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キミがいて夢になる  作者: スパイシーライフ


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懐かしい顔

 もうまもなく梅雨も明けようかという7月のある日、シーサーペンツの練習場へ久しぶりに見る顔が現れた。真鍋いつきだ。

 

「いつきさん!!」

 

 真鍋の姿を見つけるやいなや、北野は彼の元へすっ飛んで行った。

 

「よお、久しぶりだな北野」

「お久しぶりです、いつきさん。元気そうですね」

「ああ、おかげさんで元気にやってるよ。でも、そう言うオマエは元気なさそうだけどな」

「えっ……ええ、まぁ……」

「聞いたぞ。えらく調子を落として悩んでるらしいじゃないか」

 

 北野は口ごもったまま何も答えられなかった。

 

「北野、練習が終わったあと時間あるか?」

「えっ!? ええ、まあ、ありますけど」

「よし! じゃあ久しぶりにメシおごってやるよ。一緒にメシ食いに行こう」

「いいんですか? やった! わかりました!」

 

 真鍋との久しぶりの食事。ただそれだけの事が嬉しくて仕方がない。北野は「終わったらすぐ支度しますから」と言って練習に戻って行った。


 


「オマエとメシ食うのも久しぶりだな。いつ以来だっけか」

「たぶん、去年の夏ぐらいじゃなかったでしたっけ?」

「あー、そういや夏祭りのあとぐらいだったような気がするな」

 

 2人は久しぶりの食事と会話を存分に楽しんだ。思い出話に花を咲かせ、真鍋が現況を語ったのち会話は自然と北野の現況へと移っていった。

 

「だいぶ苦しんでるみたいだな」

「……えぇ、まぁ……」

 

 北野の返事は歯切れが悪いことこの上なかった。

 

「なんかイップスなんだって?」

「自分じゃわかんないですけど、監督にもコーチにもそう言われました」

「心理カウンセラーに通ったりしてんのか?」

「えぇ、イップスかどうかまだわからないけど、とりあえず受診しておけって言われて」

「まあオマエは元々真面目過ぎるとこあるからな。考え過ぎてイップスになってもおかしかないけど……」

 

 なるほどなぁと腕組みしながら真鍋は言って考え込んでしまった。

 

「いつきさん、俺、どうしたらいいんでしょう……自分の思う通りに全然投げられなくて……ブルペンでは普通に投げられるんです。でもいざ試合のマウンドに立つとイメージ通りにいかなくて全然ダメで……もうどうしたらいいのかわかんないんです……」

 

 北野は自分の苦悩を正直に吐露した。口では色々言いながらも常に前向きな姿勢を崩さないのが北野翔という男だったのに、その彼が今は見る影もなく落ち込みしょぼくれている。その姿は真鍋も初めて見るものだった。

 

「悪かったな北野。オマエがこうなった責任の一端は俺にもあると思う。すまなかった」

 

 それは予想外の言葉だった。真鍋に責任があるだなんて、そんなこと北野自身は微塵も思っていない。

 

「何言ってんですか、いつきさん。いつきさんに責任があるとかそんな……」

「オマエさ、俺が言った事で自分を縛りつけちゃってるだろ」

 

 俺の言ったこととは、つまり自分の分まで頑張ってくれと言ったことだ。

 

「俺はさ、確かに俺の分まで頑張ってくれって言ったよ。オマエが1軍で投げるのを楽しみにしてるって言ったよ。でもな、それは別に俺のために投げてくれって言ったわけじゃないんだ。俺がかなえられなかったことを、夢を、オマエはかなえてくれよなって意味で言ったんだよ。オマエはオマエ自身のために投げるべきで、俺のために投げちゃいけないんだよ」

「いつきさん……」

「この間親分が電話してきてさ、オマエ、親分にこっぴどくやられたらしいじゃん」

「……ええ、まぁ、ボコボコに言われました」

「親分から話は聞いたよ。でもな、俺も親分と同じ意見だ。誰かの想いを背負って投げるなんてさ、あの人ぐらいの実力がなきゃ無理だよ。もちろん俺だって同じさ。俺も自分のために投げてたよ。もちろんそれで結果的に誰かを勇気づけられたりすりゃ嬉しいけど、最初から誰かの為になんて想いはなかったぜ」

「いつきさんでも、ですか」

「もちろんそれをパワーに変えて奮起するヤツもいるだろうけど、それはやっぱり人それぞれだろ? 重荷になるぐらいだったら、そんな荷物は降ろしちまえばいいんだよ。だってそれで本来の力を出せなかったら本末転倒じゃねえか。そうだろ?」

「そんな……別に俺は重荷だなんて、そんなこと……」

「わかってるよ。オマエはそんなこと思うわけないよな。本当に俺との約束を果たそうとして頑張ってくれたんだよな。オマエはそういうヤツだもんな。わかってるよ、全部」

 

 ふと真鍋の表情に目をやると、穏やかな表情で北野を見つめていた。それはまるで慈しんでいるかのようにも見える。

 

「だからこそ、俺の言ったことをそのまま額面通りに受け取っちまったんだよな。俺のためにもやらなくちゃ、頑張らなくちゃって思って、頑張りすぎちまってパンクしちまったんだよな」

 

