【31話】フレンドリーファイア
付き合い始めた美緒と那岐はデートを重ねる。付き合ったからといって普段の生活が劇的に変わることはなかった。
でも、好きって気持ちが溢れていく。
映画館に来た二人であったが、美緒は上映内容に集中できなかった。暗い室内、横に座る那岐はスクリーンを見ている。
美緒は肘置きに置かれている那岐の手に自身の手を重ねた。
那岐は腕を退けるでもなく、手の甲を反転させて指を絡めさせる。和顔施で暗夜の灯を美緒に見せた。
映画を見終わり電気館を出る。
「もう、夏休みも終わっちゃうね~」
「始まる前は『えーっ』て感じじゃなかったか?」
「それは⋯⋯そうだよ。だって——気持ちの変化がありましたからっ」
美緒は意地悪な笑みを浮かべながら、繋いでいる手を少し強く握る。
「やあ、二人とも」
二人が商店街を歩いていると、偶然にも剣崎と出会う。剣崎とは熊の魔獣との戦い以来の再会であった。怪我もしっかり完治している。
「剣崎さん!? こんにちわー!!」
「二人はお出かけかい?」
「そうです」
「剣崎さん——この前はありがとうございました!! 身を挺して守ってくれて!」
「いいんだよ。逆に、始めたてであそこまでできるなんて大したもんさ。チーム経験もないんだよね?」
「はい。那岐ととしかやったことなくて⋯⋯!」
「それなら⋯⋯今後必要になるかはわからないけど、戦い方を伝授しようか?」
「いいんですかっ!?」
「俺も学びたいです。もっと強くなりたいんで」
「いい志だ。二人まとめて稽古つけるよ」
実地で学ぶためにも、一同はその敵となる魔獣探しに出る。
車の下、植え込みの中、路地裏と蛾の一匹も見逃さないように、地上も上空からも隈無く探し回った。
「那岐、どう?」
「——全然」
「そっか⋯⋯」
那岐も懸命に探しているが遭遇することはなかった。
「魔獣、全く現れないですね」
「こういった時ほど中々出てこないものでね」
「あるあるっ! いつも近くにいるのに、必要な時だけ急にどっかいったり!」
「そんなスマホみたいに⋯⋯」
「え~! 同じでしょー!」
肩で那岐をつつく。
「——でも、剣崎さん。この前『怪人見つけたけど撒かれた』って言ってませんでした? どうやって見つけたんですか?」
「あー! 私も気になる!!」
「見つけ方というか⋯⋯総当りだね」
「マジすか——」
「そんな大変なんだ⋯⋯。普段はどっか遠くで隠れているんですか?」
「奴らはこの街に住み着いている。そう遠くへ行くはずないさ」
魔獣探し中に剣崎が尋ねてくる。
「それはそうと⋯⋯二人は交際を始めたのかい?」
「えっ!!!? なんでわかるんですか!?」
「何となくさ。前よりも距離が近かったから」
「そんなわかるもんなんだ——」
美緒と那岐は互いに目を合わせた末に、美緒が手を握った。
「そうなんです⋯⋯! 私たちお付き合い始めました!」
剣崎は口角を上げて祝福する。
「おめでとう。二人共、お似合いだよ」
「えへへ~っ」
「結構、直近かい?」
「この前の夏祭りの時です」
「ですっ!」
「本当に最近なんだね⋯⋯」
剣崎は慈愛に満ちた表情をしている。
「それにしてもめでたいな。また今度お祝いさせてくれ」
「はいっ!」
その後も街を散策しているが、魔獣を一匹も見つけることができなかった。
「風気持ちいい~!」
「本当だな」
美緒たちは歩道橋を渡ってきて階段を下り、烏川の土手に足を踏み入れる。
