【20話】妻合わせる
高崎市市街地に隣接する観音山の頂上には高崎白衣大観音がそびえ立っており、街を見守るシンボルになっている。
その様子は街中から見えるのだが、那岐の提案で観音様の足元まで行ってみないかと言う話になった。観音様の中に入れることをつい最近知ったため美緒を誘ってくれたみたいだ。
美緒も那岐と同様に中に入れることを初めて知ったので驚いた。
ぐるりんに乗り込み観音山を目指すが頂上では降りず、そのまましばらくバスに揺られること数十分——
「おー! 着いたー!」
バスから降り、少し歩くと染料植物園が見えてくる。観音様までは割りと距離があるが、どうせなら山中をハイキングしながら向かおうということになった。
染色工芸館の展示室には、冠位十二階でも使われた草木染めの見本など数多くの和装染色品が展示されている。
「きれーっ!!」
実習室では実際に草木染や藍染ができる染物体験会も開催されていた。無地が植物の染料でここまで化けるなんて——改めて考えると凄いな。
その他、周辺には温室と休憩室がある。
温室では熱帯地域に自生する植物が育てられており、その脇には植物名だけではなく色見本も飾られておりその場で確認することができる。外見からは想像できないほど鮮やかな色が出る種もあり驚いた。
「あっ! 那岐、ご飯食べて行かない!?」
「いいな。ちょうど腹減ってきたし」
隣接する建物の休憩室兼、食事処で二人は日替わり弁当を昼食にする。
お弁当一つに多種多様な食材が入っており、お腹いっぱいに満たされた二人は休憩室を出て観音様へと向かい歩き始める。
「ふ~っ。お腹いっぱい!」
山の中のハイキングコースとあって、鳥の鳴き声や自然に囲まれ気持ちが安らぐ。
施設を出た園内各所にも染料となる植物が植えられており、それらを知識を付けた後に観察するとただの植物ではなく、染料の宝物と違った見方に変わったため凄く面白かった。
山の中腹には川が流れており、道が大きく迂回している。
木道を進んで行くと谷にかかっている赤い吊り橋のひびき橋が見えてきた。長さは120メートルにもなり、谷までは28.5メートルもある大きな吊橋だ。
美緒と那岐は対岸に向かうため橋を渡り始めると、涼しく気持ちの良い風が二人に吹き付ける。
「思ったより高さあるな⋯⋯」
「落ちたら私が拾ってあげるからね安心してねっ!」
「本当に落ちたらどうするんだよ」
吊り橋といっても頑丈な橋で揺れは少ないがスリルがある。橋からは観音様の後ろ姿が見える絶景ぶりだ。
二人が橋の中間に差し掛かると雨がポタポタと降ってくる。空を見ても雨雲ひとつない晴れ模様で太陽が輝いていた。
「あれ、雨ッ!?」
「晴れ予報のはずだったんだけどな——」
二人は急いで橋を渡り切ろうと走るが、目の前の奇妙な出来事に足を止める。
向こう岸から白無垢の花嫁衣裳を着た女性が歩いてくる。頭から足元まで真っ白で、嫁ぎ先の色に染まりきっていない無垢の白さであった。
「なんかの撮影か⋯⋯?」
「えッ!? どうしよどうしよ!?」
ウェディングフォトを撮影しているのかと思い、辺りを確認するが撮影クルーらしき人影は見えない。
人が充分にすれ違える幅のある橋であったが裾を踏んづけてしまったら大変なため、美緒は今にも落ちそうになるくらい橋の手すりにつま先立ちで身体を密着させる。
和服の女性は直ぐ側まで来ており、綿帽子の下から見えた顔は若い女性で美緒たちと同じ年齢程であった。
もうすぐ二人を通過する所まできたため、美緒は限界になりながらもお腹を極限まで引っ込める。
「え——っ」
それも束の間、美緒が気づいた時には橋から真っ逆さまに落下していた。
「美緒ッ!?」
谷底へ落ちる美緒の目には橋にいる女性が手を突き出している動作が映る。落下する速度が秒増しに速くなる。
このままじゃ、やばい⋯⋯死ぬ——
【変身呪文】
突き落とされた美緒であったが瞬時に変身でき、寸での所で地面に着地できた。
橋からは先ほどの和服女性が、口を抑えにたにたと笑っていた。遠目からは見えづらかったが、綿帽子下の頭から狐の耳が生えているように見えた。
「お前ッ!!」
突き落としていた現場を見ていた那岐は怒り、女性を掴もうとしたが空振りに終わる。
姿を消した女性の代わりに、吊り橋を支えるワイヤーの上には狐が立っている。美緒を橋から落とした女性の正体は魔獣であった。
「魔獣かよ——」
那岐は変身し、ロープに乗っている魔獣を追いかける。
しかし、魔獣は素早く逃げ惑い、追っ手の那岐から逃亡を続ける。
美緒も急いで飛び、橋の高さまで戻って来ると戦闘に参戦する。右往左往動き回る魔獣に照準を合わせて炎球を放つ。
【攻撃呪文】
魔獣は美緒と那岐の攻撃を巧みに躱す。その様はおちょくっているようであった。
数打ったら一発ぐらい当たるだろうと、美緒は更に魔法を放つ準備をする。
【攻撃呪文】
美緒の放った炎球は全てギリギリかするぐらいで魔獣には当たらなかった。美緒の魔法は広範囲に影響をもたらし始め、吊橋を支えていたワイヤーが切れたり、橋桁が外れたりと損傷具合が増していく。
ワイヤーが切れたことで吊り橋全体が揺れ始め不安定になる。
「この——! 逃げるなッ!」
ずっと逃げ延びていた魔獣に那岐はやっとのこと追いつき捕まえた。狐と猫の取っ組み合いが始まる。
那岐は獲物を取り逃さないよう、爪を立てて魔獣の体に突き刺す。魔獣はコンコンと鳴き喚いている。
その時、ワイヤーが切れたことと、狐と猫が暴れたことで吊り橋がいきなり傾いた。
ボロボロになった両者だったが、穴の開いた橋桁から一緒に転落してしまう。魔獣と那岐は空中で分離し、身動きができなくなった魔獣に美緒は照準を合わせる。
【攻撃呪文】
美緒の攻撃音が山全体に響き渡ると同時に、攻撃は魔獣に見事命中し灰が舞い散る。
「那岐!!」
落下し続けていた那岐にすぐさま駆け寄って身体で受け止める。
那岐は地面に激突しなかったが、狐の死骸は速度を緩めることなく地面に落下し動かなくなる。
どこか遠くへ行ってしまった来つ寝は、もう息をしていない。
「大丈夫!? こんな傷だらけで——」
傷だらけでボロボロになった那岐に美緒は魔法をかける。
【支援呪文】
「ありがとう、美緒⋯⋯!」
那岐は美緒に抱えられながら身震いさせていた。その視線の先には狐の死骸がある。
「もう少しでああなる所だったなんて⋯⋯」
回収業者への電話と那岐の回復も終え、美緒たちは谷底を後にする。
「ん⋯⋯?」
那岐を抱えて飛び立った美緒であったが、不可解なものが目に入り空中停止する。茂みの奥、急斜面に何かが横たわっていた気がした。人の足のような——
「どうしたんだ?」
「⋯⋯ううん。なんでもない!」
木々が生い茂っているため再度見つけることはできなかった。さっきのこともあったし何かの見間違いだろう。
そう考えながら美緒は上へと飛び続け、完全に修復された吊り橋に復帰し、那岐を橋桁に降ろす。




