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プロローグ① 

―残存人類数、残り2。地表の全てを純白の森に浸食されつくした、「世界の終わり」。それでも彼らには戦う理由があった。いや、目の前の相手こそが、唯一の戦う理由だった。

 

 ただ漠と広がる銀世界に、巨樹が倒れ伏している。荒々しい切り株の切り口に、倒れた幹が皮一枚でくっついて、パックリと口を開けている。その様は泣き叫ぶ、もしくは咆哮を上げる怪物のようだ。いや、事実声を上げていたのかもしれない。


 しかし、その声は彼らの耳に届かない。

 乾いた破裂音と青白い閃光に交じって、原動機の駆動音と金属の激しい擦過音が雪原に響いては消えてゆく。

 白いカーテンのように静かに降りしきる雪を通し、第三者が彼らを視認することは難しい。地に落ちた無数の純銀の獣や虫たち。あるものは細かい刃で引き裂かれ、あるものは無残に焼け焦げ、そして皆等しく死骸として雪面に折り重なっていた。

 誰も彼らを見ている者はいない。お互いを観測することのできるのは彼ら自身だけだ。

 ごく一部の例外を除いては。

 

 命を削りあっているのは相対する二名のみ。しかして、その雪原は間違いなく戦場だった。


 かたや巨大なチェーンソーを担いだ大男。表情を隠すマットブラックに塗装されたヘルメットとバイザーに、得物の攻撃的な外観が男の巨躯を更に威圧感あるものにしていた。手中のチェーンソーは軌道上の分厚く鋭い刃を激しく躍動させ、持ち主の膂力なくしては相手を切り裂く欲動を抑えきれぬようであった。樹木の伐採という本来の用途には過剰なほどの威力は、痩躯の少年に凝と向けられている。


 大男を「力」とするなら、対峙する少年はまさしく「威」だ。

 白皙の肌の上に鮮やかな瑠璃色の生地に四角い渦巻の幾何学模様の描かれた和装をまとい、頭にはヘッドホンを付けている。涼やかな切れ長の眼窩に収まる瞳は蒼玉の如き青に澄んでいる。彼の手に握られている得物は二メートルに迫ろうかという柄を持ち、先端に鋭利な刃を設えてありながらも、槍や矛とは明らかに目的の違う丸みを帯びていた。

 それは円匙(シャベル)であった。地を掘り返すための農具。しかし少年がそれを手にした姿は、眼前の大男を大きく上回る「威」を備えていた。少年が抱く深く熱い怒り、そして矜持が、その源だった。

 幾合とも続いた攻防はかすかな切れ間を見せた。休戦でも、ましてや決着でもない。互いの挙動を見極めるためのタイミングが奇跡的にかぶっただけの、紛れもなく偶然の産物だった。男はチェーンソーを振るう手を止め、少年は円匙を地に向けたまま、間合いの外数ミリまで互いに後退する。先に口を開いたのは少年だった。

「本当にしぶとい方ですね、どれだけボロボロになれば気が済むのですか、あなたに最初にお会いした時、こう警告したはずです。『あなたにこの世界での居場所はない』と。そうですね、ハウリー」

『ハウリー』と呼ばれた男はバイザーを上げる。浅黒い肌と、黒曜石のような深みを持った黒い瞳があらわになる。彼は少年を真正面に見据え、まぶしそうに目を細めた。

「ああ、よく覚えているよ、(サフィルス)。それは間違いない。ようやく、僕にも意味が分かるようになってきた。確かに遅すぎる、あまりに時間がかかりすぎた。おかげであと一回が限度だ。だけどここに立つ理由を見つけることができたのは君のおかげだ」

 上下漆黒の防護服と隆々とした体躯からは想像もできないほど穏やかな表情と語り口で、男は感謝を口にする。

(サフィルス)』と呼ばれた少年は表情も声色も変えずに続ける。

「—『意味』と言いましたね。」

 抑揚にかけた少年の言葉は無形の重さを持って、戦いにつかの間訪れた形だけの間断を支える細糸に容赦なく重さを加えて行くかのようだった。そしてそれが破断する未来が数十秒も先のことでないことは、少年と彼の言葉を一身に受ける大男にとって共通の事実だった。