「こんな見つからないんですね」
「ああ、また日を改めるのがいいかも——」
「剣崎さん?」
「しっ!」
剣崎は自身の口に人差し指を当てる。
「⋯⋯怪人だ」
「うそっ!!」
「一体、どこにいるんですか!?」
「あの橋の反対側にいる」
確かに雀怪人がいた。キャディはここから下流、和田橋を跨いだ先のサッカー場辺りにいる。
「本当だ⋯⋯!」
こちらから先に怪人を視界に捉えたのはこれが初だった。
「出会ってしまったな」
剣崎は軽くため息を吐く。
「剣崎さんっ! どういう感じで戦えばいいんですか!?」
「ぶっつけ本番か⋯⋯」
剣崎は美緒と那岐の顔を見て思案に暮れる。
「本当は、危険だからこの場を離れてほしいのだが——」
「私、やれますっ!」
「準備万端です」
「⋯⋯わかった。くれぐれも無茶しないように」
「はいっ!」
「はい!」
剣崎は二人にフォーメーションを伝える。
一同は怪人の元へと飛んでいく。
キャディは土手に立ち、川を泳いでいた猪の魔獣を大きなつづらの中に取り込む。魔獣はこの前見た巨大化した姿ではなく、一般的な普通の猪であった。
剣崎が剣を持ち先陣を切って、怪人へと突っ込む。
「お前——ッ」
キャディは剣崎の攻撃を自身の武器、二つの和鋏で防いだ。
「今日こそ決着をつけるッ!!」
鍔迫り合いが起こる。
【攻撃呪文】
美緒はその後ろから炎球を放つ。剣崎に当たらないよう軌道が変わった炎球であったが、キャディは当たる直前炎球を和鋏で切り落とした。
「あ~こんなに集まって⋯⋯」
人数不利だと判断したキャディは逃げようとする。地面からどこからともなく糊を出してきた。
剣崎は剣で糊を断ち切ることに成功しているが、美緒は手足を拘束されてしまう。
「そうはせないッ」
怪人の前に剣崎が立ち、剣と和鋏の金属音が響き渡る。
「美緒ッ!!」
那岐が美緒に近寄りステッキを握っている右手の拘束に噛みつく。那岐が奮闘してくれたお陰で利き手が自由に動かせるようになった。
「ありがと、那岐!!」
【攻撃呪文】
美緒は魔法が使えるようになると、自身に纏わりついた糊に向かって三発炎球を放つ。拘束が解けた美緒は戦闘に参加するため機会を窺う。
「ずっと邪魔して来やがって⋯⋯今度は仲良しごっこか?」
キャディと剣崎は刃を交える。お互いが高速で飛行し、攻撃が激化する。玄人同士の戦いに美緒と那岐は介入する隙もなかった。
だが、戦いの前に剣崎から指示されたのは離れた場所から魔法を撃つこと。剣崎に伝えられた作戦はこの前、熊の魔獣と戦った時と同様なフォーメーションであった。剣崎が前衛で美緒が後衛。那岐が怪人の注意を逸らす。これを守って美緒は戦闘に励む。
【攻撃呪文】
美緒は狙いを定めて、炎球を放つ。
しかし、怪人にだけ攻撃を当てるなんて容易ではなかった。物凄い速さで飛び回る怪人と剣崎。下手したら剣崎に魔法が直撃してしまう。
両者は全力で斬り合っているが、どちらも傷を負っていない。同士討ちし剣崎に傷を負わせ、不利な戦況だけは作りたくない。
戦闘中の剣崎と目が合った。
「美緒くん——いつでも大丈夫だッ」
【攻撃呪文】
美緒はその言葉を信じ、剣崎にも攻撃を当てるつもりで数発炎球を放った。
炎球が剣崎の背中を目掛けて飛んでいく。当たると思われたその直前、剣崎は上へ飛んで回避した。
これまで当たらなかった炎球が全弾怪人に直撃する。美緒は怪人をサッカー場へと撃墜させた。
