17生徒会お茶会(13)
ざわめきが走った。
━━まじか、こいつは。
乙彦もしばらく口が利けなかった。今まで見たことのない新井林の表情もそうだが、その言葉を受け止める佐賀はるみのうつむきかげんも、雅弘が申し訳なさそうにきょろきょろしている様子も、なにもかもが自分の思っても見なかったものだった。
━━まさかったって、あの新井林が自分の過ちを認めたというのか。
━━でも、それは言えないことなのか。
佐賀はるみが雅弘に相談を持ちかけた理由が、新井林の言動にあった以上、これは受け入れざるを得ない。この話も初耳だった。雅弘は今までそんなこと一言だって口にしたことがない。
「雅弘、それ、本当なのか」
「おとひっちゃんごめん、けど、まあここは、穏便に済ませてもいいかな。健吾くんも言ってたけど、この内容はプライベートな話だよ」
「ちょっと待った。佐川、プライベートな理由とか言うけど、ここまで話がこじれてぐだぐだした以上、関係ないとは言えないんじゃないの」
古川が口出しをした。乙彦のテーブルでは泉州も阿木も大きく頷いた。一方、名倉は無関心にデザートをつついている。
「あんまり難しいことは考えないでシンプルにいこうよ。今のあんたの話をまとめる限り、霧島が見たという佐賀さんとあんたとのいちゃいちゃはなかったこと。単純に佐賀さんがあんたに、新井林との痴話喧嘩相談に載ってあげていただけ、それともうひとつ、あんたの彼女が可南の会長さんだったってこと、だよね。二股なんかかけられない、そういうことだよね」
「そうだよ、うん、よくまとまってる」
けろりとした顔で雅弘は切り返す。
「たださ、それだとちょっと気になることがあるんだよねえ」
古川の目付きが少々きつくなる。清坂が古川に近づこうとするも、羽飛に制されている。
「これ小耳に挟んだんだけどさ、あんた、しょっちゅう可南の会長さんとこに通いつめて手紙渡してるって聞いたけど」
「どうして知られているのかわかんないけど、そうしてるよ。だって女子高だと男子入れないし」
「あんたなら女装もいけるのに、なんてどうでもよくって。おんなじ中学の彼女なのになんでわざわざ遊びにいく必要あるわけ? 目立つよ? うちから近いなら直接遊びに行きなよ」
「そんなやだよ。だって大変なんだよ。おんなじ中学だからこそ面倒なこともあるんだよ。ね、おとひっちゃん、学校一緒だと家族ぐるみの付き合いになっちゃうからいろいろ話せないってことあるよ。学校離れてるからある程度自由にできるんだよ」
雅弘は顔色変えずあっさりと答えた。言っていることも間違っていない。助け船を出すことにした。
「古川、その通りだ。雅弘の言う通り、同じ学区内でかつ小中学が一緒だと、親も知り合いだから情報交換されてしまっている。特に雅弘の家は書店でもあるからいろいろと繋がりができやすい環境でもあるんだ。水野さんと連絡するにおいて、外で会うというのは正しい」
「関崎も詳しいねえ」
さらっと皮肉っぽく、古川は呟いた。
「面倒な事情があるのはよっくわかったけど、じゃあ質問。その手紙をさ、なんでゆいちゃんに渡したわけなのかなあ。水野さん、知ってるよね、霧島ゆいちゃん。さっきやってきたお騒がせ坊主のお姉さん」
水野さんがこっくり頷く。表情は伺えないがうつむいてはいない。古川が畳み掛ける。
「ゆいちゃんが佐川から手紙を預かって、その上で水野さんに渡してもらったってこと、なかった?」
「ありました」
「つい最近もなかった?」
「一回だけ、です」
言葉をとぎらせ、雅弘のほうをちらと見つめる。その瞳に曇りはない。乙彦には向けられないその眼差し。見つめるだけだ。
「ああ、あったあった。あの人だよね、お人形みたいな感じの、掃き溜めに鶴っぽい感じの人だよね。さっきたんの親友なんだよね」
雅弘がげんこつを片手でもみもみしながら朗らかに水野さんへ問いかける。
「なんでそんなこと詳しく知ってるのかわからないけど、さっきたんが生徒会の用事でなかなか帰れないって聞いた日に手紙を渡したことはあるよ」
「やっぱりねえ」
ちらっと古川は清坂と、なぜか難波を見やった。
「悪いんだけど」
静まり返った中、立ち上がった。難波に近づきぽんぽんと肩を叩いた。
「これは美里や羽飛じゃなくて、私の一存だからね。あんたには少々痛い目見てもらうけど、あとでちゃんと借りは返すからさ」
「古川どうした?」
戸惑った風に難波が問う。
「それと、美里、例のことなんだけど」
今度は清坂に呼び掛けた。はっとなにか気づいたのか慌てて清坂が古川のそばにかけよる。激しく首を振る。
「だめだよ! そんな、曖昧なこと!」
「あんたは生徒会長だし学校の重圧もあるから身動きできないのは知ってる。大丈夫。けど私は何にも知らない評議委員でございなので、ここはやりたいようにいわせていただくよ。黙ってて」
「でも、こずえ、だめだってば!」
懸命に制する清坂を、追ってきた羽飛が腕をひっぱり、
「美里落ち着け。古川が泥かぶってくれるならいいだろ。難波、お前もな」
なだめようとする。思わず自分も腰が浮いた。なにかが起こっているのだけは感じるのだがそれがなんだかというところまではまだ把握しきれていない。
乙彦が近づこうとするのを制したのは難波だった。片手で追い返すしぐさをした。古川に告げた。
「古川、言いたいだけ言え。この場であったことは外に持ち出すつもりなどない。もちろん、恨みっこなしだ」
「さっすがホームズ!」
どことなくそらぞらしく、更科の相づちが店内に響いた。
━━なんだ、いったい何を言おうとしているんだ古川?
「古川、どういうことだ?」
問いかけも間に合わなかった。古川は雅弘に一歩近づき高らかに告げた。
「ゆいちゃんの弟、さっきの霧島なんだけど、あいつがね、その時の手紙を読んじゃったんだって、知ってた? 言っとくけどあいつ、青大附中の超秀才なんで一読したら内容全部頭に書き付けてるよ。ゆいちゃんがたまたま机に置いてあるのをこっそり読んじゃったらしくってさ。あ、水野さん、ゆいちゃんは悪くないんだからね。ゆいちゃんは読んでないの。盗み読みしたのは屈折したシスコン野郎の霧島弟、通称キリオくんにしとく。キリオはね、ここにいる難波がゆいちゃんに手紙を送っているもんだと勘違いしてその手紙の封を切っちゃった」
難波は水をひたすら飲み続けそっぽを向いている。
「つまり、その内容をキリオくんは読んでいるってこと。ゆいちゃんちのきょうだい喧嘩でキリオが口走った内容はかなり際どかったみたいだから、ちょっとばれたらまずいんじゃないかなあ」




