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キミがいて夢になる  作者: スパイシーライフ


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変わる流れ

 スポーツの世界には『ピンチの後にはチャンスあり』という格言がある。

 試合には流れというものがあり、ピンチを凌ぐと流れが変わって、今度は自分たちにチャンスが巡ってくる、という意味の格言だ。

 

 それを実際に統計化した者は誰もいないが、スポーツの試合には確かに流れというものがあり、自分達がチャンスを逃すと流れが変わって今度は相手方にチャンスが巡ってくるというのは、スポーツ選手ならば肌あるいは経験で感じているものだ。


 すでに球場内の雰囲気は一変しており、解説者の何人かは今のシーンがこの試合のターニングポイントになるかもしれないと語った。


 そして事実この試合はその通りの展開を迎え始めた。

 

 7回の裏、この回の先頭である1番バッターは粘って粘って粘り抜いた。フルカウントから投げた15球目、北野の投げたボールは外角低めギリギリに決まったように見えた。バッターは手が出ず見逃すしかなかった。だが審判の判定はボール。


「あぁぁぁぁ!」

 

 この瞬間完全試合達成の可能性が消え、シーサーペンツファンの安堵とアルビオンファンの落胆でスタンドが一斉にどよめいた。


 

「集中切らすなよ。完全試合は無くなったけど試合に負けたわけじゃないんだ」

 

 すかさずマウンドに駆け寄った神谷がそう声をかけた。

 

「わかってる。大丈夫だから」

 

 北野は短くそう答えた。それは言葉の上だけでなく、実際彼はそう思っていた。

 この試合の目的はあくまでも勝つことであって、完全試合もノーヒットノーランも結果として後からついてくるものでしかないのだと。

 

「脚のある面倒なバッターを出しちまった。この場面でも盗塁はあるかもしれないから、クイックはしっかりとな」

 

 クイックとはクイックモーションと呼ばれる投法のことで、投球動作を小さく素早くすることで盗塁を防ぐのが目的だ。

 

「ああ、大丈夫だ」

 未だノーヒットノーランは継続中であることも幸いしたのか北野の集中が切れることはなかったが、ゲームの流れが変わりそうな気配がそこはかとなく漂い始めてはいた。


(それにしても、シーサーペンツは全員が尋常じゃないくらい気合入ってるな。やっぱり優勝がかかってるからかな)


 彼らの気迫はマウンド上の北野にもビリビリと伝わってくる。視線といい気迫といい、人間ってそういうのを本当に感じるもんなんだな、などと思う。

 

(やはり大勢のファンの前で優勝したいという想いが強いんだろうな。俺にはまだわからないけど)


 いずれは自分もそうなりたいし、ならなくてはいけないだろうと思うが、今はそんなことを考えている場合ではないことは確かだ。今の彼に求められていることは、変わろうとしている流れを断ち切ること。それだけだ。


 

 

 シーサーペンツ打線の今日の状態だと、連打での得点が望めそうにもないのは誰の目にも明らかだった。それほどこの日の北野は調子が良い。


 となれば当然1点勝負になるとこれまた誰もが考える。


 シーサーペンツからすれば四球とはいえ初めて出たランナーだし打席に立っているのは2番。ここは大事にバントで送ってチャンスを広げ何とか先に1点をもぎ取りたいところだ。

 

 塁に出た1番バッターの南条は足が早く盗塁数も多い選手なので、当然普通なら盗塁を最も警戒しなくてはならないケースだ。

 

 だがここは1点を争う試合のその1点が入るかどうかという場面。ここで盗塁というギャンブルに出るのはいささかリスクが大きいのではないかと考えるのもこれまた当然だろう。

 迎える2番バッターはバントが上手いことを考えれば、ここは手堅く送るのがセオリーかとも思える。

 

(三原監督はどう出るだろう。バントか、盗塁か、それともそのまま打たせるのか、あるいは他の策に出るのか)

 

 神谷が思考を巡らしているその時、ベンチから三原が姿を現して代打を告げた。

 

(代打か。誰を出すつもりなんだ?)

 

 代打に指名されたのは新田という控え選手だった。

 新田は守備の優れた選手で主に試合終盤の守備固めとして起用される選手だが、守備だけではなく打撃面では小技の上手い技術に長けた選手だった。バントに関して言えば代わった2番バッターよりも巧みと評されている。

 

 やろうと思えばどんな策を打つことだって出来るが、この場面でわざわざバントのより上手い新田に代えてきたということは確実にバントを決めるためだろう、そのための指名だろうと誰もが考える。それほどこの場面でのバントの成否は重要だ。

 

「ここは100パーセントの確率でバントですね」

「この場面でバント以外は考えられませんよ」

「確実にバントを決めたいからこその代打でしょうね」

「ミエミエの送りバントを成功させるのは至難の業です。新田ならそれをやれると考えたからこその起用でしょう」

 

 試合中継をしているテレビやラジオの解説者たちは口を揃えて「ここはバントだろう」と結論づけた。疑いようもないほど三原監督の狙いは明確に思えた。



  初球、盗塁を警戒した北野がクイックモーションで投げると、バッターはバントの構えを見せて揺さぶりをかけた。

 

 しかしこれは構えだけで判定もボール。2球目もバントの構え。しかしこれはファールになってしまった。3球目もバントの構えだったがボール判定。カウントは2ボール1ストライクとなった。ここまで全球ストレート。

 

(ランナーは走る素振りだけ。ここまでの3球総てバントの構え。1点勝負のこの試合のこの局面で確率の低い戦術を採るとは思えない。まして代打で送られた選手だ。やはりバントと見て間違いないだろう)

 

 神谷は冷静にシーサーペンツベンチの狙いを読み取ろうと頭をフル回転させていた。ようやく得た貴重なチャンスでわざわざ成功率の低いことをするわけがないし、打たせて失敗してダブルプレーを喰らうなら3バント失敗の方がキズは浅い。ダブルプレーさえ喰らわなければランナーがいる状態でクリーンナップに回せるのだし、自チームの打線を信頼しているならばそれも当然アリだろう。

 

 考えれば考えるほど神谷には送りバント以外考えられなくなっていた。そんな彼の姿をシーサーペンツの三原監督は冷静に見つめていた。

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