予期せぬ展開
それは、ある日突然に表面化した。
「なあ、春香。話題の動画の件で取材がしたいって週刊誌から依頼が来てるんだけど、何のことだか知ってるか?」
その日春香はマネージャーからそう尋ねられた。それが始まりだった。
「話題の動画ですか?」
春香には何も覚えがなかった。
彼女は動画サイトに投稿などしたことはない。話題の動画の件と言われても身に覚えがない。
そもそも話題の動画とはなんだろう。どんな動画なんだろう。
「そっかぁ。何かの間違いかなぁ……春香へのオファーなんだけど、先方が誰かと勘違いしているのかもしれないな」
マネージャーは首をひねりながらそう言った。そんなことあるのかなとも思うが、本人に覚えがないのだから、その可能性も否定はできない。
「とにかくまあ、その動画とやらを見てみようか。何かわかるかもしれない」
マネージャーは自分のパソコンを使って動画サイトにアクセスしてみた。
一口に動画サイトといっても幾つもあるのだが、彼がアクセスしたのは、世界最大といわれるサイトだ。
そして2人は、トップページを見て驚きのあまり目を丸くした。
「えっ!? 何これ、どういうこと!?」
「これは、何がどうなってるんだ?」
その動画サイトは、トップページでオススメや話題の動画を紹介している。そこで春香のあの曲が話題の動画として紹介されていた。しかも再生数が凄い数になっている。
「いち、じゅう、ひゃく、せん……じゅっ、10万?」
それは間違いなく彼女たちが作った曲だった。春香の名前こそ出ていないが、曲のタイトルも同じだ。
動画とはいっても固定画面で曲だけが流れる形なのだが、それにもかかわらずこれだけ再生されている。
コメント欄はといえば絶賛の嵐。
「素直に感動した」
「聞いてると自然と涙が出てくる」
「なんてステキな歌詞なんだろう」
「飾り気のないストレートに胸を打つ歌詞と、この女の子の歌声がマッチしすぎ」
「久しぶりに歌を聞いて鳥肌が立った。良いものを聞かせてくれてありがとう」
よく見ると、時折英語や他の外国語で書かれたコメントも見受けられる。
「名前出してないのに……」
どこの誰が歌っているかわからない曲に、これほど多くの人がコメントを寄せてくれている。
そして何より驚いたのは、これを歌っているのが春香であることが利用者によって特定されてしまっていることで、それはコメント欄にハッキリと書き込まれていた。
「そっかぁ、だから私のところに取材依頼が来たんですね」
「これは……確かに凄いな」
「で、でも10万回再生って、そんなに凄いですか? もっと多いのがいっぱいあるんじゃ」
何を言っているんだ、とマネージャーが諭す。問題はそこじゃないのだと。
「いいか、春香。名前を出しているわけでもない、どこの誰が歌ってるかわからないのに再生数が10万超えって、こりゃ相当なもんなんだよ。本来有り得ない、それこそ奇跡に近い話なんだ。だからこそ話題になってるわけで、単純に再生数が多い少ないの話じゃないんだよ。これ、春香が作った曲なのか?」
「いえ、あの、私だけってわけじゃなくて、小春ちゃんと雪乃ちゃんと3人で作ったんですけど。でも、どうしてこれが動画サイトに……これは私たち3人と北野さんしか持ってないはずなのに」
「北野? 北野ってあの北野くん?」
「もともとこの曲は、去年北野さんが骨折してた時に励ましてあげようと思って作ったんです。雪乃ちゃんから歌で励ましてあげればいいじゃないって言われて、小春ちゃんにだったら曲を作ってプレゼントすればいいじゃないって提案されて、2人とも協力するって言ってくれて、それで3人で作った曲なんです」
一通り春香の話を聞いたマネージャーは納得した表情で「なるほど、そういう経緯か」と言った。
「まあしかし、春香が知らないんだからアップしたのは小春か雪乃か北野くんのうちの誰かってことになるな」
「ど、ど、ど、どうしましょう、マネジャー」
深く考えず北野を励ますことだけを考えて作った曲が、自分でも知らないうちに動画サイトにアップされ思わぬ事態を巻き起こしている。気が動転した春香は、泣きそうな顔でマネージャーに助けを求めた。
だがオロオロしている春香とは対照的に、助けを求められたマネージャーは極めて冷静だった。
「とりあえず春香、ちょっとその動画をちゃんと見せてもらっていいかな」
マネージャーはそう言うと、パソコンの前で真剣な表情となって春香の曲に聴き入った。
「これ、作詞も作曲も3人で?」
一度曲を聴き終えたマネージャーは春香に尋ねた。
「はい。3人で色々アイディアを出しながら作ったんですけど……」
「なるほど、3人でか」
なるほど、なるほど、と呟きながら、マネージャーはもう一度さらにもう一度と再生を繰り返した。聴きながら何か考え事をしている様子だった。
春香は自分が悪いこと、してはいけないことをしてしまったのではないかと不安でいっぱいになった。
「なあ春香……この曲を売り出してみないか?」
「えっ?」
何度目かの再生を聴き終えたマネージャーが放った一言は、春香を仰天させるのに十分なものだった。
「キミら3人にこんな才能があったとは知らなかったよ。歌詞といいメロディーといい、素晴らしいと思う。特にこのストレートに励ましてくれる歌詞が良い。俺も素直に感動したよ。誰がアップしたのかはともかくとして、このデキなら10万再生されても不思議じゃないと思うよ」
「そ、そうでしょうか?」
