【24話】暗翳
猿の魔獣を倒した翌日、美緒は病院にいた。その戦闘を見ていた人がいたようで半ば強引に連れてこられた。琴さんから連絡は入っていないし、剣崎さんからかな?
童話少女になってからそういった話はあったのだがずっと断ってきた。
いつもそれで来なくて済んでいたのだが、今回ばかりはいくら大丈夫と言おうが拒否できない。
「私、病院嫌なんですよ⋯⋯もう戻ってきたくなかったのに⋯⋯」
「まあまあ、そんなこと言わずに座ってちょうだい!」
背もたれのない椅子に座ると女医、金子杏から猫を抱え渡される。
病室には猫がたくさんいる。この子たちは病院で飼っている猫なのだとか。
杏に簡単な検診をされた後は、辛いことなどないか相談に乗ってくれる。
「どこも怪我してないから大丈夫ですよ——」
「目に見えない傷だってあるのよ? いくら全部が元通り、これでお仕舞い⋯⋯なんてことはないと思うの。心はすり減っていく」
「心がすり減る⋯⋯傍からみたらそう見えるんですか? 私」
「美緒ちゃんが特別、そう見えるわけじゃないのよ? それに私たちの役目は悪化してからじゃ遅いの。予防が大事だから今回来てもらったのよ」
「他の——童話少女のみんなもやってるんですか⋯⋯?」
「そうよっ。今の子たちには否が応でも受けてもらってるからね! もうあんなことは繰り返したくないもの⋯⋯」
「あんなこと⋯⋯?」
「それにしても、美緒ちゃんがこんなに元気になってくれて先生嬉しいな!」
「それは⋯⋯お世話様です」
美緒は会釈をする。
「——あっ! 先生!」
「ん?」
「気になることがあって⋯⋯! 那岐がいつもお見舞いに病院に来ていたじゃないですか。その時だけ、病室外の廊下に黒い人影が見え——いたって聞いたんですけど、これってお化けとかですか!?」
「美緒ちゃんの病室よね⋯⋯? ⋯⋯そんな噂、聞いたことないわ。那岐くんはなんて言ってた?」
「それが⋯⋯まだ聞いてなくて」
「あら、それじゃあ案外、彼のお友達とかじゃない?」
「そうなんですかね?」
「⋯⋯那岐くんは学校でモテてるの?」
「モテるみたいです⋯⋯」
「じゃあ——美緒ちゃんも頑張らないとね⋯⋯!」
「えぇ!!!? どんな話の流れですかっ!?」
診察を終えた美緒は席を立つ。
「定期的に検診するから、また顔見せにきてね~!」
「は~い⋯⋯」
診察室の扉をゆっくりと閉め、美緒は病院を後にした。
◇
それから数日後、夏休み中に入ってから久しぶりに制服に袖を通し、玄関でローファーに履き替える。
学校の登校日であったが、日中と思ったより早く解散となった。
教室で伊吹がプールに行ったメンバーに遊びの提案をする。
「みんなでご飯食べに行かね!?」
「行くっ!」
「いいな。ちょうどお昼だし」
「⋯⋯」
美緒、那岐、伊吹の目線は花織に注がれる。
「——ッ。⋯⋯わかった。私も行くから⋯⋯!」
その言葉を聞いた三人は手を合わせる。
「いぇ~いっ!!」
「なにそのハイタッチ!?」
駅前ショッピングモールまで向かうと、四人はフードコートにある洋食屋さんに入った。外でも食べれるということだったのでテラス席を選んだ。席に腰掛けると心地よい風が入ってくる。
那岐はペペロンチーノ、伊吹はカルボナーラ、花織は和風スパゲティを頼んだ。他にもサラダやクラムチャウダーもあったりしたが、美緒は店先のショーケースで気になっていたアラビアータを注文する。
すぐに注文した品が四人のいるテーブルへと運ばれてきた。
「いただきますっ!!」
一同そろって合掌する。
「うま~っ!」
食事を摂りながら美緒は尋ねる。
「はなちゃんは、今日一日大丈夫なの? 用事とか」
「ええ⋯⋯大丈夫だけど」
「じゃあ、いっぱい遊べるね!」
「花織ちゃん何したいとかある!?」
伊吹に問われたが、花織は思いつかなかったみたいだ。
「特にないのだけど——」
「そっか⋯⋯」
「美緒は何かしたいことあるのか?」
「んー私か~⋯⋯それだったら、入ったことないお店——とか行ってみたいかも!!」
料理も然ることながら開放感を堪能した一同はお店を出たが、レモンのドリンクを販売しているのが目に入った。
「レモネードだってっ!」
「——何か無性に飲みたくなってきたわ」
美緒は店先のレモンの匂いに打ち勝てずレモネードを購入した。それに連れられて伊吹も同様に買った。
「すっぱっ⋯⋯いけど、おいしっ!」
ストローを吸うと口の中にレモンの果汁が広がってきた。花織は笑みを浮かべながら顔を覗かせている。
