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キミがいて夢になる  作者: スパイシーライフ


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50/88

なんとかしたい

 常識ある社会人ならばそろそろ躊躇するであろう時間、突然自宅でくつろぐ向井のスマホが鳴った。誰からかと見てみれば椎名春香の名前が表示されている。

 

「春香から? なんだいったい」

 

 せがまれて電話番号の交換こそしたものの、正直20以上年齢の離れた女の子が自分に電話してくることなどないだろうと思っていた向井は、事実春香からの初めての電話だったこともあって少々戸惑いを隠せなかった。

 

 何もなければこんな時間に電話してくるわけがない。そういった礼儀をキチンとわきまえているコだと知っているから無視することなど出来ない。向井は数コールの後、電話に出た。

 

「春香か。どうした、こんな時間に」

 

 それに対する返事はひどく不明瞭だったが、それなのに何か切羽詰った雰囲気だけはヒシヒシと伝わってきた。

 

「なんだ、どうした? 何を言ってるのかよくわからないぞ。何かあったのか?」

 

 そう尋ねても春香の返答は、やはり不明瞭。尋常ではない官女の気配をすぐに察した向井は何度も春香に同じ言葉を繰り返したが、どうにも要領を得なかった。

 しかしそれでも徐々に春香が何を言っているのかわかり始めた。加えて電話の向こうの女の子が半泣き声であることにも気づいた。

 

「向井さん……わたし、私どうすればいいのかわからなくって……私じゃ何の力にもなれないんです……私が何を言っても説得力が無くって……だから、だから……」

 

 とりあえず落ち着けと言ってはみたが春香が落ち着く様子なく、やはり一方的に要領を得ない言葉を続けるだけだった。これでは何が何だかわかりはしない。そこで向井は強引な策に出た。

 

「春香!!!!!」

 

 向井は電話口であらん限りの声を振り絞り大声で怒鳴った。もし周囲に家族がいたら一体何事かと驚いたことだろう。それはどうやら伝わったらしく、ようやく春香は我に帰ったかのように黙った。

 

「落ち着いたか? 俺の声が聞こえるか?」

「……はい。聞こえてます」

「よし。じゃあ何があったのか、もう1度最初から話してみろ。慌てず、ゆっくりでいいから」

 

 ようやく気を取り直した春香は、今日何があったのかを、そして自分が何をしたいのか、そのために何をすればいいのかという想いを正直に吐き出した。

 

 

「ふーん、なるほどなぁ……」

 

 話を聞いた向井はそう呟くなり黙り、考え込んでしまった。

 

「向井さん……わたし、いったいどうしたら……」

「うーん……俺も何とかしてやりたいのはヤマヤマだが、話を聞いた限りではたしかにイップスの可能性大だな」

 

 長く現役を続けていれば、それで潰れてしまった選手も何人か見ている。しかし自分自身がイップスになった経験があるわけではないので、向井にもどうすることも出来ない。的確なアドバイスなどできやしない。しようがない。

 

「若生コーチも、本当にイップスだったら自分たちに出来ることはない。プロのカウンセラーに任せるしかないんだって……」

「そうだな。いくらプロのコーチでも、精神的な問題は専門外だ。下手したら悪化させかねない。もちろん俺にもどうしようもないな」

「向井さぁん……」

 

 電話の向こうで春香が半泣きになっているのが手に取るようにわかった。

 

「わかったわかった。俺も手を貸すから泣くな」

 

 そう言ってはみたものの、彼にもどうすることも出来ない。おそらく何か出来るとしたら真鍋いつきだけだろう。向井はそう思い至った。

 


「ってなことがありましてね。まぁだから今日ここに来たってわけじゃありませんが」

「ははは、電話一本で向井拓海を動かすとは、あのコはホントにすごいコだな」

「まあ娘みたいなもんですよ。実際自分の娘と同い年で同じ高校の同級生ですからね」

「で、何か策でもあるのか?」

「策というか……おそらく何かきっかけがあるとしたら真鍋でしょう。我々ではもはやどうしようもない以上、アイツの力を借りるしかないんじゃないですかね」

 

 真鍋いつきは引退し故郷に戻り実家の家業を継いでいる。部外者というわけではないが、第二の人生を既に歩み始めている者に協力を仰ぐのはいささか気が引ける。それゆえに誰も真鍋に連絡をつけようとはしなかったのだが、もはや彼に一縷の望みを賭けるしかないだろうと向井は考えていた。


 兄弟のようであり、ある意味師弟でもあった男にしか最後の扉は開けないだろうと。

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