 北野は何も答えなかった。真鍋は総て見透かしているように思えたからだ。今までの自分の想いを否定されるような気もしたが、自分自身も真鍋の言う通りだと思い始めているから。

 

「そんなオマエにあらためて言うよ。俺の為だなんて一切考えるな。自分だけの為に投げろ。自分の夢をかなえることだけ考えてくれ。それで1軍で投げる姿を俺に見せてくれりゃあ、それが結果的に俺の想いをかなえることになるんだからさ」

 

 だいたいオマエの活躍を楽しみにしてるのも期待してるのも、決して俺だけじゃないんだぜ、と真鍋は付け加えた。

 

「そんな全員の想いなんて、誰も背負えないよ。みんなの願いは何だ? オマエの活躍だろ? 自分たちの為に投げてくれることじゃないだろ? 一番大切なところを間違えんなよ。いいんだよ、オマエはオマエ自身の為に頑張ればいいんだよ。それが正しいんだ」

 

 真鍋は向井とまったく同じことを言った。誰の為でもなく自分の為に投げろと。春香とも同じ事を言った。重荷なら降ろせと。信頼している2人が口を揃え、なおかつ真鍋までが同じことを言うのならきっとそれが正しいのだろう。

 

(あぁ、そうか……やっぱり俺が勘違いしていたのか)

 

 自分では気がつかなかっただけで、俺は自分で自分を追い込んで道を踏み外して自分の首を締めてしまっていたのか。


 北野は今ようやくそれに気がついた。


 春香も向井も正しいことを言っていたのだ。


(なのに俺は、自分は間違っていないんだと耳を傾けなかったんだ)


 間違っていたのは俺の方だったのだと、今やっと気がついた。

 

(それなのに俺は春香さんに酷いことを言っちまった……なんて情けない男なんだ俺は)

 

 思い通りにいかないイラつきを春香にぶつけてしまった自分がたまらなく恥ずかしかった。謝らなければ、そう思った。

 

「俺、春香さんにも向井さんにも以前おんなじこと言われたんです。でもピンと来なくて、春香さんには酷いこと言っちゃって……」

「でも、もう気づいたろ? だったらそれでいいじゃねーか。まあでも酷い事言ったんならちゃんと謝っとけよ。あのコのことだから根に持ったりしねーし、してねえだろ。とにかく問題なのは明日からどうするか、だぞ」

 

 無言で力強く頷く北野の表情が今までと変わりつつあることに真鍋は気づいた。

 

 

 

「さて、そんじゃ俺はそろそろ行くわ。今日中に帰らなきゃならんからな」

「仕事、大変ですか?」

 

 北野がそう尋ねると真鍋は「当たり前だろ」と少しだけ笑いながら答えた。

 

「仕事ってのはさ、大なり小なり大変なもんなんだよ、きっと。俺は引退してからそれに気がついた。何が大変かって部分が違うだけでさ」

 

 でもな、と真鍋は続けた。

 

「大変な仕事を毎日してる中での楽しみが、オマエと春香ちゃんなんだよ。向こうじゃコッチのテレビとか見られないけどさ、いつかオマエらの活躍を向こうのテレビや新聞なんかで見られるようになるのがさ、俺は今から楽しみなんだよ。それを糧に毎日頑張ってんだ。だからさ、俺の為とか誰の為とかじゃなくて、ただ自分が1軍で投げられるようになるためにどうすればいいか、それだけを考えてくれよ。いや、考えろ」

「はい! いつきさん見ててください。俺、絶対1軍に上がりますから。上がって活躍しますから。だからその時はしっかり見ててくださいね!」

 

 ああ、楽しみにしてるよ、と言ってから真鍋は右手を差し出し、北野はその手を強く握り返した。その握手の力強さと目の輝きから真鍋は、もう大丈夫そうかなと感じた。

 どうやら自分が心ならずもかけてしまった呪縛から北野を解き放すことは出来たようだと胸を撫でおろした。

 


「あ、もしもし、親分すか?」

 

 空港で帰りの便を待つ間に、真鍋は向井拓海に電話をかけた。

 

「おぉ真鍋か。今どこだ?」

「羽田で帰りの便を待ってるとこです」

 

 真鍋は向井から連絡を受けて今日横浜に飛んできたのだが、今日来るとは向井に伝えていなかった。

 

「今日横浜にすっ飛んできましたよ。なにしろ親分からの直電ですからね」

 

 電話の向こうで向井が笑っていた。

 

「で、北野のヤツにも会ってきましたよ」

「そうか。アイツ、しょぼくれてたろ」

「しょぼくれてましたねぇ。もうこの世の終わりかって顔でしょぼくれてましたよ。でもね……」

 

 真鍋は別れ際に見た北野の顔を思い出しながらこう告げた。

 

「アイツは気づきましたよ。もともと真面目過ぎて考え過ぎるヤツですけど、ちょっとアドバイスすりゃ何が悪かったのか自分でちゃんと気づくんですよアイツは。大丈夫。もう大丈夫ですよ」

 

 わざわざ悪かったなと謝る向井だったが、真鍋はまったく迷惑など感じていなかった。むしろ自分の不用意な発言で北野を追い込んでしまっていたことを知ることが出来てよかったと思っていた。これからも何かあれば喜んで自分は飛んでくるだろう。何しろ北野の活躍を見ることが今や彼の最大の楽しみなのだから。

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