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キミがいて夢になる  作者: スパイシーライフ


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91/111

初回

 シーサーペンツの先頭打者は、今季の盗塁王を確定させている南条だ。打率も3割を超えているし小技も上手い。塁に出せばその俊足でかき回される。


(さてさて。北野と対戦するのは去年の春キャンプ以来か。どんだけ成長してるのかね)


 南条の頭の中にある北野は、当然シーサーペンツに在籍していた去年の北野だ。今年は当然ながら初の対戦なのだから。

 だが去年の春といえば、北野は完全に調子を崩していた。一昨年の春キャンプで北野が初めて1軍キャンプに呼ばれた時に練習で何度か打席に立ったことはあるが、さすがにその頃のことは参考にならないだろう。


(ようするに、初対戦に毛が生えたようなもんなんだよなぁ)


 とにかく、まずはジックリと北野の調子を見極めていく。南条はそう決めた。それが1番バッターの仕事でもあるのだから。

 


 初球、キャッチャーの神谷は極めてオーソドックスに攻めた。打者の南条がこの場面でいきなり初球を打つ可能性は低いと見た上での外角ストレート。相手の様子見だ。

 際どいコースだったが、判定はボールだった。


(ありゃ、初球ストライクでカウントを稼ぐつもりだったのに辛い判定だなぁ)


 神谷がそう思っているその頃、南条もまた思考を巡らしていた。


(ストレートの速さは昔と変わらないか。いや、まだ力を入れてないのかもしれん。でもコントロールは良さそうだ。今のもストライクって言われても仕方ない良い球だったしな)


 2球目、神谷はスローカーブを要求した。北野のカーブは一度浮き上がるような軌道から斜めに大きく曲がってくる。右バッターの南条からすれば、外角から内角に切り込んでくる軌道だ。ボールだと思って見逃がしたが、これはストライクの判定だった。


 南条の顔色が変わる。


(ちょっと待てよ……コイツ、ストレートと同じ腕の振りでパラシュートチェンジだけじゃなくて、スローカーブまで投げられんのか? おいおい、ちょっと待ってくれよ。ウチにいた時よりすごいことになってんじゃねーか)


 同じところから3種類の球が投げられてくる。速球、チェンジアップ、それよりさらに遅いスローカーブ。

 

(マズいぞ。こんなもん、どうやってタイミング合わせりゃいいんだ? バットに捉えりゃいいんだ? 3種類のタイミングなんて合わせようがねえぞ)


 全く同じ腕の振りで同じところから速いストレート、遅いチェンジアップ、軌道が大きく異なるスローカーブを投げ込まれたら……。


(パラシュートチェンジだけでもタイミングが合わせられなくて難儀したのに、スローカーブまで同じように投げられるようになりやがって……)


 たった2球で南条は北野の成長度合いを思い知らされた。自分の想像以上に北野は進化していた。ならば自分は彼をどう打ち崩せばいいのか。

 

(好球必打……しかないか)


 まるで学生野球のスローガンだなと内心で苦笑する。

 だがそうせざるを得ないのも事実だった。

 なにしろ、そもそも北野はデータが1試合分しかないのだ。しかもそれは半年以上前のもの。これはもう、事実上初登板のピッチャーと初対戦するのと変わらない。


(でもアイツの方は俺のデータをたっぷり持ってるんだからな。不公平な話だぜ)


 力関係が対等ならばデータを持っている方が圧倒的に有利だ。

 もちろん実力差があればその限りではないが、南条はもう北野を格下のピッチャーとは思っていない。まぎれもない強敵だと認識している。


 3球目、もう1球スローカーブがきた。が、これはボール判定。


 4球目、ストレートを南条は空振り。これでカウントはツーボール・ツーストライクだ。


(まいったな。今のストレートを打っておきたかったのに追い込まれちまった)


 スローカーブの次にストレート。球速を速く感じさせる基本中の基本なリードだが、確かに効果はある。現に南条は捉えきれなかったのだから。


(これ、次はもう絶対にパラシュートチェンジじゃん)


 あの球に狙いを絞るつもりはなかった南条だが、こうなっては致し方ない。彼はパラシュートチェンジに的を絞って狙うことに決めた。


 そして5球目。

 神谷のサインを見た北野は、小さく頷いた。

 ワインドアップモーションから静かに足を上げる。腕が振られた瞬間、南条は反射的にバットを動かしていた。

 

 パラシュートチェンジ。

 

 バットは空を切った。

 見逃し三振ではない。完全に振らされた三振だ。しかも南条ほどのバッターが、完全に体勢を崩されて。

 