烏川に面したサッカー場で試合をしていた群衆が逃げ惑う。
「なんだなんだっ!!!?」
聞き馴染みのある声が耳に入る。よく見ると、その中にはユニフォームを着た伊吹がいた。
美緒は那岐を肩に乗せ川を跨ぎ、サッカー場上空で怪人の動向を窺う。
怪人の落下地点には煙が立ち込めている。その煙の中から和鋏が二つ、剣崎と美緒に焦点を合わせて飛んでくる。
【防御呪文】
美緒は咄嗟に反応でき、自身の目の前に炎壁を構築した。拒まれた和鋏はそのまま怪人の元へと返っていく。
「多勢に無勢⋯⋯いいよ、わかった。お前らまとめて殺してやる」
怪人が剣崎ではなく美緒に狙いを変える。
美緒の元へ急接近してきた。
「く——ッ」
「まずはお前から殺してやるよッ!!」
せめて那岐だけでも守らなくちゃ——
「ごめん!! 那岐!!」
美緒は肩に乗っていた那岐を更に上空に投げる。
怪人が迫ってきているが、まだ攻撃の時間はあった。美緒は怪人に向けてステッキを構える。
「そうはさせないッ」
美緒とキャディの間を割って入ってきたのは剣崎であった。剣崎が身を挺して美緒のことを守る。
再び、剣崎と怪人の鍔迫り合いが起こる。
「この僕が相手だ!!」
「お前とやってても埒が明かねぇーんだよッ!!」
その二人の真上から物凄い速さで白猫が落ちてくる。落下してきた那岐が、怪人の頭目掛けて体当たりを食らわした。
「——ッ」
キャディは姿勢を崩し、手元が緩む。
「那岐っ!!」
美緒は地面へと落ちる前に那岐を空中で受け止めた。
油断した隙に、剣崎の振り落とした剣が怪人の胴を袈裟斬る。斜めに切られた怪人の切り傷からは血が吹き出す。
「うがあぁぁァ——ッ」
だが、僅かに心臓に達しず、未だ命を保っている。追い打ちをかけるように剣崎がキャディに斬りかかる。
「お前は今ここで仕留めるッ!!!」
剣崎の剣が怪人に当たる直前、地面から現れた糊が急速に上昇し剣崎の手足に纏わりついた。
「く——ッ」
怪人は自身に出来た傷を抑えながら飛び去る。キャディはそんな気力がなかったのか美緒に足枷を着けなかった。
「剣崎さん、那岐をお願いします⋯⋯!」
美緒は那岐を剣崎の肩に乗せる。
「一人で行く気か!? 危険だ!!」
「そうだ、美緒ッ!! 俺も行く!!」
「こんなチャンス逃したくないんです!! 私が時間を稼ぐので二人は後から来てください!! だから那岐、心配しないで⋯⋯」
美緒は那岐の頭を撫でる。
「私も一人で戦う訳じゃないから。剣崎さんの足枷を取ってあげて」
美緒は一人怪人の元へと飛んでいく。
「待てッ!!」
【攻撃呪文】
美緒の放った炎球は怪人の横を通り過ぎていく。
「まだやるっていうの⋯⋯」
「当然!!」
「それなら、後悔させてやるだけさ」
キャディは仕舞っていた和鋏を懐から取り出す。
その一つを美緒に向かって投げてきた。
【攻撃呪文】
美緒も負けじと炎球を放つ。
怪人へと一直線に飛んでいった炎球は和鋏と当たると、真っ二つに裂けた。
速度を落とさず向かってくる和鋏を美緒は飛んで避ける。
怪人が放った和鋏が美緒を追従してきた。
【防御呪文】
美緒は防御魔法を構築して難を逃れた。あの鋭利な和鋏に身体を貫かれたらひとたまりもないことを美緒は知っている。
その後も怪人の攻撃を防ぎながら飛び回る。
痺れを切らした怪人が手に和鋏を持って距離を詰めてくる。
