第17話 既視
(リーゼルはまだかしら…)
リエンは浮かない顔で、部屋の窓から外を見下ろす。
キルナンがリーゼルあてに使いを出してから、既に3日経過している。
キルナンはというと、今朝早く父である国王と話があると、部屋を出たきり戻ってこない。
(ずっと部屋にいるのも退屈ね…)
本来であれば王子の妻として公務への参加、王族としての勉学に努めるところだが、リエンが記憶喪失であることから体調が万全になってから、また王室の雰囲気に慣れてからにするよう取り計らわれていた。
とはいえ、こちらが恐縮するほどに優しく丁寧に接する国王や王族の人々に、リエンは自分が腫れ物に触るような扱いを受けている気もして、居心地も悪かった。
「……だめだわ、じっとしてると煮詰まってくる」
リエンは部屋にいる侍女に1人で外に出ることを告げると、城内を散歩することに決めた。
城内を歩くときは必ず誰かお供につけるよう、もしくは自分を呼ぶようキルナンに言われていたが、今は1人で歩き回りたい気分だった。
「ん〜!1人の時間て、やっぱり最高」
リエンは久しぶりの息抜きの時間に、気持ちが落ち着いていく。
最近はキルナンがベッタリくっついて離れず、仕事がない時間はどこへ行くも何をするも一緒で、正直ちょっと参っていた。
「…あれ、ここ絵が1枚ない」
ずいぶんぐるぐる歩き回りどこに着いたのか分からなくなっていたところに、目の前に見たことのない螺旋階段が現れた。そこの壁に国王、キルナンと王族に関係する建物の絵が飾ってあったが、1箇所だけ絵の代わりに花が貼り付けてあった。
(そういうデザインなのかな?)
リエンは手を伸ばし花に触れると、ガコン!という大きな音が螺旋階段の上で響いた。
「な…なに…?」
恐る恐る上を見上げながら螺旋階段を登っていくと、階段の途中から横に伸びる通路があり、その先に扉があった。
その通路は灯されている火の数が少なく、奥にある扉までの道のりは薄暗く気味が悪い。
その様子を見れば誰もが引き返すところを、リエンは兵団員だった気質も関係してか、気になって近付いた。
薄暗い道を歩いて行き扉の前に着くと、扉についている丸い取手を持ちひねって扉を開ける。
その先は、真っ暗な中に先ほどとは違い、ボロボロの螺旋階段が続いていた。
「なにここ…気持ち悪い…ひゃっ!」
ヒュウっと生ぬるい風が、リエンの肌を気持ち悪く撫でていき、鳥肌がたったリエンは引き返そうとする。
しかし、恐怖心の中でもこの先に何があるのか好奇心が勝り、もう一度螺旋階段を覗くリエン。
(途中まで行って、上に何があるのか確認してから引き返せばいいわよね…)
リエンは横の壁にかけてある松明を取ると、手に持ち螺旋階段を1人上っていく。
リエンのドレスの裾が階段をする音だけが響き、その静かさと薄気味悪い空気に、リエンの心臓の鼓動が早まる。
(思ったより長いわ)
暗くて分からなかったが、螺旋階段は上へとずいぶん長く続いているようだった。
自分がどのくらい上ったか確かめようと下を見たとき、開けていた扉がバタン!と大きな音をたて勢いよく閉まった。
「きゃあっ」
驚き身を縮こませるリエンは、誤って持っていた松明を下に落としてしまう。
「あっ、やだ、どうしよう…!」
螺旋階段の手すりに時々ぶつかりながら、カーンカーンと音を立てて落ちていく松明は、だんだんとその火が小さくなっていき、ある瞬間フッと消え下にカツーン!と落ちた音がした。
急に真っ暗になってしまい、パニックになるリエンだったが、上の方にわずかな灯りが見え、意を決して更に螺旋階段を上るリエン。
(扉だわ…)
目の前に現れた分厚く殺風景な石のような扉が、松明に照らされ不気味に存在していた。
(引き返した方がいいわね…)
直感でそう感じたリエンは、階段を下りようと足を伸ばしかけたとき、石の扉の向こうから声が聞こえた。
「…エン」
リエンは息を潜め、石の扉に耳をそっとあてる。
「リエン…君だね」
「…誰かいるの?あなたは、誰?」
「会えば分かるよ。リエン、私は君の記憶を取り戻すために協力できるかもしれない」
(何を言ってるの…?それになぜ私の名前を?)
