【25話】ガラスの靴
「うぇっ!?」
「何だあれ——」
突如として街中に現れた化け物は、黒く巨大で真ん丸としており、他には言い難い姿をしていた。
だが、明らかに敵だということは認識できたため、美緒はすぐさま変身した。
【変身呪文】
化け物は美緒に臆することなく、ゆっくりとこちらに迫ってくる。多くの建物や通行人には一切危害を与えることなく透き通って進んでいた。
化け物は大きな図体で、これだけ的状態なら攻撃を外すことはないと安堵する。
【攻撃呪文】
だが、そんな考えとは裏腹に美緒の放った魔法は全弾当たらなかった。炎球は化け物の体を貫通して空へと消える。
数で勝負したからだめだったんだ⋯⋯もっと大きな一発を——
【攻撃呪文】
プールで鴨たちを倒した時のように美緒は大きな炎球を生成して化け物にぶつける。時間がネックであったが、化け物に邪魔されず魔法を繰り出せた。
結果はというと、さっきと同様で美緒の攻撃は全然効いておらず、放った巨大な炎球は市街地に轟音と共に着弾した。
「うっそ⋯⋯こんなのってあり——ッ!?」
化け物は反撃してくる素振りを見せてはいないが、ただただのそのそと迫りくる。
「おい⋯⋯これやばくないか?」
「——よしっ! 撤退撤退ッ!!」
那岐が変身し、肩に乗り込んだのを確認すると美緒は飛んで逃げる。
撤退を決め込んだ二人は自動車の影、路地裏、隠れられる場所に身をひそめる。
しかし、どこに隠れたとしても敢え無く二人は見つかってしまった。化け物から見れば美緒たちは米粒同然なのに何故か探知される。
「何で見つかるの⋯⋯!」
後ろを見れば、化け物は飛んで逃げる美緒たちのことを未だ、視界に捉えている。
よそ見をしていた美緒は歩道を歩いていた高校生ほどの青年と衝突した。その衝撃で美緒が履いていたガラスの靴は落下する。
「すみませんっ!!」
一言謝罪を残すと美緒はガラスの靴を拾い上げる暇もなく、ひたすら化け物から逃げる。
「はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯」
行き止まりの路地で一息つく。左足は素足のまま、美緒は地面に足を付き呼吸を整える。
「大丈夫か⋯⋯?」
「ちょっと、だめそうかも⋯⋯」
息を切らしている美緒を心配して那岐が声をかける。
「わかった。次は乗せる番変わるからな」
「ありがとう⋯⋯!」
化け物はというと建物の影になっているのかここからでは姿が見えない。あんなの一体どうやって倒せばいいの⋯⋯
「このガラスの靴⋯⋯君のかな?」
行き止まりの入口から不意に現れた青年は美緒に尋ねる。青年は美緒が化け物から逃げる最中に激突した人であった。
青年の手には美緒が先ほど落としたガラスの靴を手にしている。
「あっ!! そうです!! 拾ってくださったんですか!?」
美緒は肩に乗っている那岐と共に青年に近づく。
「ありがとうございます⋯⋯!! すみません。怪我、なかったですか?」
「ああ、大丈夫だよ。はい」
青年は中性的な顔立ちをしていた。
この人の顔、どこか生徒会長に似ているような⋯⋯
「どうも——」
青年がガラスの靴を手渡そうとしてくれたため、美緒も手を伸ばす。
「うえっ!!!?」
あと1メートルもなかったその時、美緒と那岐の視界が黒色に覆われると共に美緒の足は一瞬にして地面から離れた。
「うわああああああ!!!」
「う——ッ」
美緒と那岐の視界は酔いそうなほど景色が目まぐるしく様変わる。逃げようにも身動きがとれないばかりか、何が起こったのかまったく検討もつかず理由がわからない状態となっていた。