「はなちゃん、飲んでいいよ! ——はい!」
美緒は花織の前にレモネードを近づける。渋っていた花織であったが、美緒の圧に負けてストローに口を付ける。
「本当だ⋯⋯すっぱいね」
「でしょー?」
それを見ていた伊吹も飲んでいたレモネードを無言で那岐の顔の前まで持ってくる。
「⋯⋯いらないけど」
「ぷ⋯⋯ッ。あははははっ!」
ショッピングモール内を練り歩いているとめちゃくちゃ目立つ店舗を見つける。
「このお店、ここにもあるんだ~」
店先にはペンギンの置物が飾られており、店内は商品もポップも色取りどりでとにかくキラキラしていた。コスメや雑貨なんかも取り扱いしていて見ているだけでも楽しい。
美緒の足が洋服コーナーで止まる。
「これとか可愛くない?」
「可愛いね」
花織は美緒が手に取ったピンク色の洋服を見る。
洋服中央にペンギンのキャラクターが配置されており、その周りを囲うように高崎名物の食べ物がプリントされていた。
カゴとバッグを床において制服のボタンに手をかける。
「——っしょ」
「ば、ばかッ!」
制服を脱ごうとしたら花織に怒られ、手を降ろされる。
「大丈夫だよ~。どうせ買うから!」
「そういうこと言いたいんじゃなくて⋯⋯!」
花織がちらっと美緒の後ろを見る。
那岐はそのまま棒立ちだが伊吹は目を手で覆い隠していた。流石に那岐と買い物に来ているテンションではまずかったようだ。
歩き回って疲れたので、休憩がてら猫カフェに入ってみようという話になった。
「かわいい!!」
「こんなに人懐っこいものなのね⋯⋯」
入店してソファに腰掛けると、すぐに美緒と花織の膝の上に猫が一匹ずつ乗ってくる。猫ってもっとツンツンしているイメージがあったのだが、病院にいた子たちも人馴れしていたしどうやら違ったみたいだ。
「うッ!?」
伊吹が奇声をあげる。
大量の猫が一箇所に集まり、それに押し倒される形で伊吹は床に寝転がっていた。伊吹と判別できないくらい猫の数は多く、異常な好かれ具合であった。
猫の懐き具合も個人差があるみたいだ。
「凄い数!!」
「身体からマタタビ出てるの?」
面白くて花織と一緒にケタケタと笑っていた。
「那岐は——」
美緒は猫カフェに入ってから静かな那岐が気になり様子を見る。
伊吹とは正反対に、那岐の元には猫一匹寄り付いていなかった。目は明後日の方向を向いており虚ろで死んでいる。
猫の懐き具合も個人差があるみたいだ。
美緒は膝でくつろいでいた猫を抱きかかえ、那岐の目の前で下ろす。
「ほら、猫ちゃんですよ~」
猫は美緒の手から降りると那岐に近づき膝の匂いを嗅ぐ。
だが、猫は毛を逆立て「シャァァァー!!!」と一瞬にして猛獣のように豹変してしまった。
「美緒⋯⋯」
今にも泣きそうになっている那岐はかわいそうでかわいかったが、流石に見ていられなくなり美緒はレジで猫用のおやつを購入する。それを那岐に手渡した。
那岐がおやつを先ほどの猫に近づけると、その誘惑に負けてか那岐の手から口にした。
近づきはしたものの未だに警戒モードでイカ耳と鋭い目をしている。
那岐は調子に乗り、猫がおやつを食べている隙を狙って頭を撫でようとしたら再度「シャァァァー!!!」と威嚇されてしまった。
伊吹はというと相変わらず顔や身体関係なく猫に囲まれていた。お腹の上にいる子なんかはくつろいで寝てしまっており、伊吹は身動きが取れなくなっている。
那岐から餌をもらっていた猫は、食べ終わると美緒の膝まですぐ戻ってきた。
ドリンクは店内にいる子の写真付きのラテアートが注文でき、美緒は膝上で懐いているこの子にした。
「おー!! 本当にそっくり!!」
ラテの写真と猫を見比べても精密に印刷されているのがわかる。
猫カフェを後にした四人は、カプセルトイを回したりプリクラを撮って遊んでいたらあっという間に日が暮れてきてしまった。
「じゃーね~!」
「おう! またなー」
伊吹と花織と解散して那岐と二人で帰る。美緒の手にはみんなで撮ったばかりのプリクラを手にしていた。
「今日、凄く楽しかった! 那岐も楽しかった?」
「楽しかったよ」
「それは良かった! 良かっ——」
美緒は途端に嫌な気配がした。誰かに見られているような⋯⋯
それと同時に、西側のビルの隙間から黒い物影が見えた気がした。見間違いなんかじゃなく、黒い影は動いており、ビルを飲み込めるほど巨大な生物が二人を見つめている。




