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キミがいて夢になる  作者: スパイシーライフ


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本音

「えっ!? なんで?」

 

 急に立ち止まった北野に気づいた神谷は、何事かと自分も走るのを止め振り返り北野の様子をうかがった。

 

「おーい、北野! どうした!? なんかあったか? まさかケガでもしたんじゃないだろうな?」

 

 声をかけても北野は立ち尽くしたままだった。

 

「なんだよおい。急にいったいどうしたんだ?」

 

 その声に北野は反応せず、驚きの表情でスタンドを凝視していた。その視線を辿るとスタンドにいた女の子が北野の元へと移動してくるのが見えた。

 

「なんだおい、知り合いか? 可愛いコじゃないか」

 

 神谷の言葉に北野は反応せず、まるで固まったかのように立ち止まり、呆然とスタンドを見つめていた。


「北野さん」

 

 自分を呼ぶその声は聞き覚えのある声だった。まさか、と思った。だが間違いない。間違うわけがない。

 

「えっ!? えっ!? 春香さん? なんで?」

「えへへ。来ちゃいました」

 

 そこに春香がいた。見間違えなんかじゃない。間違いなく春香本人がそこに立っていた。

 

「なんで? なんで春香さんがここにいんの? 仕事は?」

「今日は急にお仕事オフになっちゃって。だから……来ちゃいました」

 

 春香は少し頬を紅く染め、照れくさそうにそう言った。北野はといえば、何が起こっているのか状況を把握しきれずその場に呆然と立ち尽くしていた。

 

「左手の具合はどうですか?」

 

 そう尋ねられて北野はようやく正気に戻った。夢でも幻でもない。現実だった。本当に春香が目の前にいる。

 

「えっ!? あ、ああ、左手ね。えっと、骨はくっついてるし痛みももう無いんだけど、投げると何かヘンな感じがしてイマイチ調子が上がらないんだ」

 

 北野はケガの具合を春香に説明した。リハビリやり過ぎたりしてませんか? と問われて、ちゃんと決められたメニューだけに抑えてるよと苦笑いしながら答えた。練習をやり過ぎるとコーチからよく叱られていたからそんなことを言うのだろうかと思った。

 

「北野ぉー。そのコ、オマエの知り合いなのか?」

 

 2人の様子を見守っていた神谷が、しびれを切らしたかのようにそう声をかけた。

 その顔には2人の関係を知りたくてウズウズしていると書いてあった。北野が春香を紹介すると「ああ、キミが春香ちゃんか」と言って神谷は右手を差し出した。この人なんだか真鍋さんに似てる、と思いながら春香も右手を差し出した。

 

「それにしても、来るなら来るって連絡くれればよかったのに」

 

 北野が少し咎めるようにそう言うと、春香は申し訳無さそうに身を小さくして謝った。

 

「それはそうなんですけど……ホントに急にオフになっちゃったから」

「もしかして、俺を驚かそうとか思ったわけ? サプライズ的な」

「それが無かったと言ったらウソになりますけど……ごめんなさい。やっぱり連絡してから来ればよかったですね」

「あ、いや、別に責めてるわけじゃないんだ。なんて言うかこう、心の準備的な?」

 

 自分で言いながら(心の準備って何だよ)と北野は内心思った。春香が会いに来るのに心の準備なんて必要ないだろうと。

 

「いや、ゴメン。忘れて。正直に言うよ。来てくれてありがとう」

「えへへ。どういたしまして」

 

 笑顔でそう答える春香を見つめながら北野は、自分がどれほど彼女に会いたいと思っていたのか今さらのように気がついた。

 そして、自分のその気持ちが照れくさく恥ずかしいなと思った。わかっていても照れくさいものは照れくさい。告白するわけではないけれど、彼女を見ていると様々な感情が一気に湧き上がってしまう。

 

 久しぶりに会う春香は以前と何も変わっていないように見えた。可愛らしい声も、愛らしい笑顔も、楽しげな喋り方も、何もかも以前と同じようだった。いや、しいていえば少しだけ大人っぽくなったような気がする。

 

「あれ? 北野さん、どうかしたんですか。なんだか顔が赤いみたい」

 

 言われてハッとした。

 

(やべっ! 顔に出てた?)

