第16話 体験
「わぁ〜っ、賑やかね〜!」
街中の至る所で音楽を奏でる人がおり、家づたいにカラフルな紙テープやガーランドや旗が吊るされ、街全体が活気付いていた。
あまりにも多くの店に目移りしつつも、リエンは1箇所ずつ立ち止まっては中を覗き、商品を手にとり笑顔でキルナンに見せていた。
「リエンは、城下街でこうやって過ごすのは初めてですか?」
「うん…たぶん、そうかな?今の私の記憶にはないなぁ…。私の住んでいた家からも遠いし、あえてくる用事も無かったのかもね。それにしても、おいし〜っ!」
先ほど2人で入ったパイの店で、アップルパイを頬張りながら幸せそうな顔をするリエンを、キルナンは優しい眼差しで見つめていた。
「気に入りましたか。それでしたら、定期的に城へ届けるよう手配しましょう」
「んんっ!そんなっ、私のためにそんなことまでしなくていいわ!皆んな忙しいでしょうし…余計な手間をかけさせなくないの。私は、ここにまたキルナンと食べに来られれば、それだけでいいのよ」
「もっと欲を出してもいいのですよ。あなたはもう私の妻なのですから、このくらい…」
「本当に、いいの。…自分の欲求だけを相手に押し付けても、結果うまくいかないもの…」
「…過去に、何かそういった経験をしたのですか…?」
リエンは困ったように笑うと、出されていた紅茶を一口飲む。
「場所を変えない?キルナン」
賑やかな城下街から少し離れると、人気もない静かな草原があり、そこでは四季折々の花が綺麗に咲いていた。
「うわぁ〜綺麗っ!私、さっきの賑やかな街も好きなんだけど、やっぱりこういう自然がたくさんある場所の方が、なんだか落ち着くし好きなのよね。記憶を失う前の私もそうだったのかなぁ〜?」
しゃがんで花に触れニコッと笑うリエンに、キルナンは複雑そうな笑みを浮かべる。
「さっきの話の続きだけどね、私、…昔エルメルトのことが好きだったの」
「…亡くなった兵団長ですか?」
「そう…。兵団にいた記憶は今ないんだけど、エルメルトは私のこと、すごく気にかけてくれてたのは覚えてる。兵団の中で当時私がどうだったのか、とかは分からないんだけど。エルメルトは多忙で自分の時間も限られている中、私にたくさんの時間をさいてくれてた…。私が行きたいと言った所には連れて行ってくれて、私がやりたいと言ったことには一緒に挑戦してくれて…一緒の時間を過ごすのは本当に楽しかったの」
風がヒュッと吹き、リエンのドレスと赤い髪がふわっと綺麗になびく。
「でもね、ある日、数種類の魔獣討伐計画の戦闘中に、エルメルトは亡くなったの。普段の英明で戦闘力も高かったエルメルトに、そんな死は考えられないって…。そしたら、エルメルトの側近だった人が私に言ったの。君が彼を連れ回すから、彼は疲弊してたと。充分な休養も取れず、亡くなったのは私のせいだ、って」
「そうだったのですか…」
「本当に自分本位だったと、私は思ってる。エルメルトが全て受け入れてくれるからって、それに甘え過ぎてた。…エルメルトが亡くなった後ね、私彼の書斎に…そう、行ったのを…思い出した…。それで、その書斎に…あった机を開けて………」
「リエン…?…何か思い出しましたか…?」
「開けて…その中に…いたっ!」
リエンは額を咄嗟に抑える。
「大丈夫ですか!?」
「ごめん、大丈夫」
体を支えてくれるキルナンに、リエンは、はぁ、はぁと肩で荒く息をする。
「リエン、今日はもう帰りましょう。少し無理し過ぎたかもしれません」
「うん、ごめん…」
キルナンは軽々とリエンを抱き上げると、そのまま馬車まで連れて行った。
ガタガタ来た道を戻る最中、リエンはキルナンに寄りかかるように座り、夕方になり赤く染まる空を窓から眺めた。キルナンは、そんなリエンの様子を心配そうに見つめる。
「…ねぇ、キルナン…。あとでリーゼルに会いたいんだけど、呼んでもらうことってできるかしら…?」
「リーゼルを…ですか?……分かりました、帰ったらすぐに手配させます」
「ありがとう」
徐々に近くなってくる城を見つめるリエンは、城の頂き付近に視線をやり、また何か光るか確かめるようにじっと見つめていた。
◇◇◇
「リーゼルを呼ぶよう、兵団のアジトに向けて手配しました。ですが、私が彼と別れたときはブラックキャットの捜索に行くと言っていましたので、アジトにいなければ呼び寄せるまで時間がかかるかもしれません」
「ブラックキャット…?」
「…はい、知能の高い魔獣の呼び名です…。思い出せそうですか…?」