「お前から仕掛けておいてこんなものか?」
やっぱり、剣崎さんは強かった。この強さの怪人と互角にやりあえていたのだから。前の美緒だったらここで心が折れていたかもしれない。
でも、今は違う。剣崎さん、那岐が傍にいてくれている。
横を見ると那岐が剣崎の剣を持っている右手から先に、口を使って糊を引き剥がそうと奮闘している。
どうにか二人が来るまで持ち堪えるんだ。美緒は和鋏の処理だけでも手一杯であったが覚悟を決める。
【攻撃呪文】
炎球を放った美緒であったが、和鋏を常に避けながらの攻撃なため狙いがずれる。
美緒も怪人を攻撃に専念したいのだがそれどころではなくなってしまった。あんなに血を流して衰弱しているのに怪人は攻撃の手を止めない。
また、和鋏を投げてきた。
和鋏の軌道に注視したその瞬間、怪人に後ろを取られてしまった。
「遅いよ~」
「しまった——うっ⋯⋯」
「残念ーハズレ~!」
美緒は背中に刃物を突き刺された。
「あああぁぁぁァ——」
あまりの痛さに声が出る。また、こんな所で死んでしまうのか。
怪人は美緒の視界内には映らず、後方にまだ気配がする。
せめて、最期ぐらい⋯⋯戦闘に残る剣崎が逆転できるよう、怪人の身体を貫く強力な一発を——
美緒は命からがら、ステッキだけを後ろに向けて魔法を放つ。
【攻撃呪文】
真っ赤な炎球が怪人の心臓を貫いた。
美緒が後ろを振り返ると、そこには手に剣を持ち顔を青ざめている剣崎の姿があった。剣崎の胸中央には大きな空洞ができている。
震えながら握っている剣崎の剣が美緒の身体に深く刺さっていた。
「剣崎さん⋯⋯?」
「美緒くんッ!! これは⋯⋯これは違うんだ——!!」
心臓を貫かれた剣崎は剣を手放すと、美緒の目の前で灰を舞い散らし黒い影と共に地面へ一直線に落ちる。
美緒も大量の出血に伴って意識が朦朧としてきた。
「はぁ~⋯⋯もう仲良しごっこは終わりー? 早すぎてつまんなーい」
怪人は美緒の後方ではなく、二人の上空で浮遊していた。
美緒はその後何もできず限界が訪れる。剣崎の剣が突き刺さったまま天高くから芝生に落下した。
「美緒ッ!! 剣崎さんッ!!」
地面にいた那岐が二人を揺するがびくともしない。
剣崎の変身が解けると美緒に突き刺さっていた剣も消えてなくなる。
「あはは!! あんなに威勢良かったのにこんな有り様なんて⋯⋯傑作過ぎない!? 目障りなあいつ倒してくれてありがとうねーそれじゃ、またね~」
キャディは満足気に飛び去ってしまう。
【復活呪文】
しばらくしてから美緒は魔法で復活を果たす。
「良かった美緒——」
「心配かけてごめんね」
美緒と那岐は抱き合う。
「剣崎さんはまだ生き返ってないんだ⋯⋯?」
「うん。そうみたい」
美緒の傍に横たわる剣崎は、身体に空いた穴も既に塞がっているのに目を覚まさない。
「剣崎さん⋯⋯」
美緒が身体を揺すってみてもうんともすんとも言わない。ただの死体であった。
「こんなに治らないことあるの⋯⋯?」
美緒の身体は既に再生しているし、あまりに時間がかかりすぎていた。以前の戦闘でも、剣崎にできた傷は随分治りが遅かったのを覚えている。
「誰かに聞いてみるか⋯⋯?」
「——それだっ! 琴さんなら何かわかるかもしれない!!」
美緒はスマホを手に取り、電話をかける。
電話に出たのは琴ではなく桜ももであった。
「こちら本部のももちゃ——」
「美緒です!! 琴さんいますか!?」
