【28話】神なり
「ふー⋯⋯っ」
美緒は深呼吸して、ステッキを一段と強く握る。
魔獣は美緒に焦点を合わせて突進してきた。
【攻撃呪文】
炎球を放ちながら美緒は浮遊する。
向かってくる魔獣と雷を避けながらも美緒は上手く立ち回った。何となく、この魔獣との戦いにも慣れてきた気がする。
魔獣の腕のリーチ、雷に当たらない、そのギリギリの距離が感覚でわかってきた。その絶妙な隙間を縫って美緒は攻撃して駆け回る。
魔獣が自動車を投げ飛ばしてきた。
【防御呪文】
美緒は間一髪、炎壁で防ぐことができた。
その後も魔獣の攻撃の手は止まることはない。
【攻撃呪文】
それは美緒も同じで魔獣に炎球をぶつけまくる。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」
だが、美緒は次第に疲弊してくる。いくら戦い方がわかってきたとて、ぶっ続けで立ち回るのは無理があった。剣崎はこれに息も上げず、一人で持ちこたえていたが美緒には重荷でしかない。
美緒がいくら頑張ったって魔獣は未だ倒れない。
熊の魔獣はどんなに建物の瓦礫に押しつぶされようと、自動車の爆発に巻き込まれようと倒れることはなかった。猪や猿の魔獣との戦いで使えた小細工など通用しない。完全なる火力勝負だ。
助けてくれた剣崎の分まで頑張らないといけないのに、美緒は無力感に支配された。
「私、何やってるんだろ⋯⋯」
那岐といっぱい遊んで、美味しい物食べて⋯⋯やり残したこと——ううん、ただ一緒に過ごしたかった。ただそれだけなんだ。
美緒は惰弱で薄弱で劣弱。美緒が弱かったから剣崎だって戦傷を負った。戦いに参加なんてするべきじゃなかったんだ。あの時、怪我をするのは美緒であるべきだったんだ。
魔法が使えるからってあの頃から何も変わっていなかったんだ。
童話少女なんて向いてなかったんだ。
心が燃え尽き、やがては灰になっていく。
魔獣がサイリング社の無人トラックを投げてきた。クラクションを鳴らし、眩しくライトを付けたトラックが美緒の視界いっぱいに大きく映る。
美緒は棒立ちで防ぐことも何もしない。
物凄い速さで直撃したトラックは美緒の上半身だけを持っていき、下半身を置いてけぼりにした。その境目から溢れ出した血は路上に広がっていく。
美緒の心臓が機能を停止した直後、上空から琴と有佐が颯爽と現れる。
魔獣との交戦中は気がつかなかったが、他の場所からの戦闘音は消えていた。凄いな二人は⋯⋯こんな強い魔獣も倒しちゃうんだから。
「じゃあ、有佐ちゃん。さっきも言った通り、魔獣は倒しちゃだめよ!」
「何でこいつに手柄分けるような真似するんですか——」
琴たちは一発も魔法を放つことなく、魔獣の周りを二人して飛び回って美緒は復活するまでの時間稼ぎをしている。
なんでこの人たちは早く魔獣を倒さないのだろうか。
【復活呪文】
美緒の離れ離れになっていた身体が元通りに戻った。
「美緒ちゃん! 私たちが食い止めている間にとどめを刺して頂戴!!」
「⋯⋯私はいいです」
「どうしてよっ!?」
「もう無理だから——」
美緒の頬を涙が伝う。
「ぐだぐだ言いやがって!! てめぇーの獲物なんだからさっさととどめ刺せ!!」
「有佐ちゃん! そんな言い方ないでしょ!」
「いいんですよ、こんな弱い奴。——お前は早くしろッ」
「うるさい⋯⋯」
「いつまで待たせんだ!! 早く撃てッ!!」
美緒の髪の毛が逆立つ。
「うるさいうるさいうるさいッ!!!」
【防御呪文】
琴が咄嗟に駆け寄り美緒の頭上に炎壁を構築する。強い光を発しながら美緒の元へと落ちてきた雷は琴のバリアで無効化された。
「美緒ちゃん!! あともう少しだから!! ⋯⋯ね?」
「ぐずぐずすんなッ!!」
憎たらしくて堪らなかった。あの魔獣も、突っかかってくる有佐も。美緒のことを邪魔してくる全ての奴らが。
美緒の手に握っているステッキ先端から炎球が生成される。
うざいうざいうざいうざいうざい、消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ、死ね死ね死ね死ね死ね。
美緒の思いが強くなればなるほど、それはサイズを増していく。
美緒の目の前には魔獣と有佐がいた。大きくなった炎球はそれらを覆い包めるほど巨大になった。
「美緒ッ!!!」
どこからともなく那岐の声が聞こえてきた。そうだ⋯⋯那岐以外、何もいらない。美緒の目が月色に光輝いた。
みんなまとめて死んでしまえ——
【攻撃呪文】
有佐はすぐさま退避して炎球は魔獣一直線に放たれた。炎球が魔獣に当たった直後、周囲に爆風が広がっていく。琴たちは飛ばされないよう足に力を込めている。
辺り一面火の海となったその真ん中で魔獣は倒れ、灰が舞い散り大量の熊の死骸が交差点中央に出現した。熊の魔獣と初対峙した時とは比にならない悍ましい数の死骸だった。
心身をすり減らした美緒は地面に崩れ落ちる。
「もうやだ⋯⋯」
「頑張った——頑張ったわね、美緒ちゃんっ!」
琴が美緒を強く抱きしめる。
「もうやだァーーーッ!!」
小さく丸まり、泣き叫ぶ美緒の背中に那岐が猫の姿で寄り添う。
「大丈夫。美緒ちゃんはできる子だから!」
「そうだよ。美緒はあんな強い魔獣も倒せるほど強いんだから⋯⋯!」
悲惨な現場は熊の死骸を残して元通りに戻っていく。到着した数台の回収車によって死骸も片付けられた。
那岐におんぶしてもらいながら琴と三人で帰宅する。手には今日購入した袋を引き下げていた。
美緒は鼻を啜り口を開く。
「どうして、琴さんたちが魔獣を倒さなかったんですか⋯⋯?」
「あそこまで頑張ったのは美緒ちゃんでしょ? それを横取りはしたくなくてね。あとは——何よりも成功体験を経験してもらいたかったの」
琴たちも美緒のために色々考えて行動してくれているんだな。
剣崎はというと、戦闘が終わってから顔を合わせていない。
「⋯⋯そうだ、那岐。怪我大丈夫そうだった? 血がドバドバ出てたけど⋯⋯」
「ああ、怪我はしっかり完治してた。それから美緒の元に二人で向かってたんだけど、いつの間にか姿を消しててな」
「どこ行っちゃったんだろ——でも、ちゃんと治ってて良かった」
お礼もまだだったのに剣崎とは会えずじまいで今日が終わる。




