断章:『ペーパームーン・キング』
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中央地区、『監視塔』内部。
二十平米ほどの部屋に設えられているのは、簡素な寝台だけだった。四本の足と、その上に板を張り付けただけのそれは、無駄と一緒に意味までもそぎ落としてしまったかのようだった。
それを寝台と判断できるのは、その上に少年が身を横たえていたからだった。
『青』と呼ばれるその少年の右耳には、変わらず蒼玉のピアスが揺れている。
『▽『オーガ・インストーラ』の限定起動が確認されました。部位は『眼』。単体での計画実行能力値は0%。起動中の『心臓』『右腕』を含めた計画実行能力値及び実現可能性の再評価を行います—すべての数値に変動なし。計画:ブレインシードは進行中です。』
瞼の下から現れた深く青い瞳は、続く『監視塔』からの報告に大きく見開かれた。
『解錠項目は―『希望』』
「―『赤』、あなたは」
同胞の名をつぶやく。その目元は伏せられている。
『青』は無機質な寝台に置かれていたヘッドホンを着ける。わずかに制限された聴覚の代わりに、流れ出る音楽が彼の意識を埋めていく。
懐から取り出したオーディオプレイヤーの液晶画面には、曲名だけがぶっきらぼうに記されていた。
" It’s only a papermoon "
「少し、席を空けます」
「▽承知いたしました。お気をつけて」
少年の言葉に呼応して、部屋の内壁は絡まっていたツタをほどくように内壁に外界へ面した出口を作り出す。彼が眠っていた部屋は『監視塔』でもほぼ最上階に位置していたようで、遥か彼の見下ろす先には地下都市である『植木鉢』の閉じられた「空」が広がっている。彼が顔を上げたなら、すぐに視線は天井に突き当たるだろう。
少年は「空」に向かって、何かをつかむように少年は右手を握りしめる。彼の仕草につじつまを合わせるように、その手中には円匙が収まっていた。
人が見ればその多くが足をすくませる高さから、少年は躊躇なく身を投げた。
耳元から流れる音楽に合わせて、彼は口ずさむ。
「It is only a canvassky」
「sailing over a muslin tree.」
『参照』
落下の中、円匙は大気を裂きながら、その記録を読み取ってゆく。
『確定』
そして大気は思い出す。縦横無尽に地表を駆け巡っていたはずの、かつて風であったはずの記録を。旋風は『青』の体を巻き上げる。向かう方角は東。いまだかすかに漏れ出る黒煙の、その源へと。
「But it wouldn’t be make believe」
「If you believed in me.」
つぶやきかけた言葉が、思い出したかのようにひとりでに唇の間から這い出てきた。
「―あなたは、誰を信じたというのですか」
答えるものなどいるはずがなかった。『確定』の権能を持つ彼がこの世界で信じられるものは、自分だけだったから。
ちょっとカッコつけすぎましたかね。