「え、何々。緊急的な感じー? ⋯⋯おことは——外出してるみたい。直接向かってもらうよ。場所教えて?」
電話を受けた琴が美緒たちの元へとやってくる。
「美緒ちゃん!! ごめんなさいねー! さっきは電話に出れず」
「いえいえ——それよりも、困ってて⋯⋯!」
美緒は剣崎を指差す。
「こんな感じでいくら時間経っても、全然息が戻らなくて——童話少女にも個人差があるんですか?」
「個人差⋯⋯? う~ん⋯⋯あっ——」
琴は剣崎の死体に近づき、顔を覗くと声を上げる。
「何かわかったんですか!?」
「⋯⋯もう、この子が生き返ることはないわね」
「え!!!? 何でですか!? ⋯⋯私だってさっきも死にましたけど、こんなにピンピンしてますよ!?」
「怪人に何かされたってことですか?」
「違うの。この子が怪人なの」
「え——っ」
「それってどういう⋯⋯」
「彼女は童話少女じゃないわ」
琴は剣崎の頬を優しく撫でる。
「また会えるなんてね」
美緒は脳の処理が追いつかず棒立ちになる。
「童話少女じゃないって——で、でもでも!! 剣崎さんは一緒に怪人と戦ってくれたんですよ⋯⋯!?」
「そうですよ! 今日も美緒と一緒に稽古つけてくれるって言ってくれて⋯⋯それで⋯⋯」
「それでも、彼女が怪人だったことは変わらないの」
「本当に死んじゃったの⋯⋯?」
あまりの衝撃的な出来事に美緒は膝を落とす。
「そんな⋯⋯私が——私が殺しちゃったの⋯⋯?」
透かさず、那岐が美緒の身体を支えるが、その事実に目から溢れた大粒の涙が止まることはない。
夜鷹怪人である剣崎瑠々は死亡した。
◇
夜鷹は鳥のメスだ。
メスとして生まれたが、恋した相手は自身と同じメスの夜鷹である。
しかし、意中の相手はどこからともなくさえずりが聞こえると飛び立ってしまった。暗闇で翼と尾の白斑を光らせているオスの成鳥に釘付けだ。
夜鷹にはもっていないものであった。あんなのがそんなにいいのか。
夜鷹はオスの見様見真似でさえずる。
「僕も見て⋯⋯」
不器用な鳴き声にメスは知らんぷりだ。
「もっと⋯⋯もっと僕を見て⋯⋯」
オスのように上手く鳴けやしない。
「僕を見てよッ!!」
夜鷹は一羽キョキョキョキョと鳴くだけで相手にされない。夜鷹の求愛行動は見向きもされずメスはオスに取られる。
他の鳥たちは番いとなって繁殖しているのに、夜鷹は子孫も残せず一羽きりだ。
夜鷹は薄暗くなった空を飛び回り、今日食べる物を探す。
光に照らされている蛾を見つけると、夜鷹は一目散に飛んでいく。大きく口を開けて蛾を丸呑みするつもりだ。
だが、夜鷹は蛾が口の中に入る直前、くちばしを閉じる。空気の塊しか飲み込めなかった。
驚いた蛾は夜鷹から逃げるように去る。二匹の蛾は連なって暗い夜空へと飛んでいった。
ああ、つらい——こんなにつらいのなら、何も食べず飢えて死のう。
来世があるのだとしたらオスとして生まれたい。夜鷹はそう星に願いながら餓死する。
夜鷹の死骸に一人の青年が近づいてくる。
青年は手元を手繰り寄せ、蜘蛛の糸に繋がった夜鷹の魂を抜き取る。そして、夜鷹の魂を人間の女の亡骸に取り入れた。
青年は夜鷹を怪人、夜鷹怪人として蘇らせた。
だが、人間の女、少女の身体を与えられた夜鷹は大層不満に思う。
「何で人間のメスなんだ」
「お前にはそっちがお似合いだ」
「ふざけるな!! こんなの望んだ覚えはない!!」
