【27話】くわばらくわばら
あれだけ攻撃したのに、魔獣には全く歯が立たなかった。これでは埒が明かないと考え、美緒は特大の魔法を放つため魔獣にステッキを向ける。
「剣崎さんっ。大きいのを打つので時間稼ぎできたりしますか?」
「わかった」
美緒は魔獣よりも遥かに高く上昇していく。
地上では剣崎の他に、那岐も魔獣の周りを駆け回り美緒へのヘイトを逸らしてくれている。
美緒は構えたステッキから小さな炎球を生み出す。
大きくて⋯⋯強くて⋯⋯凄い一撃を⋯⋯
目の前の炎球が着々と大きくなっていく。プールの時だってあれほど大きな魔法を出せたんだ。今ならもっと⋯⋯
もっともっと⋯⋯あの時よりも倍倍倍倍倍増した超特大級の魔法を——
美緒は限界まで魔法に魂を捧げ、炎球をようやく完成させた。
それは鴨の魔獣との戦闘で放った時よりも遥かにでかく、五倍ほど大きく炎球が膨れ上がっていた。準備が整う。
「準備できましたーーー!!!」
魔獣に近づいていた那岐と剣崎を同士討ちしないように逃がすため、美緒は上空から二人に向かって大声を出す。
剣崎の攻撃だろうか、魔獣の足元を氷で覆い身動きを封じていた。逃げられることを懸念していたけど、これなら存分に外すことはない。
剣崎と那岐は上空の炎球を見つつ、当たらない場所まで退避する。
【攻撃呪文】
「いっけーーー!!!」
炎球を落とす瞬間、魔獣と目が合った。
「べーっ」
魔獣は足掻いているが氷で固定されているため何もできない。
落下していった炎球は魔獣に命中して大爆発を起こした。辺りには瓦礫が散乱し、黒煙が立ち込める。爆心地は隕石でも落ちてきたかのように地面が丸くへこむ。
煙の中から現れた魔獣は横たわっており、一歩も動かない。
「やったっ!! 倒せた!!」
「——いいや。まだだ」
「え?」
「まだ、こいつは原型を留めている」
「そっか——死骸が出てない⋯⋯」
美緒の攻撃は効いていたようだったが、致命傷にはならなかった。
その時、美緒たちから離れた場所からも爆発音が聞こえる。
「えっ!!!? なに!!!」
美緒は音の正体が気になり、飛んで空から様子を窺う。空には黒煙の狼煙が上がっていた。その場所にはここにいる熊と同じ魔獣が見えた。
「魔獣——」
「他にも魔獣がいるのか⋯⋯?」
それも一件ではなく、城下跡、アリーナ、芸術劇場、科学館の四箇所から炎が上がっている。
駅を跨ぎ、芸術劇場前で戦闘している者の姿はここからでも確認できる。遠くからでも琴や有佐でないことはわかった。
「あれは⋯⋯誰?」
小柄な少女はピンク色の魔法を使っており、見覚えのない顔だ。
「どうやら同時多発的に魔獣が発生してるみたいだな」
「そんな——」
その時だった。空、美緒の真上に黒い雨雲が急速に集まる。
雷鳴がなり響くと同時に、付近の建物よりも高い場所にいた美緒に雷が直撃する。
美緒は真っ逆さまに落下していく。落雷を受けた美緒は断末魔もあげられず即死であった。
魔獣近くに落ちた美緒は丸焦げになっており既に死んでいるが、感電によって筋肉をピクピクと動かしている。
「美緒!!!」
「待ちたまえ、那岐くんッ!」
那岐が美緒の元へと駆け寄ろうとしたが、剣崎がそれを止める。
「彼女はもう死んでいる!! 生き返るまで待ちべきだ!」
「でも⋯⋯!」
「今は魔獣に近づくべきじゃない。君は、君自身の安全を確保するべきだ」
辺りの散らばった瓦礫が元に戻っていくと同時に、美緒のすぐ近くで横たわっていた魔獣が起き上がった。
「別の魔獣は他の人たちに任せて、僕たちは目の前のこいつに集中しよう!」
「——はいッ!」
魔獣は美緒を踏み潰しながらも那岐と剣崎に迫り突進していく。
剣崎は前に出て果敢に魔獣と対峙する。
魔獣が動き始めると落雷の頻度が増す。けたたましい雷鳴とほぼ同時に落ちてきた雷はビルに落ち、辺り一帯の送電が止まった。これも魔獣の攻撃なのかな。
【復活呪文】
那岐と剣崎が時間稼ぎをしてくれている間に美緒は復活を遂げる。
魔獣はそれを見るや否や、自動車を手で掴んだ。辺りに転がっていた車は炎上し大破していたはずなのだが、魔法で元通りに戻っていたため魔獣の攻撃に利用された。
「んっ!!」
美緒は投げられた自動車を飛んで軽々躱す。
そんな魔獣よりも少し高い位置で空中停止している美緒の髪の毛が突然逆立った。
「美緒くんッ!! 耳を塞いでくれッ!!」
「え?」
魔獣と戦闘中、剣崎に言われるがまま、美緒は両手で耳を塞いだ。
剣崎は魔獣に突き刺していた剣を抜き取り、天高く投げ飛ばす。剣は美緒のすぐ近くを通り、頭上を越していった。
