【17話】群青の呼び水
流れるプールよりも更に奥。そこには25メートルと50メートルの競泳プールが整備されている。鴨たちは長く、底が深い50メートルプールに着水していた。
「うわっ。こんなにいるんだ」
水面に浮かぶ十数匹の鴨たちは首を落とし、プールの水を飲む者や優雅に水に浮かび続ける者もいた。
ここにいる人たちは魔獣を見えておらず、通常時と同じように横を遊泳している。それは鴨たちも同様で、逃げる素振りもなく揺れる水面に共鳴して浮き続けている。
「じゃあ、さっさと倒しちゃいますか!」
【変身呪文】
あの数の魔獣を一斉に倒すためには速く、何発も魔法を放たないと——
【攻撃呪文】
ステッキから放たれた何発もの炎球は順に魔獣たちの方へと飛んでいく。
初めに直撃した魔獣は灰を舞い散らし、水面に鴨の死骸が浮かぶ。美緒の攻撃は初めに逃げ遅れた一体のみにしか当たらず、他の魔獣は一斉に上空へと飛ばれ避けられた。
「きゃあぁ!」
「何だあれ——」
「皆さんッ! 落ち着いてプールから上がってくださいッ!!」
水面に浮かぶ鴨の死骸がようやく客や係員の目に映り、人々が慌ただしく動く。
美緒は上空に飛んでいった魔獣たちを追いかけた。高校などの周辺建物や新幹線の高架よりも更に高く、鉄塔とほぼ同じくらいの高さで魔獣たちはホバリングしている。
地面を見ると人の姿がゴマ粒程の大きさにしか見えなかった。
「わーっ、高っ!」
それでも下から上がってきた美緒は怯むことなくステッキを構える。今度はさっきよりも速くしないと。
【攻撃呪文】
既に警戒していた魔獣たちは難なく攻撃を躱すどころか、美緒を取り囲む。
「なになにッ!?」
魔獣たちは先程飲んでいたプールの水を口からビームのように魔法を吐き出してきた。
【防御呪文】
「う⋯⋯ッ」
前方の攻撃は咄嗟に防御できたものの、後方からも打たれているとはわからず右足を負傷する。血が流れ出した足の痛みに悶絶しながらも回復しないと、と思っていたのだが魔獣たちの攻撃が間髪せずにやってきた。
美緒は防御するのではなく、飛んで攻撃を回避する。
だが、逃げ先には一体の魔獣が先回りしており、攻撃を仕掛ける動きを見せる。
やばい⋯⋯先に倒さないと死ぬ——
地べたを走っているわけでもないため足の事は気にせず、美緒は攻撃を優先する。
【攻撃呪文】
美緒と魔獣の攻撃がお互いにぶつかって消滅した。
「なんだ——攻撃同士ぶつければいいんだ⋯⋯!」
魔獣たちは再び、体勢を立て直して美緒を取り囲んだ。
魔獣たちは攻撃モーションに入る。
【攻撃呪文】
四方八方から飛んでくるビームに、美緒は照準を合わせる。
魔獣たちも学習したのか、同じ所から空中停止して魔法を放つのではなく美緒の後ろを取ろうとしてくる。
「——ッ」
今のは危なかった。後ろを振り返ったらすぐ目の前までビームが飛んできていたのだが、それも炎球によって危機一髪で防ぐ。
だが、そんな九死に一生が長く続くはずもなく、徐々に美緒の攻撃が間に合わなくなってきた。
どうしよう、飛んで逃げるべきか——
焦りつつ悩みながらも魔法を放つ美緒であったが、後ろを振り返ったその瞬間、瞳にビームが映り込んだ。
「えっ」
避けるも攻撃も、何もアクションを繰り出せなかった美緒の顔面にビームが直撃する。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
さっきの足の傷とは比べ物にならないほど猛烈な痛みが込み上げ、声を出し顔を手で覆い隠すことしかできない。
間髪入れずに魔獣たちはビームを放ってくる。何発も飛んできた魔獣たちの攻撃を美緒は全て防げず着弾した。
生命活動を停止した美緒は飛ぶこともできなくなって、頭から真っ逆さまに落下する。
美緒は真下にあったプールに落水した。柔らかい水がコンクリートのような硬さになっており身体を強く打ちつける。
傷口から広がった出血は水に滲んだ。魚こそいないが水中は美しく、ダイビングしているようであった。
【復活呪文】
傷口が全て塞がり、目を覚ました美緒は急いで水中から飛び出すと、びしょ濡れになった身体を犬のように振って水滴を落とす。
魔獣はまだ上にいるのだろうか⋯⋯
美緒は空を見上げる。そこには遥か上空から急降下してくる魔獣たちの姿があった。
「やばッ!!?」
【攻撃呪文】
美緒が放った炎球は全て躱されてしまった。
「こんなに当たらないなんて——ッ」
