『加害者』
木こりのジャックは目覚める。
腕がちぎれ飛んだ肩の傷口からは無数のツタが放たれ、互いにむさぼりあうようにして絡み合ってゆく。かくして現れたのは、純白の異形の右腕であった。
「『巨人の腕』」
記憶の中で『青』と呼ばれた少年が忌まわし気に口にした言葉を木こりの青年は思い出す。青年は新しい右腕に、躊躇なく『種』を突き刺した。
『種』が内側から何かを吸い上げていくあの光景を、彼は再び幻視する。
しかし、今や彼はその『何か』の正体をはっきりと自覚していた。
―怒りだ。際限なく沸き上がる怒りを吸い上げろ。
―そのたびに俺の斧はより大きく、強くなる。
大斧とするべく、生まれ落ちた二対の漆黒の手斧を、ジャックは接続した。
そして異形の右腕の白いツタを、その融合の過程に強引にねじ込んだ。
『森』の生物を吸入した時と同じ、しかし過剰なまでのエネルギーの供給である。大斧が猛り、肥大化するその様は、斧そのものが独立した怒りをたたえているかのようでもあった。
純白のらせん状のラインが表面に伸びていき、激しいコントラストを生み出していく。大斧の脈動は、見るものにこう主張しているかのようだった。
―『右腕』を受け入れた大斧を担ぐ彼は、もはや『命題』のみに縛られる『伐採者』ではない、と。
巨人は困惑していた。
―先刻殴り殺したはずの男が、再び立ち上がっている。そしてあの『腕』はなんだ?
『そノみぎうで、な亜ぁ二いい?』
ぼこぼこと泡立つように、巨人の体表に筋肉状の組織が隆起する。
青年に確実にとどめを刺すための手段として、巨人はタックルを選択した。表面積は回避を許さず、絶対的な質量差でもって敵対者を轢殺する。その一撃が命中しさえすれば致命傷になりうることは、青年の右腕を吹き飛ばした横撃で証明されていた。
体勢を低くしたのち、猛進を開始する。ジャックにもはや回避は許されない。身体のバランスを崩されようとも、慣性と質量でもって確実なダメージを与えることができる。そしてそれは紛れもない致命傷だ。
眼前に迫る殺意そのものを目にして、ジャックが一歩も引くことはなかった。大斧を大上段に振りかぶり、接触の瞬間、巨人の身体に刃を突き立てると、青年は白い腕の剛力に任せ、棒高跳びの要領で跳び出した。その反作用を受ける形で倒れこんだ巨人が彼を再び目にしたのははるか上空であった。
再び、大斧を構えなおすと、厚い雪雲そのわずかな切れ間に、日の光が差し込んだ。
ジャックは叫ぶ。
「力を貸せ!」
青年の言葉に呼応して右腕がびしりと大斧へ無数の根を張る。腕がどくりと脈動し、持ち主も知らぬままに大斧へ『加害のイメージ』を上乗せした。そのイメージの源泉を、彼は知る由もない。
細かい白刃が表面に析出し、斧の漆黒の両刃を走り始める。
白刃のそれぞれは日の光を反射し、大斧は今や白銀に光り輝いていた。
『やめて!』
空を切って迫る刃に向かって嫌々をするように、巨人は両腕を前に突き出す。しかし大斧の勢いは止められない。
「お前は、アイツ(弟)じゃない」
ジャックの苦々しい声は、大斧の一撃にかき消された。自然落下の運動エネルギーと青年の膂力のまま打ち込まれた斧刃の傷口を、無数の白刃が切り開く。巨人の体は、容易に両断された。
轟と倒れこむ巨人の身体が、溶けかけた雪のようにぐちゃり、ぐちゃりとその形を崩していく。その中から現れたのはある男の姿だった。しかし強い力でちぎり取られたのだろう、両腕は失われている。
だらりとうなだれる顔面は白く血色を失い、身に着けたマットブラックの防護服と残酷なまでにタイH躁的だった。そして、その身体に袈裟懸けに開いた傷口は、彼の斧によるものだった。
「ー最悪だ」
全てが予想外だった。むしろそれゆえに予想はしていた。
しかし、彼はそう口にせざるを得なかった。
男の身体からは、ぽとりと「種」が排出された。
「—スパイク」
利発そうな小太りの『斥候』の身体がそこにあった。
▼▼▼同時刻。
『▼『カエデ』の伐採が確認されました。『伐採者』は識別名:ジャック。なお、彼には現在、『斥候』識別名:スパイクの殺害の容疑がかけられています。『庭師』を派遣し、身柄を拘束、更生プログラムをー』
驚きはない。『ブレインシード』再始動の報せは既に受けている。『彼』の存在を感知した段階で目覚める予定だったがー。
―しかし、『息子』とは。
脳裏によみがえりそうになった、自らの腹部を貫くあの忌まわしい感触と、穏やかな語り口をかき消すように、『監視塔』へ命じる。
『△『監視塔』へ。担当『庭師』へ伝達してください。『反抗する場合、もしくは対象に起因する脅威が生じた場合は、対象の排除を許可する』』
『▼承知いたしました。』
『△その『庭師』の名は?』
『▼識別名:シャロン、そして識別名:ジャックの二名です』
その報告を受けた少年は、深くため息をついた。頭部に装着したヘッドホンが揺れる。
『△本当に、どこにでもいる名前だ』
『植木鉢』中央地区。その中心の『監視塔』内部に、その少年はいた。和装を身にまとい、眼下に収まる涼やかな目は蒼玉のようだ。
彼は、矛のような円匙を呼び出すと、その穂先で、自らが立つ監視塔の床をつき、宣言した。
『確定』
『監視塔』が、ぞくりと震える。しかし、それを『植木鉢』の住人が知覚することはなかった。
観測された。
そう自覚したのは世界だ。次の段階へ進み始める。
『青』と呼ばれた少年は、左胸に手を当てる。その真下には、異形の『心臓』が拍動していた。




