ファンの目線
「ねえねえ、北野って人は相手チームの人なんだよね?」
スタンドで1人の女性が、隣りに座る熱心なシーサーペンツファンと思われる友人男性にそう問いかけた。
「そうだよ。シーサーペンツじゃなくアルビオンのピッチャーだね」
「なのになんでみんな声援送ったり拍手したりしてるの? ヘンじゃない?」
ここはシーサーペンツの本拠地でしかも優勝がかかった試合にも関わらず、観客の多くが相手チームの選手を応援している光景が彼女には不思議だったのだろう。
「それはね、あの北野ってピッチャーが去年までシーサーペンツにいたことが関係してるかな」
「そうなんだ。去年までは味方だったのね」
「もちろんそれだけじゃないんだけどね。実はさ……」
女性はあまり野球に詳しくはない様子で、隣り席の男性はそんな彼女に北野翔という人物の事を語り始めた。
「あの北野ってピッチャーは元々育成枠の選手でね」
「育成枠ってなに?」
「簡単に言うとプロ野球選手という階級社会の最底辺ってこと。彼はそこから這い上がって今日のマウンドに立ってるんだよ」
「ふーん、そうなんだ」
「それだけじゃないよ。北野は凄い球を投げるピッチャーでね、一昨年のフレッシュオールスターっていう若手の大きな試合で、バッサバッサ三振を取りまくってさ、一躍大注目を浴びたんだよ。でもその後が苦労のし通しでね」
「苦労したの? 何があったの?」
「まず北野ってもう有名な話なんだけどさ、先発しか出来ないのよ。リリーフで投げるとボコボコに打たれちゃうんだ」
「へぇ、なんか不思議。なんでそうなるんだろうね」
「本人にもよくわからないらしいよ。そんでそれなのに去年日下部が新入団したり江上が移籍してきたりしたじゃん。これって北野にとってはメチャクチャ厳しいじゃん。先発しか出来ないのに先発候補の有力選手がどんどん増えていくわけだからさ」
「それはそうだね。もっと頑張れってお尻叩かれてるみたい」
熱心に話を聞いてくれる女性に気を良くしたのか、男性の話は徐々に熱を帯び始めた。
「仲が良くてお世話になってた事で有名だった先輩が故障で引退したり、1軍に上がる前の最後のテスト登板でピッチャーライナーが足に当たって骨折して残りシーズン棒に振ったり、それが治って秋季リーグで投げ始めたと思ったら福岡アルビオンに移籍することになっちゃってさ」
「なにそれ。めちゃくちゃドラマじゃない」
「そうなんだよ。もうこれだけでもなんか感情移入しちゃわない?」
「そうだね。なんか頑張って欲しいなって応援したい気にはなるね」
「だろう? そんで移籍した北野はさ、今年のオープン戦で三振を取りまくる凄いピッチャーが現われたって大騒ぎになって、開幕してすぐに初めて1軍で投げて9回ツーアウトまでパーフェクト試合だったのに、ランナーと交錯して今度は手の骨を折っちゃってさ……」
「ええっ? そうなの? なんかさすがにかわいそうになってくる」
「そんな北野がさ、何度挫折しても諦めずに、今日マウンドにまた戻ってきたんだよ」
「確かに今まで色々あった選手なんだね。でもファンの人ってそんなことまで知っているの?」
「もちろん知ってるさ。北野が三原監督の秘蔵っ子で移籍の時には監督が激怒したとか、アルビオンの水原監督は三原さんのライバルだから嫌がらせで北野を獲得したんじゃないかとか、熱心なファンならみんな知ってることだよ。それぐらい有名な話なんだ」
「そんな人が相手側だなんて、なんか複雑な心境だね」
「実は俺、フレッシュオールスターで北野のファンになっちゃってさぁ。そーゆー人って多いと思うんだよね。それぐらい鮮烈で魅力的なピッチングだったんだ。移籍してからもずっと注目してたんだよ。そーゆー人が多かったからこそ、今のこの光景なんじゃないかな。個人的にはシーサーペンツのユニを来て投げて欲しかったけどね」
「みんなも感情移入しちゃってるのかな?」
「結局さ、ファンって選手の想いとか姿勢とかに共感しちゃうと、チームの垣根なんか越えて応援しちゃう、その選手の魅力にやられちゃうんだよ、きっと」
「……なんか、わかる気がするかも」
「北野ってピッチャーの、今までを知ってれば知ってるほどアイツを応援したくなっちゃうんじゃないかな。今日ここに来てる人ってみんなそうなんだよ、俺はそう思う」
「うーん、話を聞いてて北野さんが投げるとこ見てみたくなってきたけど、今日は絶対シーサーペンツに優勝して欲しいし、やっぱり複雑だねぇ」
場内の歓声は試合開始が近づくにつれてさらにヒートアップし、2人の会話はやがてすっかりかき消されていってしまった。




