【13話】そんな秘策が
怪人は一切攻撃を行ってこない。
それなら——
【攻撃呪文】
美緒から先制攻撃を行うが、キャディは難なく浮き躱してしまう。
「何でこんなことするのッ!!」
「ここは妾たちの土地だ。何をしても自由だろ」
怪人は美緒めがけて和鋏を投げ飛ばしてくる。
しかし、美緒にかすることもなく飛んでいってしまう。命中精度は良くないみたいだ。それなら早く決着をつけなきゃ。
【攻撃呪文】
美緒は四方に動くキャディを追いかけ炎球を放つ。一度も美緒の魔法は当たることはなく、怪人は勝ち誇ったような顔をしていた。
怪人はもう一つの和鋏を投げる動作をする。今度は真っ直ぐ美緒の方に向かってきたため咄嗟に防御魔法を構築する。
【防御呪文】
和鋏は炎壁に阻まれ、弾かれ返すと怪人の手に戻っていく。
「う⋯⋯ッ」
安堵したのも束の間、お腹に激痛が走る。和鋏が美緒のお腹から出てきて怪人の手に戻っていく。
「うわー、ばっちい、ばっちい」
怪人が和鋏を血振りする。
遅れてやってきた激烈な痛みに意識が遠のいていき、美緒はそのまま地面に墜落してしまった。
美緒が自分の身体に目をやるとお腹の割れ目から血が出ていた。手を伸ばし確認してみる。割れ目は背中からお腹にかけて厚さ数センチメートルの空洞が作られており、完全に脊柱が断ち切られていた。
「いいねいいねっ!! 自分が優勢だと勘違いし、誘い込まれているなんて露知らず⋯⋯こんな無様な死に方を見たかったんだよ!! 見てるかい。無念を晴らしたよ!!」
キャディが計算した立ち位置に誘導されていた美緒は、和鋏に貫かれ大量出血で死亡した。
満足げな怪人はそのまま飛び去ろうとする
【攻撃呪文】
しかし、黄色の炎球が飛んできたため和鋏で攻撃を防ぐ。
琴が応戦に現れた。
「ちっ。お前かよ⋯⋯愛宕琴」
「美緒ちゃんにこんな酷いことして——!」
「お前らまとめて目障りなんだから、憂さ晴らしぐらいさせろよッ」
琴が再度ステッキを構えると、キャディは不敵な笑みを浮かべている。すると突如として、何もない地面から液体状の巨大な糊が現れた。
すぐに察知して飛び逃げる琴であったが、糊は執拗に追いかけ琴の手足にネバネバと纏わりついた。
「う——ッ」
糊はすぐに固まってしまい琴は身動き取れなくなってしまったようだ。怪人は琴のそばまで飛んでやってくる。
「あーあ。こんな奴助けようとするから自分がピンチになっちゃった」
「早く⋯⋯離しなさい」
「そんなことするわけないじゃん」
怪人は和鋏の先端を琴に突きつける。
「ほれほれ~」
琴は成すすべもなく口元を引き締め、和鋏を凝視している。
「早く逃げた方がいいよ~?」
「く——ッ」
「どうするどうする? あー⋯⋯刺さっちゃう——」
怪人にゆっくりと和鋏で腹を突き刺され、琴は断末魔をあげる。
「ああああああああッ!!!!」
徐々に押し込まれていった和鋏は琴の背中から飛び出した。琴は空中で糊に身体を縛り付けられながら、血を滴り落としている。
断末魔が消えると琴は頭を項垂れ動かなくなってしまった。
「あははっ! こんな収穫があるなんて思ってもみなかったよ。——それじゃ、またね~」
怪人の姿は夜闇に消えていった。
すると、糊は消えてなくなり琴は地面に落下した。
【復活呪文】
美緒の身体に出来た負傷箇所が全て元通りに戻る。
「琴さんッ!? 琴さんッ!!!」
美緒はすぐさま琴の元へと駆け寄るが既に息は無かった。
美緒は琴の腹をまじまじと見る。深く赤い刺し傷からは血がだらだらと出続けていた。傷口からは本来、皮膚で隠されている体内が見える。
美緒は口元を手で隠し、えずく。自分が死んだ姿にはなんにも感じなかったのだが、人の死はだめだったみたいだ。
琴の身体も魔法に覆い包まれ、意識が戻る。
「琴さん!!」
「美緒ちゃん——ごめんなさいね。助けに来たはずだったのに⋯⋯」
「気にしないでくださいよ! 助けに来てくれてありがとうございます!」
「どこも怪我ない?」
「はい⋯⋯!」
美緒はお腹を何度も触って見せると琴は胸を撫で下ろす。
「琴さんこそ大丈夫なんですか!?」
「ええ、大丈夫よ!」
琴は安堵してくれているが、自身の身体の傷が消えても怪人を倒せなかったことには変わりない。
「でも⋯⋯私こそごめんなさい——」
美緒は頭を下げる。
「どうしたの?」
「琴さんとの電話放り投げちゃったし、怪人逃しちゃったんで⋯⋯」