そのまま夜鷹は青年の前から去った。
願いとはとうにかけ離れた姿に夜鷹は絶望し、悲しみに暮れる。
「大丈夫⋯⋯?」
路上で泣き喚く夜鷹に話しかけてきた少女がいた。
名は愛宕琴。
そこで初めて、怪人たちに立ち向かう人間の少女がいることを知る。
他の人間たちには夜鷹の姿が見えず不便であったが、夜鷹は琴と共に怪人や魔獣と戦っていく。少女に本当の姿がバレてはいけない。夜鷹は騙し騙し、偽りの人生を歩む。
それから六年の月日が経ち、夜鷹の身体、元の持ち主は十二になった。
「琴くんは補助魔法が得意って言ってたよね」
「うん、そうだけど⋯⋯何で?」
「僕にも作ってもらいたいんだ。怪人が人間に見えるようになるような道具を。例えば——ヘアゴムとか」
「えっ!? 瑠々ちゃんが着けるの⋯⋯?」
「⋯⋯いや、怪人に着けるんだよ。僕がどうにか怪人に手渡して着けさせる。人目が付いたら奴らも動きにくくなるだろ?」
「確かに⋯⋯! それだったら早く作らないと!」
後日、夜鷹の元に約束したアイテムを持ってきた琴が現れる。
「これ——頼まれたものだよ」
琴の手の平には白い組紐があった。
「家にあった組紐に魔法をかけたんだけど、これでも大丈夫?」
「ああ、問題ないよ——」
夜鷹が手を伸ばすと琴は手を引っ込めた。
「その前に、聞きたいことがあるんだけど——」
「何かな。先にそれをもらってからでもいい?」
琴は先程引っ込めた組紐を再度、夜鷹の前に差し出す。
「⋯⋯はい」
「ありがと」
夜鷹はもらった組紐を自身の長い髪をまとめあげて結びあげる。
「それで⋯⋯この前のことが気になって。わたし、瑠々ちゃんのこと調べたの。六年前の四月、当時小学一年生だった剣崎瑠々さんは交通事故で亡くなった」
「⋯⋯ああ、そうだね」
「お母さんとお父さんが失踪届けを出しているのに、会ってあげないの⋯⋯?」
「⋯⋯」
夜鷹は琴の言葉を聞き流しながら髪を縛り上げる。
「防犯カメラの映像には、事故現場で横たわる瑠々ちゃんの身体を抱え去る不審な男の人が映ってた」
「⋯⋯」
「その人はわたしたち童話少女にしか見えなかった」
「⋯⋯」
「瑠々ちゃん——違うよね⋯⋯?」
「⋯⋯できた」
夜鷹は髪を組紐で結び終わると、後ろを振り返り琴に見せびらかす。
「どうだい、似合うかい?」
「うん⋯⋯」
「よしっ、そろそろお別れにさせてもらうよ」
「待ってッ! 共生だって⋯⋯もっと他に良い考え方が絶対にあるよ⋯⋯!」
「それじゃ。さよなら」
「待って!! 待って、瑠々ちゃんッ!!」
夜鷹が逃げるように去ると琴の足元は氷で覆われ、身動きが取れなくなる。
「瑠々ちゃんッ!!! 瑠々ちゃんッ!!! 瑠々ちゃん⋯⋯」
夜鷹は琴から逃げるように去った。獲物として捕らえられないよう。
それから三年の月日が経つ。
人間として生を謳歌してきた夜鷹が数年ぶりにこの街へと舞い戻って来た。そこで夜鷹は空を飛ぶ怪人の姿を見つける。怪人が未だ殲滅していないことを知った。
かつての少女は横にいない。同族を一人で狩ることを決める。
そんな最中、美緒くんと那岐くんに出会った。捕らわれた二人を助けるか一瞬ためらった。羨ましく、夜鷹が望む生き方そのままであったから。
あの部屋を斬り裂いたのも二人への当てつけだったのかもしれない。
ここで死ぬなんて不本意であったが、美緒くんへの罪滅ぼしと考えたら本望なのかもな。
醜い夜鷹にとってふさわしい死に方だ。
