『介入』
木製のテーブルに突っ伏して、ジャックは眠りをむさぼっている。真っ赤な夕日に照らされた木肌のぬくもりが、とても心地よい。
その安穏とした眠りのさなか、少女の声が聞こえる。年のほどは十六、七だろうか。凛として涼やかな、錫を打ったような声だ。
「―やめてくれないか、俺はひどく眠いんだ」
青年は眠い眼を何とか開けて、声の主を見ようとするが、差し込む鮮やかな日差しがまぶしくて、顔が見えない。右手で日光をさえぎろうとするが、それも叶わない。
「あれ―俺の腕は―」
未だ心地よい眠気にあらがえないまま、意識は眠りと覚醒の間を往復している。そのさなか、少女の指に紅玉の指輪がはまっているのをかろうじて目にした。
「ジャック」―俺を知っているのか。
「怠惰なのね、弱いのね、いつまで寝ているつもりなの?」
青年を叱咤する内容に反して、声の調子にはどこか優しい響きが含まれていた。
「足りないものが、あるんじゃないの?」
語尾がいたずらっぽく上がり、少女の手のひらがするりと青年の右腕を撫でたのが分かった。
―足りないもの?
自問に自答する前に、雷が彼の身体を駆け抜けた。全身の筋肉が硬直し視界が真っ白に染まる中、聴覚だけは鋭敏すぎるほどに働いていた。
『僕の正義と君の正義は、同じ根を持っている』
―失ったはずの青年の右腕から、記憶の奔流が流れ込んでくる。
『娘を提供しよう』男の声。穏やかだが、冷たい声。
『あんたは必ず、あたしが解放する』決意に満ちた女性の声。
『『巨人の腕』ー』驚きと蔑みの声。
『またおいで。新しいメニュー、考えておくから』温かい壮年の男性の声。
『『あれ』が必要なのさ。必ず』思慮深い少年の声。
『僕は必ず、ブレインシード計画を完遂する』深く澄んだ少年の声。
『斧が欲しいんだ。みんなを守るための、大きくて強い斧が』紛れもない、幼いころの彼自身の声。
必要なもの、それは。
「斧だ、弟も、—父親も。家族を守るための強くて、大きな斧が。」
喉がうまく動かないが、何とか言葉を押し出す。
「なぜあの斧が欲しいの?今のあなたにはもう何もないでしょう?守るものも、そして斧を握るための腕も!」
ほとばしる記憶の奔流の向こう側から、少女が語り掛けてくる。その口調はどこかジャックを試しているかのようだ。
―確かに何もない。このまま消えてしまえたら。もうあの得体のしれない『樹』と戦うことも、気味の悪い『ヤドリギ』を振るうことも―
『お兄ちゃん!』自身を呼ぶ幼い声が、自問に沈んでいた彼の意識を引き戻す。
「ジョン」
ぶくぶくと、頭の中心で何かが渦巻いている。
「そうだ、あいつが望んだのは一日一個の卵だった」
『だって、毎日目玉焼きが食べられるんだよ…』眠り際につぶやいたささやかな願い。
「あいつが、誰の、何を奪った」
≪ーれ。≫
『嫌だ、やだやだ死にたくない!』小さな体で兄に向けて叫んだ、最期の声。
≪—れ。≫ 渦巻く音が、形を成していく。
「確かに、今の俺に守るものはない。だから取り戻すんだ!そのためにあの斧がいる―そして振るうための腕がいる!」
少女のころころと笑う声がする。
「自分勝手ね!執念深いのね!それでこそハウリー、あんたの息子!」
白く華奢な手には、赤い金属で成形された枝切鋏が握られている。
「自覚しなさい、ジャック。自らの狂気の源を―この世界に打ち込む『怒り』を!あんたはもう、 ただの木こりじゃいられない。だからこそ、この世界を伐るのにふさわしい!」
『登ってこい。高い、高い、マメノキを伝って…『彼女』をここから解放してくれるのは、お前の『怒り』だけだ』
思いつめたように微かな、しかし―。
『頼んだよ、ジャック』
幼いころの自分があれほど望んだ、あの声。
「クソ、一回だけ。そうだ一回だけだ。なんでも願いを聞いてやる。だから―」
≪ー怒れ!≫
ジャックは今は失われた腕を天にのばして、あらん限りの声を張り上げる。
「だから、さっさとその『腕』をよこしやがれ!クソ親父!」
ちょきん。
『接続(graft)』
鋏の音が響いた。