せっかく通話していたんだし、事細かに報連相ができていたらもっと手立てがあったかもしれない。
「何言ってるの!」
琴は沈んだ表情をしている美緒の頬を両手で挟み込む。
「——ふぇ?」
「始めたての新人さんに全部を押し付けるほど、わたしも鬼じゃないわよ! それにわたしたちと那岐くんもいるんだから、美緒ちゃん一人で背負わないこと!」
琴は美緒のほっぺを両手で揉む。
「いい?」
「ふぁい⋯⋯」
「よろしいっ! ——と、噂をすれば那岐くん来たわよ」
「——おーい!! 今、怪人いなかったかッ!?」
遠くの方から四足歩行で走ってくる那岐の姿が暗い夜でも見えた。
那岐に起きたことを説明して、そこで初めて美緒が怪人と接敵していたことを知る。
那岐と琴も同行し、立体駐車場で倒した魔獣を見せる。
「あれを本当に倒せたのか⋯⋯!」
「これを⋯⋯本当に?」
琴が顔を覗いて聞いてくるので頷く。
「はい——」
「すごいじゃないっ!!」
琴は両手で美緒と那岐の頭を撫でる。
「本当にすごいわ! 二人とも今日教えたばっかりなのに、こんなに大きな魔獣倒しちゃうなんて!」
「えへへ⋯⋯」
なんだか照れくさく口角が上がってしまう。
「この実力なら⋯⋯もしかして、この子たちなら⋯⋯」
琴は二人に向けて話していなかったのか、美緒はその呟きを詳細に聞き取れなかった。
「——何ですか?」
「ええ、そうね⋯⋯二人とも疲れたでしょ? 迎えの車手配するから少し待っててね」
猪の死骸が回収されているのを眺めていると、琴が手配してくれた車が到着したので乗り込む。
「お願いします⋯⋯!」
車内に乗り込み運転席に座るお姉さんに声をかける。お姉さんはこちらを振り返らず片手をあげる。
「はいよっ」
美緒と那岐、琴が背に座ると車は出発する。お姉さんは吸っている気配はないのだが、タバコの匂いが車内に立ち込めている。
那岐が口を開き琴に尋ねる。
「愛宕さんも強そうですけど⋯⋯それでもあの怪人は倒せないんですか?」
「ふふっ。ありがとう。 ⋯⋯でもね、強いだけじゃだめなの」
「強いだけじゃ——だめ?」
「それってどういう⋯⋯?」
「あの怪人⋯⋯というかこの辺り一帯に残っている怪人はね、粗方狩り尽くされたの。だけど、一段と逃げ足の速い怪人が残ってしまってね。勝負をする前に逃げられちゃうのよ。今日、姿を見たのも随分久しぶりだったわ⋯⋯」
「あれ——? でも、今日も昨日も私の前に現れましたよね?」
「わたしもね、あの怪人とは何度も戦って殺された経験があるの」
琴は自動車の天井を見て思い出に浸っている。
「でもね、ある時怪人に致命傷になりそうな攻撃を与えられた時があったんだけど、今日みたいに手足を拘束されて逃げられてしまったの。しかも、この時を境に怪人はわたしの前からめっきり姿をくらましてね⋯⋯美緒ちゃんの前からも直に姿を消しちゃうと思うよ」
「⋯⋯それは琴さんが強くなったからですか?」
「そうなのかもね⋯⋯! あの怪人たちは死ぬことを極度に恐れている」
「怪人は、弱い私を選んで勝負を吹っ掛けてきたんですかね⋯⋯?」
「そうじゃないかしら?」
「やっぱり——」
何となくわかってはいた。琴たちの前には現れず、美緒の前にはこの短期間で二度も現れているのは舐められているってことだ。頭では理解していたのだが、美緒は悄然とする。
「弱くて当たり前じゃない! 二人とも今日教わったばかりでしょ? ——けれどね、美緒ちゃん。あなたには素質がある。猪の魔獣を倒せる実力があるもの。きっと怪人を倒せる!」
「でも⋯⋯怪人を倒そうと思ったら弱くちゃだめで⋯⋯逆に、強くなったら怪人は姿を消すって⋯⋯あ、頭がァー!」
美緒はただでさえ疲れていたのにジレンマで頭を抱える。そうこう話しているうちに、車は美緒の家に到着した。
「——まあ、深いことは考えず、今日はもう遅いしゆっくり休んでね。おやすみなさい」
「はい⋯⋯おやすみなさい」
美緒は車内に残っている那岐に手を振り別れを告げる。那岐と琴の乗った車は那岐の家へと走り始める。
美緒は真っ先に自室へ向かいベッドに飛び込む。
明日も早いから、ご飯食べてお風呂入って歯磨きして——。やることを考えているうちに美緒の眠気は限界に達した。
その晩のこと、美緒は夢を見た。どこかの学校の校庭であの怪人と戦闘している。
だが、美緒は大怪我しており、怪人に罵倒されながら背中を足で踏みつけられているそんな夢を——