夜鷹はオスでも味方でも童話少女でもない。所詮、なれやしないものに執着していただけだった。自分をただただ偽っていただけ。
もう、動けやしない。もう、前のように夜を飛ぶことさえ叶わない。
さよなら、さよなら。
お日さまは夜鷹に応える。
夜鷹は灼け死に、灰となって消えた。
◇
散々泣いた美緒は那岐に背中をさすってもらったお陰もあって、涙が枯れた。
剣崎は横たわったままで起き上がる素振りはない。本当に死んじゃったんだ。
「でも⋯⋯なんで、最期に剣崎さんは裏切ってきたの? 私の背中を刺して⋯⋯」
「⋯⋯剣崎さんは美緒に攻撃したくなんてなかったと思う」
那岐が口を開き、美緒に見たことを説明する。
「剣崎さんは拘束が取れると、俺を降ろして真っ先に怪人の元に行ったんだ。そこで怪人に上手く避けられて、突き刺した剣が美緒に当たって⋯⋯」
「裏切られてなんていなかった⋯⋯それなのに私⋯⋯私⋯⋯」
また涙が溢れそうになると那岐が美緒を抱擁する。
「大丈夫⋯⋯美緒は何も悪いことしてない」
「そうよ。美緒ちゃんが倒さなかったとしても、他の誰かが倒さなくちゃいけない存在なの⋯⋯敵なんだから」
琴は髪から解け落ちそうになっていた白い組紐を拾い上げる。
「まだ着けてくれてたんだ⋯⋯」
何か知ってそうな面持ちだ。
「——何で琴さんは一目みて怪人だとわかったんですか?」
「前にも会ったことがあったんですか⋯⋯?」
「わたしも美緒ちゃんと那岐くんと同じで、この子と一緒に戦ったことがあるの」
「え——」
「最初はわたしもこの子が怪人だなんて全くわからなくてね。気づいた頃には逃げられちゃったの」
琴は思いに更けている。
「まさか、まだこの街にいるとは思ってなかったんだけどね」
よく見ると琴の足元には、夜鷹の死骸が転がっている。剣崎が死んだ時に見かけ、一緒に落下した黒い影は鳥の死骸であった。
「この子がわたしのせいで怪人に寝返ってたりしたらどうしようってずっと思ってたんだ。⋯⋯でも、美緒ちゃんと那岐くんの味方になってくれてたって知れて嬉しかった! これが知れたのも美緒ちゃんがとどめを刺してくれたからだよ」
夜鷹を見て頬を緩ませていた琴が笑顔で美緒の方を振り返る。
「だからね——ありがと、美緒ちゃん!!」
サッカー場、美緒たちがいる場所には死体と死骸を引き取りに警察と回収業者が到着する。
その様を三人は見守り、追悼する。
警察が女の子の身元を確認すると、その日の内に各局で報道される。
『行方不明であった当時小学一年生の剣崎瑠々さんが、今日正午頃遺体で見つかりました。警察は引き続き事件解明に——』
あんなに美緒と那岐の事を身を挺して守ってくれた剣崎さんは、もうこの世にいない。美緒の脳内には剣崎との思い出がいくつも蘇ってくる。
『君ならきっとできるよ』
あの時、剣崎さんはどんな気持ちだったのかな⋯⋯
そんな事が脳裏をよぎるが、美緒は懸命に頭を振り右腕を擦る。かつて犬に噛まれた痛みが鮮明に蘇る。情なんて湧いちゃだめなんだ。
美緒は剣崎の思いをも込めた揺るぎない決意を固める。
「那岐——」
「ああ、やろう」
自身に満ち溢れた美緒の顔は、全て那岐にお見通しであった。
「琴さん⋯⋯私たちやります。怪人を全て倒します」
心の奥底で真っ赤な炎を燃やした美緒に琴は頷く。
「ええ⋯⋯! 敵討ちしましょう。絶対!」
約束したんだから。
必ず——