「まずは、あなたは誰かという私の問いに答えて」
急に、ズキズキと痛み出す頭を抑えながら聞くリエン。
「それは、また次に君がここへ来たら教えるよ」
「そう。私はもうここへは来ないから」
そう答えると、リエンは壁の松明を急いで取り、扉の向こうから声が返ってこないうちにと、螺旋階段を止まることなく走って降りる。
下まで降りると、先ほど落とした転がっている松明を拾い、リエンは素早く扉を開け出ると、深く息を吐いた。
(あの声を聞くと、なんだろう頭が痛くなる…)
リエンはこの場に座り込みたいほど疲れていたが、気持ちを奮い立たせ、急ぎ部屋へと戻ることにした。
軽い散歩のつもりが、どっと疲れてしまったリエンは、やはり部屋に留まっているべきだったと後悔した。重い足取りで部屋までゆっくり戻っていたところに、部屋から勢いよく出てきたキルナンと会った。
「リエン!!どこに行っていたのですか!心配して探しました」
青ざめた表情のキルナンに、リエンは後ろめたい気持ちになる。
「ちょっと城内を歩いていたの、ごめんなさい」
「そうでしたか。次からは1人ではなく、必ず誰かと行くようにしてください。それと、リーゼルと連絡がつきました。今ここに向かっているそうです」
「本当!?良かった」
リーゼルの安否が分かり、胸に手をあて安堵する。
「リーゼルなのですが、こちらに来る際に……リエン?ずいぶんと、ドレスの裾が汚れていますね」
「えっ?ほんとう?」
裾のレースには黒い汚れや砂埃などがつき、レースが白色だったためか汚れが目立っていた。
「…先ほどはどこへ行っていたのですか…?」
「えっ、だから城内を…」
「城内のどこに?」
「それは…」
「お話中失礼いたします。リーゼル様と兵団御一行様がお着きになりました」
「…分かった。すぐに行こう」
執事からの報告がリエンにとってタイミングよく入ったことで、答える時間がなくなりホッと息をつく。
「リエン、行きましょう」
「はい…」
いぶかしげな表情のキルナンと並んで歩きながら、リーゼルの待つ部屋へ向かう。
「リエン、先ほど言いそびれていたのですが、リーゼルは1人で来たわけではありません」
「兵団員も一緒っていうことでしょ?」
「それ以外に、もう1人、いや1匹と伝えた方がいいでしょうか」
キルナンは、目の前の扉の取手に手をかける。
「医者は無理矢理に思い出させてはいけないと言いましたが…。ショックかもしれませんが、一度見てもらえますか」
キルナンは扉の取手を手前に引くと、扉がゴゴゴと重い音をたてながら開いていく。
部屋の中央にはリーゼルと、あと網のようなものにくるまった、何かが一緒にいる。
「リエン、ブラックキャットです」
キルナンの手が背中に当てられ、リエンは一歩、また一歩と、ゆっくりとリーゼルの元へ歩み寄る。
「リエン、こいつを覚えているか…?」
リーゼルが視線を落とすその先には、形こそ人間に似ていたが、腕は1本なく、足も1本は反対側に曲がり、片目は潰れ、耳は1つなかった。それだけでなく、全身の至る所に傷やあざがあり、痛々しかった。
「…実は…この前少しブラックキャットを思い出したんだけど…私の記憶とずいぶん見た目が違う…わ…」
すぐに目を晒し、見た目の気持ち悪さにリエンは口を手で押さえる。
「リーゼル…この傷はあなたがやったの…?」
「背中と腹に1箇所ずつ傷はつけたが、それ以外は俺じゃねぇ。探し出したときには、もうこういう状態だった」
「誰にやられたのか聞いたのですか?」
キルナンは、暗い表情でブラックキャットを見たあと、リーゼルに視線をやる。
「あぁ、聞いた。だが答えねぇ」
リーゼルは、ブラックキャットを足の先で軽く蹴るも、ブラックキャットは片目だけになった大きな金色の瞳を瞬きもせずリエンに向けたまま、動こうとも話そうともしない。
キルナンとリーゼルは意味ありげに目配せをした後、リエンの方を振り返る。
「この後、私はリーゼルとやらなければならないことがあります。リエンは部屋に戻っていてください」
「…待って!私リーゼルに話したいことがあるの」
キルナンとリーゼルは、眉間に皺を寄せリエンを見つめる。
「私…。ブラックキャットの絵を、エルメルトの書斎で見たことがあるわ」