リエンは無言で首を横に張ると、ソファに座りまた何か考え混むような難しい顔をしていた。
「リエン、この部屋には慣れましたか?」
キルナンはリエンの横に座ると、前屈みになりいたわるような表情でリエンの顔を覗き込む。
「そうね…広くてまだ落ち着かないわ。それに、寝室に、お風呂に、また別に部屋があるんでしょう?部屋の移動だけで、いい運動になりそうだわ」
「ははっ、運動とは、兵団員だったリエンらしい発想ですね。確かに、自分で歩くとそうかもしれませんが」
「きゃっ、なにするの?!」
ふわっとリエンを抱え上げたキルナンは、笑顔をリエンに向ける。
(…うっ。笑顔が美しい…)
キルナンの端正な顔を向けられ、リエンはドキドキしながらも言葉にできない満足感でいっぱいになる。
「ねぇ、どこに連れて行くの?」
「今日は出掛けて疲れているリエンに、歩かせるのは良くないと思いまして。私が連れて行きます」
「だから、どこに…」
「ここ、寝室にです」
キルナンは先ほどの部屋から通ずるドアを開けると、その先に広がる寝室へとリエンを抱えたまま入る。
「あ、えっ…ま、まだ寝るには早くない…?キルナ…きゃっ」
広々とした大きなベッドに優しく下ろされたと思ったら、両手首を押さえつけられ上に覆い被さるキルナン。
「…いやですか?」
「い…嫌じゃないけど、まだ心の準備が…それに、まだ夕が…た…」
「私に身を任せてください…」
そう言ってリエンに優しく口付けをしたあと、耳に軽くキスをしリエンの全身にゆっくりと唇を這わせていく。
◇◇◇
明るい日差しを感じ、目をそっと開けるリエン。
「目が覚めましたか」
ベッドに横たわるリエンの隣には、笑顔のキルナンがこちらを見ていた。
「…キルナン…、おはよぉ」
「おはようございます。すみません、昨夜は無理させ過ぎましたね」
「あっ…あんなに何回もするものだと思わなかったわ…」
「すみません、リエンが綺麗で欲が出てつい…」
「あの後夕食もお風呂もしないまま、もう朝よ…キルナン〜〜〜」
「すみません、本当に、それは悪かったと思っています。今日からは、全て済ませてからにしますね」
「きょ…う?!」
「私は毎日でもリエンと触れ合いたいですが」
しどろもどろになっているリエンの上に覆い被さるキルナンは、下にいるリエンの方へと顔を近付ける。
「あっ…。あのっ!リーゼルは、リーゼルは来ました?」
「いえ、使いの者はまだ戻りません。やはり、リーゼルはアジトにいなかったようですね」
「そう…。それなら、私もアジトに行ってリーゼルを待とうかしら」
身を捩り起きあがろうとするリエンの肩を押し、キルナンはリエンを見下ろす。
「行き違いになっても困ります。使いを出している私を信用できませんか」
「信用はしてるわよ…!でも、なるべく早くリーゼルに会いたくて…」
「会いたい…ですか。…リーゼルが着いたら必ず伝えますので、今は私に集中してください」
言葉を言い終わるかどうかのうちに、キルナンはリエンに唇を重ね激しくキスをする。
「ま…まって、キルナン」
「待てません」
耳元で低い声で囁くキルナンに、リエンは全身でビクッと反応し、されるがまま流されていく。
◇◇◇
「2人ずつ俺の左右に分かれて奴を追え!!残りは俺の後ろだ!」
「はい!!」
リーゼルは腰に装着したフックを前方に投げながら、木々の間を素早く移動していく。
リーゼルの他にも数人が同じようにするが、圧倒的な速さで進むリーゼルは、気付けば仲間より数メートル先を1人で進んでいく。
「今だ!!」
リーゼルの大声を合図に、前方から大きなネットが飛び出し、けたたましく爆発音が鳴る。
ネットにくるまれた何かは、回転しながら複数の木々にぶつかり激しく落ちていく。
ネットにくるまれゴロゴロうごめくものの隣に降り立ち、リーゼルは冷ややかな目で見下ろす。
「…よお。この前会ったときより、ずいぶん無様になったなぁ」
「その無様な僕1人に、大勢で必死じゃにゃいか」
「そんな体じゃあ、この先どうやっても長くは生きていけないだろ。誰にやられた」
「あはは、話すと思ったのかい?聞くだけ無駄にゃ」
「…そうか」
そう言うと、リーゼルは目にも止まらぬ速さで剣をふると、ネットの隙間から血が吹き出す。
「ぎゃあああ」
「ブラックキャット、お前には、山ほど聞きたいことがある。まだ先は長いぞ」
リーゼルはブラックキャットが包まれたネットを掴むと、ズルズルと引っ張りながら木々のせいで日の光が届かない暗くなっている奥地へと向かう。