 

 いつの間にかあの夜のことを思い出していた北野は赤面していたらしい。そういえば耳が熱い気がした。

 

「そ、そう? 別になんともないけど、そんなに赤い?」

「ええ。まさか風邪ひいてるとかじゃないですよね?」

「風邪なんてひいてないよ。今まで走ってたからじゃないかな」

 

 そう誤魔化しながら北野は、春香はあの夜のことを思い出したりしないのだろうかと思った。全くあんなことがあったという素振りを見せないが、なにしろ自分からしてきたのだから、まさか忘れるわけもないだろう。

 

 

「おい北野。せっかく彼女が来たんだから、もう切り上げてメシにでも行って来たらどうだ? 俺もそろそろ上がろうと思ってたとこだし」

 

 神谷がそう提案した。

 スコアボードの時計を見ると時間は既に11時を軽く回っていた。ランニングが出来るのは12時までだし、着替えて出かければ昼食の時間にはちょうどいいかもしれない。しかし……。

 

「いや、でもオマエとメシ食いに行く話してたじゃん。せっかくだから一緒に行こうぜ」

 

 これには神谷が断りを入れた。

 

「アホかオマエは。せっかく彼女が福岡までわざわざ来てるのに、なんで3人で行くんだよ。2人で行って来い2人で。俺はそんなに野暮じゃねぇし」

 

 神谷は憮然とした表情でそう言った。ここで空気を読めないほど自分は無粋な人間ではないと。

 

「俺はもう先に上がるからな。ごゆっくり」

 

 神谷は春香に「コイツちょっと落ち込み気味だから励ましてやって」と声をかけ、春香がペコリとお辞儀をすると、にこやかに手を振りながらクラブハウスへと戻っていった。

 

「あぁ、えっと、は、春香さん、食事は済んでる? もしまだだったらどっか食べに行く?」

 

 妙にドギマギしながらそう言った途端に急激な空腹感を感じ始めた。

 

「いえ、まだです。北野さん、どこか連れて行ってくれますか? あ、でも練習は?」

「今日は休養日でさ、やっていいのはランニングだけで、それも午前中だけっていう決まりなんだ。だからどのみちもうそろそろ切り上げなきゃいけなかったんだよ」

「じゃあ、お任せします。美味しいご飯を食べさせてくださいね」

「任せて。これでも他の連中に教えてもらって少しは福岡に詳しくなったんだ。なんなら市内観光も案内するよ?」

「いいんですか? じゃあ、帰る時間まで観光しちゃおっかなぁ」

「よし、そしたらとりあえずご飯食べに行こうか」

 

 アルビオンの練習施設は1軍の試合が行われる球場に併設されており、最寄り駅から徒歩10分ほどの場所にある。北野が着替えるのを待って2人はそのまま歩いて駅まで行き、そこから博多の街に出て昼食を採ることにした。


 

「美味しい! これが水炊きっていうんですね。名前は聞いたことありますけど、食べたのは初めてです。白く濁ったスープがトンコツラーメンみたいですけど、鶏の旨味がすごいですね。すっごく美味しいです」

「喜んでもらえて良かった。これ、最後は雑炊にして食べるんだよ。それがまた美味いんだ」

「そうなんですか? でも、そんなに食べられるかなぁ」

「大丈夫だよ。女の子でもみんなペロッと食べちゃうらしいから。それぐらい美味しいんだって」

「そっかぁ、じゃあ私でも大丈夫かな。楽しみです」

 

 久しぶりに見る春香の笑顔は、やはり自分を元気づけてくれる。彼女と過ごす時間の総てが愛しく感じる。

 

「ホントに、よく福岡まで来てくれたね。嬉しいよ。ありがとう」

 

 北野がそう礼を言うと、春香は今までに見たこともないような満面の笑みを浮かべた。

 

「骨折の回復度合いっていうか、スピードはどうなんですか? 順調なんですか?」

「うん、まあ、今のところは予定通りに回復してるみたい。医者にはそう言われてるよ」

「そうですか。じゃあ今シーズン中に復帰できそうですね。よかったぁ。安心しました」

「安心するのは早いよ。投げられるようにはなったけど調子が全然良くならないんだもん。まだ全力で投げることも出来ないし、このままじゃ今シーズン中に復帰出来ないよ」

「いいじゃないですか」

「えっ!?」

 

 北野は耳を疑った。

 

「焦って復帰しなくたって、北野さんなら来シーズンこそ絶対に活躍できますよ」

 

 春香は焦ってまたどこか痛めでもしたらそれこそ後悔すると、だからジックリ時間をかけて完治させて欲しいと言った。春先にあれだけのパフォーマンスを披露したのだから絶対大丈夫だ、と。

 今までもそうだったが、春香にそう言われると不思議なくらいそれが正しいと思えてくる。その通りだと思えてくる。本当に不思議だった。

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