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覚醒

 福岡で迎える4年目のプロ生活。北野は1軍メンバーとして春季キャンプを迎えることが出来た。

 オフに現役メジャー投手が入団すると聞いた時はショックも受けたが、それでも彼はその試練を乗り越えてキャンプで初の1軍入りを果たした。

 

(今年こそ結果を出してやる)

 

 その意気込みのまま、彼は絶好調でキャンプを消化していった。

 紅白戦でもほとんど打たれなかった。

 それは彼1人の力ではなく神谷のリードのおかげでもあったのだが、とにかく彼は結果を出し続けた。

 

「驚いたなこれは。まさかここまでとは思いもしなかった……」

 

 その投げっぷりには、彼の獲得を自ら球団に申し入れた水原監督すら唖然とした。

 もちろんフレッシュオールスターで初めてそのピッチングを目の当たりにした時からその才能は高く評価していたし、だからこそ人的補償で北野を指名するよう球団フロントに申し入れたのだ。だから当然戦力となってくれることを期待している。


 だが、まさかいきなりこれほどの力を見せつけてくれるとは思っていなかった。

 

「このままいけば開幕1軍どころかローテーション入りだぞ」

 

 まさに嬉しい誤算だった。そして北野はそのままの勢いでさらに状態をアップさせてオープン戦を迎えることとなった。


 

 公式戦ではなくオープン戦だとはいえ、北野にとってはプロとして初めて立つ1軍のマウンドだ。

 登板日を伝えられると、ようやくここまで来たという気分になった。気負いもプレッシャーもなく、やってやるという意気込みだけがあった。

 

「北野。余計なことは何も考えずただ俺のミット目がけて無心で投げ込め。俺がオマエを勝たせてやる」

 

 神谷はこの試合スタメンでマスクをかぶる。自信満々にそう言った彼は、帽子の上に跳ね上げていたマスクを降ろしポジションへ戻っていった。

 

(何を言ってんだよ、神谷。オマエの助けよりも先に、俺には春香さんがついているんだよ)


 春香は北野に送ったあの曲が大ヒットして、一気にメジャーな舞台へと駆け上っている。経緯はともかく、今の彼女はミリオンセラーの歌手だ。


(負けてられるかよ。結果を出さなきゃ、何も伝えられねえじゃねーかよ)


 春香の隣りに胸を張って立っていられるようになりたい。それしか彼の頭には無い。

 


 神谷のサインに頷いた北野は、そのまま大きく振りかぶるワインドアップモーションをとる。近年は絶滅危惧種とも言われるワインドアップモーションだが、北野はこの投げ方が好きだった。

 

 身体を捻りながらパワーを蓄え、軸足である左足にしっかり体重をのせ、お尻から体重移動をしつつ右足を真っすぐホーム方向に踏み出す。

 

 下半身の回転を上半身・腕の切り返しへと伝えて一気に爆発させる。ムチのようにしならせたその腕から放たれたボールは正に矢のように、真一文字にバッターへと向かっていく。

 だがバッターの方はといえば、まるでつんのめったような姿勢になっていた。パラシュートチェンジの効果だ。完全にタイミングを狂わされたバットは、そのままむなしく空を切る。


「ストライクッ! バッターアウト!」


 主審のコールと同時に北野は小さくガッツポーズをした。


「っしゃぁ!」


 会心の笑みを浮かべながら颯爽とマウンドを降りていく北野だが、球場内は少々異様な雰囲気となっていた。

 

「おいおい、誰だアイツ?」

「あんなピッチャーがウチにいたのか?」

「バッタバッタと三振を奪ってく……こんな凄いピッチング、見たことないぞ」

 

 3イニングを投げて被安打1、四死球1、三振9。これがオープン戦とはいえ初めてプロの1軍で投げた北野の残した成績だった。

 

 打たれたヒットは内野安打1本、アウトは総て三振。

 

 彼がマウンドを降りた後も球場内のどよめきは収まらない。味方のファンばかりでなく、相手チームのファンにとっても北野のピッチングは衝撃的だった。

 

