【14話】鳥籠に捕らわれて
昨夜、早々にベッドの上で眠りについてしまった美緒が目を覚ましたのは翌日の早朝であった。
身支度を済ませた美緒はクリーニングしてもらった制服に袖を通す。
玄関でリスの毛皮でできたローファーを履き、同じく制服を着ている那岐と家の前で合流する。
「初めまして、浅間美緒といいますっ! 今日から学校に復帰するのでよろしくお願いします!!」
学校の教壇に立つ美緒はクラスメイトからの拍手を浴びる。久しぶりの登校で少し緊張したが無事、自己紹介を完遂した。
みんなには病気が完治したという話になっているみたいだ。
学年が上がり、新学期前になる頃には既に病院にいたので、新しいクラスの人たちと会うのもこれが初めて。何だか転校生になった気分だった。
席に戻る際「退院おめでとー!」と、陽気な男の子からのヤジが飛んでくる。思わず笑ってしまったが「ありがとうっ!」と返した。
クラスメイトは全員が初対面ではなく那岐や花織、一年生の時に同じクラスだった見知った顔ぶれの人たちもいる。
休み時間になると那岐が話しかけに来てくれた。その横から颯爽と男の子が現れる。
「初めまして! オレ、山名伊吹! よろしく!」
「——うんっ! よろしくね!」
自己紹介をしてきた伊吹は先程ヤジを飛ばしてきた男の子であった。那岐とは対照的に犬顔の整った顔立ちをしている。
美緒と数秒目を合わせた末に、伊吹は隣に立っている那岐の肩に腕をまわす。
「いーな~。那岐はこんっな可愛い幼馴染がいて!」
「おい⋯⋯くっつくなって」
「えー、やっぱり那岐くんは可愛い幼馴染じゃないと不満なのかなー?」
「暑苦しいんだよっ」
那岐は伊吹の手を振り払う。
伊吹とは仲が良さげな雰囲気を感じたのだが、本気目に嫌な顔をしている那岐の顔が面白く美緒は笑壺に入る。
その光景を見ていた四人組の女子グループは怪訝そうな顔をしていた。
お昼は三人一緒に学食で食べることになった。美緒と那岐の向かい側に伊吹が座る。
美緒たちはおっきりこみを注文し、太くて平たい麺を啜りつつ、伊吹のことを教えてもらう。
「一年の時もクラス違ったよね!」
「そうそう! 何気初めて!」
「何か部活とか入ってるの?」
「入ってるよ~! ⋯⋯では、ここで問題です! オレは何の部活に入っているでしょうか——」
「サッカー」
「えぇー!? 那岐、問題が台無しだよ!!」
間髪入れずに答えを言われて伊吹は声を荒げる。
「『好きな人は誰でしょうかクイズ』とかの方が面白いんじゃないか?」
「えぇー!! 伊吹くん、好きな人いるの!?」
「めっちゃ食いついてきた!?」
「だれだれ!?」
「い——いないよ?」
「あー! 照れてる!」
「オレの話はいいよ⋯⋯! それよりさ——那岐はいいよな彼女がいて。馴れ初め教えてくれよ」
「え!!!? 那岐、彼女いるの!?」
「いないって」
「ん!? 二人付き合ってないの!?」
「え!? 私たち付き合ってないよ!!」
「は!? 俺たち付き合ってないぞ!!」
美緒と那岐の声が重なる。
「おお、ハモった。じゃあさ——那岐、告白してきた女子に『彼女いるんで』って断ったらしいじゃん。あれはなんだったの?」
「あまりにもしつこかったからその断る口実に。最終的には『二股でもいいから!』っていわれたよ」
「え!? 那岐、二股してるの!?」
「一股もしてないよ」
美緒は胸を撫で下ろす。
「良かった——那岐、彼女いないんだ!」
「うん。いないよ」
那岐は美緒の頭を撫でる。
「んっ⋯⋯!」
「——これで付き合ってないとか⋯⋯幼馴染、怖っ!」
放課後になると那岐は女子グループに呼ばれて会話をしている。美緒は席に座り、それを遠目から眺めている。
「——ていうか、鳴音。スマホ新しくした?」
「そう! 昨日買ってもらったんだ!」
「うそっ。すご!」
「二ヶ月前に買い替えたばかりじゃなかったけ!?」
「それ——金銭感覚おかしくならないのか?」
那岐が指摘している。
「平気平気~!」
「いーな。鳴音のパパはお金持ちで」
庚申鳴音のお父さんはサイリング社の社長をしているみたいだ。
「——ねぇ。ねぇ、美緒ちゃん」
伊吹が背後から現れ肩を叩く。
「あれ、どうしたの?」
「那岐とは本当に付き合ってないの!?」
「本当だよ! 何でさ!」
「だってさだってさ——てっきり付き合ってるものばかりだと思ってたからさ⋯⋯でも、そっか——」
伊吹は腕を組んで唸りをあげる。
「ん?」
伊吹は女子グループを見ながら耳打ちをしてくる。
「那岐、結構モテるから気をつけた方がいいよ」
「そうなの?」
「そうだよ! あんな人当たりよくてイケメンなんだし、オレが女の子なら瞬殺だったな!」
伊吹は豪快に笑ってみせる。
そうだよね、幼馴染から見てもかっこいいし、みんなに好かれるのも当然だよね。
「アタックするなら今のうちだよ⋯⋯!」