「少なくとも俺はそう思う。でな、これをCD化して春香のデビュー曲にするっていうのはどうかな?」
マネージャーは、さらに話を続ける。
「正直言えば10万再生という数字自体は、素晴らしい数字だけれど特筆するというほどじゃない。ただし、それは名の知れた配信者の場合の話だ。この動画はただサイトにアップしただけ。宣伝なんか何ひとつしていない。誰が歌っているかもわからない。言ってみれば広い砂浜に一粒だけ蒔いた砂金みたいなもんだ。そんなもの、普通は見つけられるわけないだろう?」
「それは……そうですね。ムリですよね」
「ところが、その一粒の砂金が10万回も見つけられたんだ。誰かが偶然見つけて、それを誰かに教えて、そうやってクチコミで広がっていったんだろう。それがこの数字だ。そりゃあ今話題って言われるわけさ。それだけのポテンシャルを秘めているんだからな」
マネージャーの話は、さらに熱を帯びていく。
「なによりも、だ。それを実現できたのは春香の歌唱力あってのことなんだ。これは春香の歌の力が起こした奇跡なんだよ。今の状況で10万再生されるほどの曲なら、まともに売り込めばミリオンだって狙えるかもしれない。十分に成算はあると思うんだよ。それに何よりも、こんな良い曲をもっと多くの人に知って欲しいし聴いて欲しいんだ。これは良い。ホントに良い曲だと思うよ。無断でサイトにアップされたってのはちょっとアレだけど、これはむしろ好都合かもしれない。災い転じて福となすってヤツだな」
「で、でも、これは3人で作った曲だから私が勝手に返事は出来ないですよ」
「だったら小春と雪乃に聞いてみてくれ。まああの2人がダメだって言うわけないだろうけどね。上の方には俺から話してみる。大丈夫、こんな良い曲なんだから絶対OKさせてみせるから。この曲で春香の念願だった歌手デビューを飾ろう!」
「歌手……デビューですか……」
「そうだよ! これをCDにして売り出せば春香も歌手の仲間入りだ。絶対売れるから。歌の仕事だってバンバン出来るようになるぞ」
あまりにも急な展開に頭がついていかず思考停止状態になっていた春香だったが、ようやく事態が少しずつ飲み込めてきた。自分に追い風が吹きだしたことを理解し始めた。
その日の夜、春香は浅野小春に自分たちの曲をCD化する話をしようと電話をかけた。
驚いたことに、動画サイトにアップした犯人はあっさりと判明した。
話を切り出した途端に小春が「ゴメンなさい!」と謝ってきたからだ。
「雪乃と2人で良い曲が出来たねって話してるうちに、これを北野さんに聞かせるだけじゃ勿体無いよねって話になって……」
「それで動画サイトに投稿したの?」
小春はまたゴメンなさいと謝った。どうやら雪乃とそんな話をしているうちにその気になった小春が、2人には内緒でコッソリ投稿したというのが真相のようだった。
「でも私も北野さんが立ち直ってくれたみたいって春香から連絡もらったら何だか一段落ついた気分になっちゃって、だからあれから見てないんだよね。そんなに話題になっちゃってるの?」
「それがね、再生数が10万を超えちゃってて」
「えっ!? じゅっ、10万? ウソでしょ?」
小春は腰を抜かさんばかりに驚いた。音楽系でその数字は、無名の人間が歌っている無名の曲が記録するものではないと彼女も知っている。
「しかもね、歌ってるのが私だってこともバレちゃってるの」
「ウソでしょ? 名前も何も出してないのに?」
「ウソじゃないの。私もビックリしちゃってオロオロしちゃってマネージャーさんにどうしましょうって言ったら、この曲をCD化しないかって言われたの」
「なーるほど、そういうことだったのね」
「私が、これは3人で作った曲だから私の一存じゃ決められませんって言ったら、小春ちゃんと雪乃ちゃんに話してみてくれって。どうかな、小春ちゃん?」
「どうかなも何も、春香があの曲を歌ってデビューするんでしょ? だったら私が反対するわけないじゃない。よかったね春香。やっと念願の歌手になって歌のお仕事できるようになるね」
小春は反対するどころか喜んでOKした。春香を祝福してくれた。
それは次に電話をかけた的場雪乃も全く同様で、事の成り行きを離すと彼女も喜んで了承してくれた。
「私はちょっと手伝っただけで、作ったのはほとんど春香さんじゃないですか。それで春香さんが歌手としてデビューできるなら、私もお手伝いした甲斐があって嬉しいです。もっと沢山の人に聴いてもらえたらいいですね」
雪乃もそう言って自分のことのように喜んでくれた。
翌日春香がマネージャーに話をすると、彼は彼でもう既に上司に春香たちの曲の話をしていた。
「実際に聞かせたら一発だったよ。もうすぐに具体的な話を煮詰めていく手はずになってる。曲自体はもうあるわけだから話は早いんだ。春香、これから忙しくなるぞ」
今までの仕事に加えてCD絡みの仕事が加わるのだから忙しくなるだろうとマネージャーは言った。
けれどそんな忙しさならば春香には何ら苦ではない。何しろ念願だった仕事が、ずっと待っていた仕事がやっと出来るのだから苦になるわけがない。
「はいっ! 私、今まで以上にもっともっと頑張ります!」
春香は満面の笑みでマネージャーにそう答えた。
長い間追い続けていた春香の夢が、思わぬ形で実現することになってきました。それが北野との関係にどう影響していくのか、是非是非リアルタイムで追いかけてください。
レビュー大歓迎です。ドシドシお寄せください。




