『破壊者』
核である『カエデ』を失い、漂白生物たちを核にした巨人は打ち倒された。『森』が崩壊を始めている。『カエデ』を除いた周囲の木もまた、枝をぐにゃりとしおれさせ、形を崩している。『森』の崩壊に伴い、内部の水分が急速に放出されているのだ。
じきに殺到する「首無し」によって、資源として回収されることになる。『漂白域』とはいえ、すでに『機能』も回復しているはずだ。しかし、依然として『監視塔』との連絡はとれないままだった。
『『カエデ』の伐採を完了した。ーおい、『監視塔』』
どくどくと脈打つ鼓動、荒い呼吸が聴覚を支配するのみだ。彼は自らの脳が静けさに満たされていることに驚いていた。『森』は既に死んでいる。『機能』による通信は既に復旧しているはずだ。にもかかわらず、「監視塔」からの声も、彼を悩ませていた「共振波」もない。彼は『監視塔』から、メッセージが一通届いていることに気が付いた。どうやら通信機能が復旧するのと、通信機能が失われる直前、そのわずかな隙に送られてきたものらしい。
≪識別名:ジャックへの通達▼現時点をもって、『監視塔』はあなたを「脱命者」と認定しました。「庭師」の到着を待ち、速やかに『監視塔』の再生プログラムを受講してください。≫
≪▼▼なお、あなたには『斥候』識別名:スパイクの殺害容疑がかけられているため、『庭師』には武器の携行並びにあなたに対し、あらゆる形での武力行使の権限が与えられています。≫
「最悪だ」ぽつりとつぶやく。
―『樹』に呼ばれた訳の分からない『巨人』に腕を捥ぎとられ、枝切ばさみを持った女に訳の分からない腕と、記憶の断片を流し込まれた。今や俺は『脱命者』として、スパイクを殺した殺人犯として追われる羽目になっている。
そして、「訳が分からない」という共通項でくくったところで、事態が好転するわけもない。
―とにかく、この場を離れなきゃな。俺はどうやら二つの存在から追われることになるみたいだ。
ジャックは自分の置かれた状況を整理した。
―一つは『監視塔』の差し向ける『庭師』。奴らは対人戦のエキスパートだが、この『腕』があれば対処は不可能なことじゃない。
ジャックはスパイクの『種』を拾い上げ、森の残骸である足元の積雪に右腕をつく。そこからはたちまちに白く、太いツタが姿を現し、『斥候』の身体を覆いつくし、地中へと沈んでいった。父の友人であり、有能な仕事仲間へのそうした扱いは本意ではなかった。しかし、少しでも死体の発見を遅らせる必要がある。『首無し』による『森』の分解には数日かかる。漂白生物以外のが存在しない『漂白域』では、死体も腐敗しにくい。
彼のもっとも大きな懸念は、記憶の断片の中でひときわ強い印象を与えた、和装に身を包み、シャベルを携えた『青』という少年だった。
—この『腕』に気づいたら最後、いや、もう感づかれているだろう―おそらく世界の、それこそ『漂白域』の果てまで追ってくるに違いない。そしてあくまで、一住人である俺がやつにかなう目算はない。そうなる前に、次の一手を打たなければ。
それにしても、この『腕』は何なのか?彼が受け継いだのは、記憶の断片と、『腕』の使い方だけだ。果たしてこれはただの武装なのか?
ーまさか。そんなわけがない。
彼が『腕』に対して投げかけた視線と言葉を思い出す。
『あなたの覚悟を持ってなお余りあるほどの忌まわしさだ』
―父親の覚悟とは何だ?
「どうすればいい?」
誰にともなく独り言ちる。
もちろん答えはない。
彼は、今や自身が『監視塔』の庇護下にいないことを再認識した。
新しい右腕は得た。しかし、失ったものは余りにも大きい。
『監視塔』は、自身の立場、『命題』、いうなれば木こりのジャック(ランバージャック)そのものだったのだ。彼はこれまで、『監視塔』に与えられた立場を遂行していたにすぎなかった。
―かっこいいね!
『木こり』の父親にあこがれる自身の言葉が脳裏によみがえる。
「かっこいいもんか」ジャックは自嘲した。今や『脱命者』で殺人犯だ。
「最悪だ」再度つぶやく。
しかし記憶を受け継いだ彼にとって、どれほど自身の境遇が「最悪」だろうと、この漂白された森とそれにふたをされた地下都市でできたこの世界ほど、最悪なものはないように思えた。
枝切ばさみの女は言った。
―自身の狂気の源を自覚しろ。
記憶の中の父親は言った。
―登ってこい、高い、高い、マメノキを伝って。
―お前の『怒り』だけが『彼女』を解放してくれる。
「約束だ、最期の願いは聞いてやる。だが、俺はお前と同じにはならない。」
空に向かって苦々し気に吐き捨てるのは、自身の新しい『命題』だ。世界からのけ者にされた男が叫ぶ、誰に与えられたでもない、『怒り』とともに湧き出た言葉。それはこの世界そのものへの明確な宣戦布告であった。
「俺は『計画:ブレインシードを破壊する』!」
「おお、やってるやってる」
くぐもった声が、ジャックのすぐ背後に現れた。




