旧友
福岡入りした北野は、その足でまっすぐ福岡アルビオンの合宿所へ向かったが、そこで懐かしい顔と再会した。神谷直。福岡アルビオンの捕手だ。北野とは同年齢同学年になる。
「よお北野。ひさしぶりじゃん」
神谷と会うのは昨年のフレッシュオールスター以来だ。
「まさか福岡でまた同じチームになるとは思わなかったぜ。今度はプロでバッテリーを組めるんだな。楽しみだよ」
フレッシュオールスターの時、彼は「北野のヤツ、ウチに移籍してくりゃいいのにな……」などと願った。もちろんまさかそんなことが現実に起こり得ると思っていたわけではないが、そのまさかが実際に起こったのだから、これはもう驚き以外の何物でもない。
「あの時はオマエの球を受けることもできなかったし、打席で対戦することもできなかったからな」
「それは相手チームだったし、オマエが8番だったから打席が回らなかっただけだろ」
「2イニングで打者6人をパーフェクトに抑えるなんてやるからだろ。2人ランナー出してくれれば対戦できたのに」
「そんなオマエの都合なんて知るかって。そんなこと考えながら投げてねえよ」
2人は軽口を交えながら、これから同じチームで戦うことを喜び合った。北野としても、気心の知れている者が移籍先のチームにいるのは何かと心強い。
神谷は今シーズンほぼ1軍に定着し、スタメンで出た試合も多かった。4年目の来シーズンはレギュラー奪取も狙えるとの評もある、アルビオン期待の星の1人だ。まだ1軍では何の実績も残していない北野に比べると、だいぶチーム内の立ち位置が違う。
「それにしても、オマエはずいぶん先に行っちまったなぁ。俺はまだ1軍経験も無いってのにさ」
北野は少々羨望のこもった眼差しと口調でそう言った。神谷はもうすでに自分の知らない世界を知っている。羨ましいと同時に、早く追いつきたいと素直に思うのだ。
「なーに、北野だって来年は1軍だろ。ウチの水原監督は、相当オマエのことを評価してるって話だぜ」
「それはありがたいけど、その期待に応えられるかどうかわかんないからな」
「なに弱気な発言しちゃってんの。そんなことホントは思ってもいないくせに」
ふいに神谷の表情が緩んだ。
「なんだよ、急にニヤニヤして。ヘンなヤツだな」
「早く1軍に上がって可愛い彼女にいいとこ見せたいんだろ? 上に上がれば横浜でも投げられるしなぁ」
「なっ!」
神谷は明らかに春香のことを言っている。もちろん彼にそんな話をしたことなどない。なのになぜ知っているのか。
「なんかテレビの仕事してるコなんだって? なあなあ、写真とかないの? あるなら見せろよ」
「無い! あってもオマエには見せねーよ。っつーかオマエ、なんで春香さんのこと知ってんだよ。誰に聞いた!」
「ああ、春香ちゃんって言うんだ。可愛い名前だねぇ」
「ごまかすなよ。なんで知ってるんだって聞いてんの」
神谷は当初のらりくらりと笑ってごまかしていたが、やがて種明かしをしてくれた。
「いやあ、俺も上で試合に出るようになったじゃん? そんで一応色んなチームに知り合いが出来てさ、シーサーペンツにも知り合いがいるわけよ。その人が教えてくれたんだ。オマエと彼女の仲をさ」
「なっ!」
誰だ、と北野はシーサーペンツの選手たちの顔を脳裏に思い浮かべたが、怪しそうな人物は思い当たらなかった。これが以前なら犯人は真鍋いつきで決定だったのだが、その真鍋はもうこの世界の住人ではない。
「もうチームでも有名な話らしいじゃん。どうして外部に知られないのか不思議なくらいだってその人も言ってたぜ」
「えっ、ウソだろ……マジで?」
「マジもマジ。大マジよん。私はウソは申しません、ってね」
自分と春香がそういう目で見られていたことを知った北野は、なんだか急に気恥ずかしくなった。なにしろ彼が自分の本心に気づいたのは、つい数時間前のことだ。
それまで春香をそういう目で見たことなどなかったから、周囲の目も気になどしていなかった。
(マジかぁ……じゃあみんな今のコイツみたいに、ニヤニヤしながら俺たちのことを見てたのかよ……)
今までのことを思い出すと、どうにもこうにも照れくさくて仕方がない。
「別に俺と春香さんはそんなんじゃ……」
「まあいいじゃん。どんなことであれ、それがモチベーションになるんだったら隠すことねえよ。惚れた女に良いとこ見せたいなんてさ、男なら誰だって思うことだろ?」
「だからそんなんじゃないって。そんなことより神谷、おまえヒマ?」
「へっ? ああ、まあヒマっちゃヒマだけど」