 男の持つチェーンソーは切っ先をわずかに上げ、少年は円匙の穂先を自身の後方に向けた。その穂先は少年の身体に隠れ、男からは見ることができない。

「この世界に『意味』なんてありません。少なくとも、彼女が幸せになれない世界などには、とても。僕にあるのはただ一つの『命題』しかありません」

「『命題』、とても残酷な言葉だ。この世に生まれ落ちた瞬間に、僕たちはその言葉に縛られている。真か偽か、二者択一の癖に解法がある保証もない。君のその『命題』、定めたのは自身の意思か?それとも『監視塔(ウォッチタワー)』か?」

「くだらない質問です。そもそも、『監視塔(ウォッチタワー)』は何らかの意思判断を下すものではありません。僕の意思に誰かが介在することはあり得ない。何しろ、僕はそのための存在なのですから」

「だとしたら、やっぱり君と僕のここに立つ『意味』は同じさ」

男は続ける。2+2と、2×2の答えが同じであると、算数の苦手な子供に言い聞かせるように。

「僕の意味と君の意味は同じ正義を持っている」

「正義?」

奔る少年の怒気を男は認識した。目に映るでもないわずかな大気の震え、鼓膜を打つでもない円匙のうなりが、ぴりぴりとした皮膚感覚として男の脳に伝達される。


―来るか。


 男はその巨体からは驚くべき速さでもって、チェーンソーを振りかぶり地面に突き立てる。無数の荒い歯は固くしまった雪原の深みを食い荒らし、巻き上げられた雪煙が大男を覆い隠した。

 対して、少年の行動はごくわずかだった。

「『確定(Plant)』」

唇のかすかな開閉。それは攻撃ではない。男がチェーンソーを振りかぶるよりも早く、数瞬前に少年が円匙を後方に構えなおした段階で、すでに彼の攻撃は完了していたのだ。後はそれをエンターキーを押すのと同じく『確定』するだけ。

 突如として、閃光と爆発がその場を支配する。

厚い雪雲に覆われているはずの天空から、落雷が男のシルエットへ向かって降り注いだのだ。

濃厚な肉の灼けるにおいが辺り一面に立ち込めた。チェーンソーと爆発が引き起こした土煙に未だ覆われる男のシルエットに向かって、少年は変わらず平坦な調子で語り掛ける。

「学習しませんね、ハウリー。あなたと僕の初速には大きすぎる隔たりがあります。僕の『参照(Plow)』は既に完了しています」

円匙を上段に大きく振りかぶり、シルエットに向かってふりおろす。焼け焦げたシルエットはどさりと両断され、地に伏した。その刹那、強烈な違和感が少年を襲ったのは、ひとえにその感触のせいであった。

 袈裟がけに振り下ろした刃が通過しただろう場所にあるべき肉がない。あるべき骨がない。切り伏せた正体があらわになったとき、少年の前に姿を現したのは人型を模したというにはあまりにグロテスクなオブジェだった。

 獣が折り重なるようにしがみつき胴体部分を、その上には鳥が止まり、頭部を形作る。仕上げには全体のシルエットの凹凸を整えるかのように、蝗が無数に張り付いていた。何よりも特徴的なのは、その肉人形を構成する動物全てから、頭部が取り去られているという事実だった。それぞれのあるべき頭部の代わりにはそれに見合った大きさのハサミが取り付けられ、肉体を焼きこがしてなお、筋肉のけいれんに任せてぴくぴくと細かい開閉動作を繰り返していた。

―馬鹿な、『首無し(Headless)』を。それは―。

思考が一瞬からめとられる。

 鋸刃が少年の薄い胸から、にょきりと突き出した。青、白、黒の三色によってのみ構成されていた戦場に、鮮やかな赤が加えられる。少年の力が隔絶したものである事実は、それまで持ちこたえた男の実力を裏付けるものでもある。

 少年の見せたかすかな動揺は『大きすぎる』隙に過ぎなかった。


投稿していたものもあるにはあったのですが、固まり切っていなかったので再投稿します。

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