魔獣たちは美緒に攻撃を一切してこず、一斉に降下してくるだけであった。全く行動が読めない。
美緒は観覧席下の建物に身を隠せるスペースを見つけ、プールの水面上からそこへ退避する。
急降下してきた魔獣たちの動向を窺っていると、魔獣は全ての個体がプールへと着水し、美緒の方へと向かってくる者はいなかった。
「どういうこと⋯⋯なの?」
不思議に思いながらも美緒は空を飛んで観覧席に降り立つ。
魔獣たちは美緒の事を見向きもせず、戦闘前に初めて発見した時と同様にプールの水を飲んでいる。
逃げもしていない今がチャンスかもしれない。
「でも、どうやって倒そう⋯⋯」
さっきみたいに一体ずつ順に攻撃したら気づかれて逃げ出されてしまうかもしれないし。
魔法を水中で爆発させて衝撃波で倒すか、水面を炎で覆うか⋯⋯
一発の炎球で全部倒せたらいいんだけど⋯⋯
「——そうだっ!」
魔獣の群れを覆いかぶさるほど大きな魔法を作り出せばいいんだ。
【攻撃呪文】
美緒は空中に生み出した炎球をどんどん大きくさせる。
いつ魔獣たちに気づかれてもおかしくなく、美緒はヒヤヒヤしながら準備を進める。炎球は大きさを増していき、プール水面には影を作り出した。
いち早く水分補給を終えた魔獣が水面からくちばしを出す。
だが、時すでに遅く頭上を覆いかぶさる程、桁違いに形成された炎球は太陽のような威圧感を醸し出し、魔獣たちのすぐ目の前まで迫ってきていた。
「これで終わりだーーッ!!」
美緒は作り出した巨大な炎球を真下にいる魔獣たち目掛けて落とす。
逃げ道を防がれた魔獣たちは飛んで逃げることもできず、水中で灰を舞い散らし鴨の死骸が出現した。美緒の攻撃で魔獣たちは一体も残らず蹴散らされた。
巨大な炎球は自然に消滅したが、あまりの重力であったためプールの水がプールサイドに溢れ返る。その波に巻き込まれ一部の鴨の死骸もプールサイドに上がった。
プールサイドは再び混乱で悲鳴があがる。
美緒はすでに一羽目の死骸で回収業者が呼ばれていたのを確認し、この場を後にする。
みんなの元へと戻ってくるとそこには那岐と伊吹、花織の三人が集まっていた。
「ただいま~!」
「美緒、どこ行ってたんだ?」
「えッ!? えーとね⋯⋯あ、そうそうっ! 奥のプールが騒がしかったから野次馬してた!」
那岐に尋ねられたが、伊吹と花織がいるから本当のことは言わずにはぐらかす。
「あー! そういや、さっき鴨——の死骸がプールに落ちてきたって騒いでる人たち見かけたな」
驚き目を丸くする那岐に、美緒は口を開かずアイコンタクトをとる。
「まあ——美緒ちゃんも来たし、もうひと泳ぎしようぜ!」
「いいねー!!」
「行くか」
「⋯⋯」
流れるプールには来た時よりも多くの人でごった返していた。競泳プールが封鎖されたからこっちに人が流れて来ているみたいだ。
美緒はプールサイドにお尻をつけてゆっくりと足を入れる。
水中には魔獣との戦闘中にも入ったばかりであったのに、水着を着ているからなのか気持ちよさが段違いであった。
「美緒はさ⋯⋯那岐とはもう付き合ってるの⋯⋯?」
先にプールに入水した花織が振り返り話しかけてくる。
「ええぇ!!!? ま、まだ、付き合ってないけど⋯⋯!」
「そっか——」
「突然、どうしたの?」
花織は突拍子もなく美緒の顔に向かって水をかける。
「うぇッ!? な、何、はなちゃん!」
「⋯⋯なんでもないっ!」
花織の髪は水しぶきとともに青く綺麗に輝いていた。
「このー!」
美緒も仕返しに花織に水をかけ返す。
当然ひと泳ぎだけで終わるはずもなく、那岐や伊吹、花織と皆一緒にはしゃぎ尽くしていると帰る頃には空がオレンジ模様になっていた。身体がヘトヘトだったのもあったが、帰りのバスはゆらゆらと揺れるゆりかごのようで、眠らず目を開けている花織を横目に美緒は心地よく眠ってしまった。
「⋯⋯美緒、もうすぐ着くよ」
那岐に揺さぶられ、起きた時には伊吹と花織は下車した後だった。
家に帰り、寝支度を済ませた夜、美緒はベッドに横たわり今日あった楽しかった思い出に浸る。帰りのバスで少し寝てしまったからなのか、疲れているはずなのに思ったよりすぐには寝付けない。
こんな不自由無くプールを満喫出来たのなんて生まれて初めてで、とっても楽しかった。夏休みはまだたくさんあるし、那岐や皆ともたくさん思い出作りたいな。
美緒は眠気に襲われる感覚を感じ、寝落ちする前に部屋の電気を消した。