「じゃあさ、ちょっと投げ込みたいから受けてくれよ」
「ええ、今着いたばっかなのに、もう練習すんの?」
「ああ。ここに来る新幹線の中で決めてたんだ。着いたらすぐ練習するってな」
「別に構わないけど。ずいぶん気合入ってるじゃん」
「まあね」
気合が入るに決まっているだろう、と北野は内心で呟いた。今度こそ、来年こそ1軍のマウンドに立つのだから。
(俺には、その姿を見せたい人がいるんだ)
「うっへぇ。話には聞いてたけど、こうして実際に受けてみるとホントにエグい球だなぁ」
パラシュートチェンジを初めて受けた神谷は、ため息混じりにそう感嘆の声をもらした。
「こんなにブレーキがかかって見えるチェンジアップ、俺は見たことねーよ。沈むんじゃなくて完全に落ちてるじゃん。フォークとの違いがわからん。って言うかこれナックルじゃねーのか?」
神谷は北野が投げるパラシュートチェンジを、ナックルじゃないのか? と尋ねた。
ナックルボールという変化球は、人差し指と中指あるいは薬指も加えた3本の指の第1関節を立ててボールに押し当て、指先で弾くようにして投げる変化球だ。
ナックルの面白いところは、その投げ方ゆえに投げられたボールの回転は限りなくゼロに近く、それゆえに空気抵抗を大きく受けて不規則に変化する。サッカーの無回転シュートと同じ理屈だ。
当然風でも吹こうものならより大きく変化するし、投げた本人でさえどんな変化をするかわからない。そんな変化球を投げているのじゃないかと神谷は問いかけたのだ。
「ナックルのわけあるかよ。そんな握り方してねーし」
そう言われても神谷には信じられない。
彼の中にあるチェンジアップと北野が投げるパラシュートチェンジは全く違う。チャンジアップはタイミングを外すのが主目的なのに、北野のそれは明らかに違う。
(思い出したぞ。どっかで聞いたことあるなと思ってたけど、パラシュートチェンジってヨハン・サンタナじゃねーか)
ヨハン・サンタナはMLBの歴史に残る名投手で、彼の代名詞がパラシュートチェンジだった。サンタナはこのチェンジアップで一世を風靡したのだ。
「なあ北野。これって縫い目にかける指を変えたりもしてんの?」
「ああ。指をどうかけるかで右に落ちたり左に落ちたり真っ直ぐ落ちたりするんだ」
「だから揺れながら変化すんのか。バッターからしたらとんでもなく厄介だな。こんなの打てるヤツいんのかね」
タイミングを外された上に落ちる。こんな球をどうやってバットで捉えればいいのか。打撃面に課題を残す神谷には全くそのビジョンが見えない。
(いや、これってナックルの進化版じゃねえか? 無回転じゃねーけどさ)
チェンジアップはあくまで打者のタイミングを外すのが主だ。しかし巧みな打者ならバットコントロールでボールを捉えられるかもしれない。
だが、そこで不規則な変化をしたならばどうだろう?
(タイミングを外された上に不規則な変化をするボールを打つ?)
そんなことできるわけがない。神谷の胸は急激に高鳴った。北野翔というピッチャーが秘めている能力に驚き期待したのだ。
「北野さぁ、このチェンジアップをどんくらいの比率で投げてんの?」
「比率? どうかな。キャッチャーのサイン次第だけど、そんなに比率は高くないんじゃないかと思うけど」
「そうなの? 俺だったらこの球をメインにリードするけどな。わかってても打てないだろこれ」
「えぇー、メインで投げるのか? それはどうなんだろ」
「何言ってんだよ。ナックルボーラーなんてナックルしか投げねえんだぞ。オマエ、球種は?」
「他にはスローカーブとスライダーかな」
「そんだけあれば十分じゃん」
どうやら神谷の頭の中では、早くも試合でどう北野をリードするかが考えられ始めている様子だった。
「面白いな北野。オマエ面白いよ。中学の頃にはわからなかったけど、オマエって実は凄いポテンシャルを秘めてたんだな」
「俺だって成長してんだよ!」
「はは、そうだな。悪い悪い。男子三日会わざれば刮目して見よって言うもんな。なんだっけ、水滸伝だったかな」
「……ツッコまねーぞ」
さあもっとオマエの投げる球を見せてくれ。神谷はそう言ってキャッチャーミットを右手の拳でパーンと叩いてから構えた。
北野の旧友であるキャッチャーの神谷くんは、今後女房役として常にバッテリーを組むようになりますので、是非お見知りおきください。
作者は褒められて伸びるタイプなので(笑)レビューとか感想とかをいただけると、小躍りするほど喜んでテンション爆上がりしますから、どうぞ応援はご遠慮なく(笑)