「凄いピッチャーだ。こんなヤツ見たことないぞ」

「北野ってあれだ、人的補償で移籍してきたヤツじゃないか」

「こんな凄いヤツが人的補償で? ウソだろう?」

「とんでもないピッチャーが出てきたな。こりゃ今年のアルビオンは面白そうだぞ」


 取材に来ていた記者たちも評論家たちも、そして観客たちも興奮が冷めやらない。

 

 三振の山を築くピッチャーは魅力的だ。ファンの多くは三振にロマンを感じる。それは最多勝利や最優秀防御率と並んで、最多奪三振が投手の表彰タイトルとして認められていることでもわかるだろう。

 

 何よりも素晴らしいのは北野のその奪三振率の高さだ。彼はこの試合で11人の打者を相手に投げて9つのアウトを奪ったわけだが、その総てが三振によるもの、つまり奪三振率は100パーセントということになる。


 こんな投手は前代未聞だ。


 その場にいたファンの誰もが、彼の次の登板を心待ちにした。

 


 

 次の試合、2度目の登板でも北野は素晴らしいピッチングを披露した。

 今度は4イニングを投げてまたも奪三振率は100パーセント。被安打2、四死球2という成績だった。

 2回の登板で7イニングを投げて被安打3、四死球3で無失点。これだけでも十分な内容と言えたが、なにしろ特筆すべきは奪三振の多さだ。


 7イニングで21奪三振。奪三振率100パ^セント。有り得ない数字だった。

 

「ただでさえボールの出所がよく見えないフォームなのに、ストレートのノビも変化球のキレもどっちも良いときてる。特にあの変化球は手も足も出なかった。あれは何? ナックルなの? とにかくあんなのは今までに見たことがない。今日はお手上げだ」

 

 この試合で北野と2度対戦して2三振を喫したある主力選手は。報道陣に対して試合後にそう語った。あれはちょっとやそっとで打てる球ではないと。

 

 ボールの出所が見にくいからそもそもタイミングが取りづらいのに、そんなフォームからノビのあるストレートで攻め、時折ストレートより40キロ以上遅いスローカーブでタイミングを外す。さらに見たこともない軌道を描き見たこともない変化をする決め球のパラシュートチェンジ。打者たちのバットは面白いように空を切った。

 

 練習の成果によって全く同じフォームから繰り出される3つの球種。それだけで北野は三振の山を築いていたのだが、中でもやはりパラシュートチェンジの威力は絶大で、わかっていても打てないと対戦した打者たちは口々にそう言った。

 

 その前に織り込むスローカーブがストレートをより早く見せることで、さらにパラシュートチェンジの威力を大きくアップさせた。もっともこれは、キャッチャーである神谷のリードの功績も大きいが。

 

(これは本物だぞ)

 

 もはや水原監督も確信を得ていた。北野は間違いなく今年1軍で大活躍する。それも日本プロ野球界の歴史を紐解いても記録されたことのない奪三振記録を残すだろうと。

 

(投球内容には全く問題が無い。後はスタミナか。次はもう少し長いイニングを投げさせてみるかな)

 

 たった2試合でファンの話題を独占した北野。

 このピッチングが開幕後も続けられるのならチームの戦力としても計り知れないし、加えて彼目当てで来場する観客も相当数見込めるだろう。これほど魅力あふれるピッチャーは、なかなかいないのだから。

 

(こいつは大変なことになるかもしれないぞ。人的補償で獲ってくれと言った時には唖然としたフロントの連中も、今では獲って良かったと思っているだろうさ)

 

 降板した後の北野に対する声援を聞く限りでは、新たなヒーロー誕生の予感を強く感じさせた。

 

(いや、ヒーローというよりもスーパースターになるかもしれん)

 

 ファンよりも誰よりも、水原監督自身が一番ワクワクしていた。

 

 ようやく実力を思う存分発揮できるようになった北野。1軍で結果を出し実績を作ってから春香に告白しようと考えている北野。彼の秘めたる想いはかなうのでしょうか。

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