第18話 食言
「…は?エルメルトの書斎で…?リエン、お前何言ってるんだ…?」
「リーゼルは見たことない?エルメルトと仲良かったでしょう?」
「お前…自分が何を言ってるのか分かっているのか…?エルメルトの死後、俺はやつの書斎整理をしたが、そんなものは出てこなかった。目にしたことも、やつの口からブラックキャットの話も聞いたことはない」
「でも、私、確かに…」
「なんで今さらそんな話を思い出した!?兵団の頃の記憶が欠けた今、なぜ思い出した!?何か他の記憶と、勘違いしてるんじゃないか!?」
「私も、なんで忘れていたのか分からない…。ただ、エルメルトとのことを思い出していたら、思い出したの…。だから、リーゼルに会って話を聞きたかったの」
「…何かの記憶と混ざってる、リエン…そうだろ。それが事実なら、俺たちは…」
「終わりだにゃ」
突然声を発したブラックキャットに、リーゼル、キルナンは剣を構え、ブラックキャットに向ける。
「ブラックキャット、あなたは…、エルメルトを知っているわね…?」
リエンはニヤリと笑うブラックキャットの顔を、静かに見つめる。
「何かを忘れると、何かを思い出すって聞くけど、まさか、その記憶を思い出すとはにゃ〜。彼とは、しょっちゅう会っていたにゃよ」
「おい、クズ猫。次にまた適当なことを言うなら、この場で今すぐ二度と話せないようにしてやる」
「信じたくにゃいなら、お好きにどうぞ。…哀れだにゃ?仲良かったにゃに、何も言ってもらえてなくて。そうだ、これを見せれば、君も納得するかにゃ?」
ブラックキャットは薄ら笑いを浮かべ自分の服から何かを取り出すと、鋭い爪で掴んでみせる。
緑色のブローチのようなものだった。
「それ、エルメルトが胸につけていたものだわ…」
「にゃはははは!」
片方の金色の目を見開き大きく笑うその姿は、魔獣としての荒々しさを残していた。
「…くそっ!!」
リーゼルは悔しさに唇を噛みながら、瞳を潤わす。
「一体なにがどうなってるの…」
「おそらく、エルメルト全団長は私の兄の研究に協力していたのでしょう」
「キルナン…のお兄さま…?」
リエンはまた頭がズキズキと痛み出し、頭を片手で押さえる。
キルナンはリエンの異変を横目で確認したが、そのまま話し続ける。
「兄が魔獣に対して行っていた研究について、父上と相談した結果、王族内で秘密裏に調査をしました。兄は記録用として書物を作成しており、その際に、兵団のエルメルト団長との接点が見受けられました。兵団で捕獲した魔獣を、研究対象として回してもらっていたようです」
「魔獣…研究…」
リエンはブツブツ言いながら、痛みが増す頭を必死にさする。
「…それは事実で間違い無いのか」
リーゼルはブラックキャットに剣を向けたまま、低い声でキルナンに尋ねる。
「間違いないと思います。兄も口を割りませんし、エルメルト前団長も不在の中、書物のみの証拠でしたが。…このブラックキャットが、今証拠を出しましたからね」
キルナンはブラックキャットの側にかがむと、網の中に指を入れ、ブラックキャットが掴んでいる緑のブローチを取ると、ブローチを裏返して何かを確認し、キルナンはブローチをリーゼルに向かって投げた。
リーゼルは受け取ったブローチに視線を落とすと、眉間にシワを寄せ無表情で見つめていた。
ブローチをキルナンに指で弾いて返すと、キルナンは今度はリエンに近寄り渡す。
ズキズキ痛む頭を抑えながらブローチの裏を見ると、そこには「エルメルト」との刻印があった。
「…兵団のこれからの処遇はどうなる」
「申し訳ありませんが、私の立場からは何も言えません。まずはこの事実を父上に報告して、その上で父上が決めることですので…」
「…そうか。ただ1つ、これだけは信じてくれ。今の俺らは、お前の兄貴のクソ研究に協力したことはない」
「分かっています。ただ、書物が見つかったときの父上の反応を見る限り、兵団存続は正直難しいかもしれません…」