視界が開けて夜空に広がる星空が見えた時には二人は落とされ、尻もちをつく。その衝撃で二人の変身魔法が解除された。
「痛った——ッ」
美緒たちは祠や噴水があるデパートの屋上に落とされた。そこには多くの人が集まっており、夏の夜風に当たりながらビール片手に賑わっている。飲み放題、食べ放題のビアガーデンが開催されていた。
「お母さん!! 空から人が落ちてきたぞッ!?」
「もー、お父さん。だから飲みすぎないでって、あれほど言ったのに⋯⋯」
辺りを見渡しても、美緒が状況を掴めないのは変わらなかった。
「美緒ッ!! あれ!!」
那岐の声に振り返ると目の前を必死に指さしており、その物体に身体が硬直する。
目の前には先ほどから逃げ惑っていた巨大な化け物がいる。屋上に集まっている人だかりは誰一人として化け物を気にかけていない。やっぱり魔獣なんだ。
「でも⋯⋯こんな至近距離にいるからって、攻撃が効かないんじゃどうしようもないよ⋯⋯」
化け物に対して美緒は一歩も動かず、睨み合っている。
「二人とも、ここにいたのか!」
両者の膠着状態を遮るように声が聞こえてきた。
剣崎が美緒の靴を手に持ち、二人の元に飛んで駆け寄ってくる。青年から受け取り損ねたガラスの靴は魔法が解けてローファーになっていた。
「剣崎さんっ!!」
「どうしてここに!?」
美緒は剣崎から手渡された靴をすぐさま履く。
「君たちが上空に飛ばされているのが見えてね、後を追いかけてきたんだ。君たちこそ何を⋯⋯?」
「——そうだ!! 私たちはあれを!!」
美緒は自分たちの危機に瀕していた元凶を思い出し指差す。化け物は相変わらず美緒たちの前に降臨し続けている。
「ああ——あれは大丈夫だよ」
「大丈夫って⋯⋯?」
「俺たち、あいつにめちゃくちゃ追いかけられましたよ⋯⋯!」
「ははっ、そうかそうか」
どこからともなく銃声が辺りに響き渡ると、笑っていた剣崎の表情が一瞬にして曇る。
美緒たちを見ていた化け物は向きを変え、足元を見ていた。
注力して見ていると化け物の足元から発射された銃弾は、化け物に当たることなく体を貫通している。美緒の攻撃と同様に銃弾も無効化しているようであった。
「なに⋯⋯あの銃声⋯⋯」
暗い夜空に似尽くしくない音がその後何発も鳴り響く。
化け物は手を生み出し、足元に向けて反撃している。あれと戦っている正体はここからじゃ確認できなかった。
「そうだ。僕も聞いておきたいことがあるんだが⋯⋯美緒くんの靴を持っていたあの男は二人の知り合いなのかい?」
落としたガラスの靴を拾ってくれた人のことだろうか。
「いえ⋯⋯那岐、知ってる?」
「⋯⋯全然」
那岐は首を横に振る。
「そうか⋯⋯」
剣崎は眉をひそめる。
「あの人がどうかしたんですか?」
「——いや。君たちが厄介なことに巻き込まれていないか心配になっただけさ」
剣崎は屋上フロアに設置された出入り口の扉を指差す。
「ここは危険だ。早く帰ったほうがいい」
「でも⋯⋯さっきの奴倒さないといけないんじゃ⋯⋯? 今も他の童話少女の人が戦っているんですよね⋯⋯?」
美緒は化け物と銃声が聞こえる場所を指差す。
「問題ないよ。何かあったら僕が対処するから君たちは家に帰りたまえ」
「⋯⋯わかりました」
銃声が鳴り響き、他に魔獣も現れない暗い夜空の中、美緒たちは家に帰宅する。そのため、あの巨大な化け物を討伐できたのか結局知ることはできなかった。
そんなこんなで美緒と那岐の波乱な夏休みの登校日は幕を閉じる。