「うん——」
美緒は那岐の告白を思い出す。那岐はまだ好きでいてくれているのかな。
教室後ろで椅子が引かれる音が聞こえ、伊吹は瞬時に振り向く。音の正体は帰り支度を終えた花織が席を立った音であった。
花織は海のような青い髪色をしており、華奢でスタイルが良い。
「花織ちゃん! 今日遊びに行かない?」
「う~ん⋯⋯ごめん! また今度ね!」
花織は遊びの誘いを胸の前で手を合わせ、笑顔で断ると急ぎ足で教室を後にした。
「ばいばーい⋯⋯」
断られた伊吹は花織の後ろ姿に手を振り、わかりやすいぐらい落ち込んでいる。
「——伊吹くんは、はなちゃんのこと好きなの?」
「え!? なんで!?」
その顔は驚愕に溢れていた。
「どうして!? エ、エスパー!?!?」
「えっ! クイズ正解?」
あれだけ露骨で、オープンなのかと思ったが違ったらしい。
「そりゃ、あれだけやったらバレバレだよ」
いつの間にか会話を終えていた那岐が、戻るや否や伊吹の頭にノートを乗せる。
那岐も伊吹の恋愛事情は既に知っていたみたいだ。
「マジかよ⋯⋯」
「さっきは断られてたけど、はなちゃんとはよく遊びに行くの?」
伊吹は首を横に振る。
「いいや。一度もない!」
「もしかして⋯⋯嫌われてる?」
「おいっ! 結構グサッと刺してくるな!」
「ごめんごめん!」
笑う二人とは対照的に那岐は顔をしかめる。
「そんなことないと思うけどな⋯⋯単に忙しいだけじゃないか」
「はなちゃん、何してるの?」
「⋯⋯わかんない」
伊吹も考えてみたが思いつかないみたいだった。
「忙しそうなのはわかるんだけど、何ていうか憑き物がついてる——というか、思い詰めてる、みたいな感じなんだよな」
「⋯⋯はなちゃんのこと、よく観察してるんだねっ!」
「は、はぁ!?」
伊吹は声をどもらせ、慌てふためく。
「——う、うるせぇー!! と、とっとと帰るぞ!!」
意気揚々と教室のドアに向かう伊吹に美緒と那岐はクスッと笑う。
しかし、廊下に出た所で伊吹はすぐさま教室に引き返す。
「バッグ忘れる所だったわ!」
気を取り直して三人は廊下を歩き、階段を降りて昇降口を目指した。
「あははっ! バッグ忘れるって!」
「伊吹、そんなに焦ってたのか」
教室から出て、しばらくしても美緒は腹を抱えて笑っていた。
「お前ら~っ!」
「ごめん、ごめんっ! ——でも、二人ともすっごくお似合いだと思うよ!!」
「そ、そうかな⋯⋯!」
わかりやすく照れる伊吹に美緒は更に笑い転げ、伊吹が怒るループを繰り返すと昇降口にあっという間についた。
昇降口近くの掲示板には『公園から孔雀が脱走。見つけた方はこちらまでご連絡を』という張り紙が貼ってあった。一年生の女子二人はそれを見ながら話していた。
「クジャク逃げ出したって!」
「うそっ」
「まじまじ」
「へぇー、クジャクってこういう漢字書くんだね」
片方の女子がスマホで調べていると、それをもう一人が覗き込む。
「なになに⋯⋯クジャクは繁殖力が高いので子孫繁栄の象徴に——」
「どこ読んでんだよっ」
スマホを持っている女子は、読み上げた女の子に軽く体当たりをして笑いあっている。
伊吹で笑い合っていた美緒たちも、靴を履き替え昇降口を出る。
「じゃ! オレ、部活だから!」
「えっ!? 部活あるのにはなちゃん遊び誘ってたの!?」
「オレは好きな子優先だから~!!」
手を上げ校庭に向かう伊吹に、二人は別れを告げて校門を出る。
「伊吹くん、面白い人だね!」
「——まあ、悪い奴じゃないな」
二人は学校から出て、もてなし広場のお堀沿いを歩いて帰る。この辺も久しぶりだな。
斜面に植えられている木々が微かに揺れており、水面にはぷかぷかと鴨の群れが気持ちよさそうに浮いている。
音楽センター前の交差点で信号待ちをしていると気になるものを見つける。
高崎城址と書かれた石碑の前に、綺麗で凛々しい孔雀が佇んでいる。
「あれ⋯⋯魔獣じゃないか?」
「そうっぽいねっ! あんな目立つのに誰も気にかけてないし」
辺りにいた人たちは誰一人として孔雀に無関心だ。信号が青になると二人は興味津々に孔雀に駆け寄る。
「すごっ! 本物の孔雀だ!」
美緒たちの存在に気がついたのか、そっぽを向いていた孔雀と目が合った。
孔雀は自身の羽をバサッと大きく広げる。
「おお、でかっ」
「おい⋯⋯そんな近づいて大丈夫か——」
羽に描かれた無数の目のような斑点と目が合ったような気がした。
それも束の間、開いた羽からまばゆい光が放たれ、二人は眩しさで咄嗟に腕で目を覆う。
「う⋯⋯ッ」
「な、なにっ!?」
眩しさを感じなくなった美緒は、恐る恐る目から腕を離す。
「えっ!!!? ここ、どこ!!!」
美緒たちの目に広がった光景は先ほどまでいた高崎の街並みではなく、部屋の一室のような場所であった。そこに事の一端を起こした孔雀の姿は見えない。