 球場がどよめく。

 

 南条はバッターボックスを出ながら、思わず苦笑いした。

 

(参ったな。あれは打てねーよ。わかってても身体が勝手に反応しちまう)

 

 打てないのではなく、打てる気がしない。それが正直なところだった。

 

 ストレートにタイミングを合わせれば、スローカーブに泳がされる。スローカーブに合わせれば、ストレートに詰まる。その2つに目を慣らした瞬間に、パラシュートチェンジが来る。しかも3つ全てが、全く同じ腕の振りから投げ込まれてくる。

 どれかに的を絞るしかないが、的を絞れば他の2つが死角になる。

 

(あのフォームで3種類は反則だろ……)

 

 ベンチに戻りながら南条は、今日の試合が楽な展開にはならないだろうと直感していた。

 

 

 2番バッターの秋山が打席に入った。

 北野は落ち着いて、神谷のサインを確認する。

 ここで焦る必要はない。やることは何も変わらない。一人ひとり、丁寧に打ち取る。ただそれだけだ。

 

 ストレート、スローカーブ、ストレート。フルカウントまで持ち込まれたが、最後はパラシュートチェンジで空振り三振。

 

 3番バッターの上条もパラシュートチェンジで三振に打ち取られた。


「よしっ!」


 上条を空振りの三振に仕留めた北野が、思わずガッツポーズを見せる。


(いいぞ。試合前に思ったとおり、今日はどこにでもどんな風にも投げられる)


 北野はハッキリと手ごたえを感じていた。


 

 一方、あっという間に三者凡退にスタンドはざわついていた。

 左翼外野のアルビオンファンが大歓声を上げ、鳴り物が一斉に鳴り響く。そしてシーサーペンツファンの間にも、静かな驚きが広がっていく。

 

 ベンチに戻ってきた北野に、神谷がニヤリとしながら言った。

 

「最高の立ち上がりじゃないか。このまま行くぞ」

「ああ」

 

 北野は短く答えて、ベンチに腰を下ろした。

 グラウンドを眺めながら、ふと思う。

 

(春香さん、今頃もうステージに立ってるんだよな)

 

 時計を確認すると、試合開始からまだ20分も経っていない。もう何曲か歌っているのだろうか。

 

(緊張しているかな)

 

 いや、きっとしていない。

 

(俺が緊張していないのと同じように、春香さんも今頃落ち着いているはずだ。そうに決まってるさ)

 

 そう思ったら、不思議と胸の奥がじんわりと温かくなった。

 

 北野は視線をグラウンドに戻した。

 やることは何も変わらない。ただ一球一球、全力で投げ続けるだけだ。

 それが終わった時に、あの人に伝えなければならないことがある。ずっとずっと、伝えたくて、でも伝えられなかったことが。

 

(だから今日は、絶対に負けられない)

 

 北野は静かに、しかし強く、そう心に決めた。



 

 三塁側のダッグアウトでは、シーサーペンツの三原監督が腕を組んで険しい顔をしていた。

 たった1イニング、そのピッチングを見ただけで、三原にはわかってしまった。

 今日の北野は、本物だと。

 

(あの南条をいきなり空振り三振で仕留めるとは……しかもパラシュートチェンジだけじゃなく、スローカーブまで同じフォームで使えるようになっているとは思わなかった。まったくもって去年とは別人だな)

 

 三原は苦い思いを噛み締めながらも、北野のピッチングを評価せずにはいられなかった。

 あのコントロール、あの度胸。まだ1軍での実績はほとんどないというのに、まるで百戦錬磨のベテランのような落ち着きで投げている。

 

(まったく、本当に惜しいことをしたものだ)

 

 北野をシーサーペンツのユニフォームで使いたかった。この球場のマウンドで、自分のチームのために投げさせたかった。それが叶わなかったのは、今でも悔しくてたまらない。

 

 だが今日は敵だ。それが現実なのだ。

 

 どれほど北野のことを評価しようと、今日だけは絶対に打ち崩さなければならない。なにしろシーサーペンツの優勝がかかっているのだから。

 

「うちの選手たちには悪いが、今日は手強い相手を引き当ててしまいましたね」

 

 隣にいるヘッドコーチがぼそりとそう言った。三原は無言で頷いた。

 

(そうだな。だが、それでも勝たなければならないんだ)

 

 三原は腕組みをほどき、スコアブックに目を落とした。

 

 2回表。シーサーペンツの攻撃が始まる。

 今日の長い戦いは、まだ始まったばかりだった。

 


いよいよ長い激闘の幕が切って落とされました。お楽しみください。

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