「…会わせて」
「リエン?何か言いましたか?」
「キルナン、あなたの兄に会わせて」
「…なぜ会う必要があるのですか?」
「私ね、あなたの兄絡みになると頭が猛烈に痛み出すの。それって、欠けてる記憶に関係するんじゃないかなって」
「…記憶を失うほどに、あなたは何かに追い詰められた。それには、おそらく兄が関わっているのです。会うのは危険過ぎます。もうこの件は私の方で解決しますので、リエンはもう思い出す必要はありません」
「私の記憶なのよ…!忘れたままで大丈夫、って、あなたが判断しないでよ!」
「会わせられません」
「あの汚れた螺旋階段の先にいるのが、あなたの兄でしょ?それなら私が今から会いに行くわ!」
「やはり、先ほど兄のいる独房部屋へ行ったのですね」
「偶然たどり着いたのよ!行きたくて行ったわけじゃない!」
「会った方がいいと思うにゃあ」
ずっと黙って見ていたブラックキャットが、ニヤリと笑う。
「ご主人様は、君に会いたがっていると思うにゃ」
「…ならば、余計に会わせたくはない。リエン、このまま部屋へ戻ってください。ブラックキャットは私とリーゼルとで片付けます」
キルナンとリーゼルがブラックキャットを掴み、立たせようとする。
「ねぇ、ブラックキャット、私に何があったの…」
「……」
「ねぇ、あなた、私の欠けた記憶の内容、知っているんでしょ。教えてよ」
ブラックキャットは、黄金の瞳をリエンに向ける。
「知りたいのなら教えてあげるにゃ。君はご主人様に…」
「リエン、聞く必要はありません!」
キルナンの怒号にかき消されるブラックキャットの声。
リエンは鋭く睨みつけるような目でその場にいる全員を見ると、1人部屋を飛び出す。
「リエン!!」
キルナンとリーゼルの声が背後から聞こえたが、お構いなしに走り続けた。
城内を散歩したときの道を戻るように進み、螺旋階段を見つけると花に触れ隠された螺旋階段を出す。息することすら忘れたような勢いで駆け上がり、上へ辿り着くと石の扉の前で立ち止まる。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
走っていた間、何も考えずここまで突っ走ってきたリエン。
「また来たんだね、リエン。私の言った通りだろう」
「あなたは、キルナンの…お兄さまなのね?」
「そうだよ」
「私の無くした記憶を取り戻せるって言ったわよね、お願い教えて」
「いいでしょう。ではまずは…」
ヒュッ!カチャッ!!
螺旋階段の手すりにフックがかけられ、リーゼルがブラックキャットを抱えて目の前に降り立った。
「…リーゼル…」
「兵団では、単独行動は禁止だと決めただろう」
「兵団の記憶がないのよ。そんなこと言われても知らないわ」
「…ずいぶん、ヤケになってるな。そうやって突っかかっても得られるものはないぞ」
「リエン!!」
螺旋階段を上ってきたキルナンから向けられる心配する視線に、リエンは心苦しくなる。
「…私は諦めないわ。私の記憶なのよ。ここを開けて。あなたのお兄さまに会わせて。記憶を取り戻したくなったの」
「…わかりました。あなたがそう望むのなら」
キルナンは鍵を取り出すと、石扉の穴に差し込む。
「…ですが、覚えておいてください。何があっても、私はリエンのことを愛していると」
「……わかったわ…」
自分の要求ばかり押し付けるリエンに反し、キルナンは変わらず自分を優先してくれるその姿に、リエンは心が締め付けられたが、もう引き返す気はなかった。
キルナンが石扉を開けると、内装も石で作られ殺風景なその部屋の中に、窓の近くに座る人物がいた。月が雲に隠れている今、小さい窓からは光が差し込まず部屋は暗く、よく見えない。
「やぁ、久しぶりだね、リエン」
月が雲から出ると、窓から差し込む月の光に照らされ、徐々に見えてきたその姿は、背中から翼が生え、顔半分と手や足など体の一部分が魔獣化したアーク王子だった。




