行こうという話になった。
「ただいま~」
家へ帰った美緒は一直線に脱衣所へ向かい服を脱ぐ。
「ん?」
服を脱いだ直後、異臭が鼻につくような感触があった。
もしやと思い、美緒は脱いだ服の背中側を嗅ぎ、すぐに鼻を離す。
「くさッ!!!?」
服は放ったらかしにせず、すぐに洗濯機を回した。