先程同様、空から放たれた雷は美緒に当たることなく剣崎の剣に直撃する。耳を塞いでいたのに物凄い轟音と熱が美緒の元に届いた。
どうやら、剣崎が美緒に落ちるはずだった落雷を受け流してくれたみたいだ。
「剣崎さん、ありがとうございます!!!」
剣崎は投げ飛ばした剣を空中で受け取る。
「いいさ! だけど、あまり高く飛ぶのは控えた方がいいかもしれない。雷の格好の餌食だ」
情報共有している間にも魔獣の攻撃は止まらない。美緒と剣崎は二手に別れて攻撃を再開する。
【攻撃呪文】
美緒は次々と炎球を魔獣にぶつける。
いくら三対一の有利な形成を保てていても、魔獣と雷の動向も窺わなけらばならなくなり、一気に大変になってしまった。
魔獣は相変わらず突進を続け、建造物を破壊していく。
さっきみたいに止まって魔法を溜め込んでも、雷に打たれるかもしれない。かといって、高く飛ぼうものならそれこそ雷を浴びることになる。美緒には魔獣を倒す糸口が全く見えなかった。
「こんなのどうしたらいいの⋯⋯」
魔獣が建物を壊すごとに雷が地面や街路樹に落下する頻度が増えていった。
猫の白い毛が逆立ち始める。
「那岐ッ!!!」
美緒は那岐を抱え上げ、ローリングして建物に滑り込んだ。
先程まで那岐がいた場所に雷が落ちた。アスファルトが黒く焼け焦げている。
「ありがとう美緒!!」
「良かった怪我なくて——」
美緒は那岐を抱きしめる。
そうだ——こんなにも那岐を危険に晒しているんだし、早く決着つけてこないと⋯⋯
「那岐。私、魔獣に詰め寄ってくるからここで待ってて」
「そんな危険なこと——」
「大丈夫! すぐ倒してきちゃうから待っててね!」
止めようとしてくれた那岐を振り返らず、美緒は魔獣の元へと飛び立った。
剣崎は魔獣と一人で戦って持ち堪えている。
「うおおぉぉぉぉッ!!!」
【攻撃呪文】
美緒は魔獣に近づきつつ、剣崎に当たらないように炎球を放った。
魔獣も攻撃の手は緩めない。辺りに転がっていた自動車を美緒目掛けて投げ飛ばしてくる。駅前だということもあってバスやタクシーが多い。
損傷した自動車から漏れ出たガソリンによって辺りは火に囲まれる。
魔獣はサイレンを鳴らし消火にきた消防車さえも、攻撃用途として使う。
それらを躱しながら剣崎と共に魔獣に近づく。魔獣の手に当たらないように飛んで避け、雷に当たらないように動き回り、剣崎は剣で美緒は魔法で攻撃を続けた。
【攻撃呪文】
さっきよりも近距離で撃った魔法が直撃すると魔獣は狼狽えている。
そしたら、もっと⋯⋯もっと近づいて⋯⋯もっと強くて⋯⋯もっと鋭い⋯⋯そんな一手を——
リスクは当然あった。近づけば近づくほど敵の攻撃を回避するのは難しくなる。
「死ねば諸共ッ!!!」
【攻撃呪文】
でも、そんなの承知の上で美緒は魔獣との距離を縮め、のめり込んでいった。どうせ生き返れるんだから。
「近づきすぎだッ!!!」
剣崎の声が聞こえた時にはもう遅かった。美緒が間合いに入った瞬間、視界外から迫ってきた魔獣の手が目の前まで来ている。
【攻撃呪文】
美緒は回避するのではなく攻撃を続け、それと同時に魔獣に吹き飛ばされた。
「うわあああああぁぁぁぁぁッ」
美緒はガラス一面のビルまで突き飛ばされ、そのまま屋内に転がり込んだ。
「いったぁ——」
吹き飛ばされた美緒であったが、それほど痛みを感じない。直接攻撃された魔獣の打撃分のみで死にはしなかった。
「う⋯⋯ッ」
それもそのはずで剣崎が美緒のすぐ横に倒れている。剣崎の背中には無数のガラスが突き刺さっていた。
「剣崎さんッ!?」
「良かった、無事で⋯⋯」
「なんでッ!? 私だったら大丈夫だったのに⋯⋯!」
「それでも⋯⋯それでも助けたかったから——」
「剣崎さんッ!! 剣崎さんッ!!」
剣崎は血がドバドバと流れ出すほどに呼吸が荒くなっていく。
【支援呪文】
美緒がどんなに回復をかけても剣崎の傷は治まらない。
「なんで!! どうしよう——血が止まらない!!」
美緒は魔獣の気配を察知して後ろを振り返る。割れたガラスの穴から魔獣がこちらに向かって来ているのが見えた。
美緒を守ってくれた剣崎は動ける状態じゃなかった。
「ふっ!!」
美緒は剣崎を抱きかかえ、屋外に脱出する。
「美緒ッ!! こっちに!!!」
下から大声で美緒を呼ぶ那岐の姿が見えた。美緒は地面に降り立つと那岐に剣崎を手渡す。
「那岐っ! 剣崎さん、お願い!!」
「任せて!」
魔獣は突進したビルから出てくるが、相変わらずピンピンとしていた。
庇ってくれた剣崎さんが回復するまで、どうにか一人で持ちこたえないと——
美緒はステッキを構えた。




