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キミがいて夢になる  作者: スパイシーライフ


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揺さぶり

 その日、春香がシーサーペンツの春季キャンプへ取材に訪れた。みるみるうちに売れ始めた彼女は、番組降板こそしていないものの現地取材がスケジュール的に厳しくなってきており、キャンプの取材も今日が今年初だった。


「春香ちゃん、久しぶり」

「元気にしてたかい?」

「すっかり売れっ子だね。番組見てるよ」


 会う選手会う選手が、みな彼女に声をかける。選手だけではない。球団職員もコーチたちも、そして監督すらも、だ。彼女の行くところには、自然と人が集まってくる。



「こんにちは、日下部さん。初めまして」


 新たに加入した選手たちに一人一人挨拶して回った春香は、その最後に日下部へ声をかけた。


「椎名春香です。よろしくお願いします」


 丁寧に挨拶をする春香に、日下部は「こちらこそよろしく」と答えた。端正な顔立ちに浮かぶ爽やかな笑顔。白い歯が眩いほど輝いている。


 ――いかにもスポーツマンという感じの人だな。


 それが春香の日下部に対する第一印象だった。野球一筋に打ち込んできた純粋さのようなものが容姿に現れている、そんな気がした。

 春香はそのまましばらく日下部と談笑を重ねたが、ふと気が付くと向こうから北野が歩いて来るのが見えた。軽く会釈をし声をかけようとしたその時、日下部から「今度一緒に食事でもどう?」と誘われた。北野に聞こえるか聞こえないかという距離で。


「しょ、食事、ですか?」

「そう。実は僕、椎名さんのファンなんだよね。だからお近づきになりたいなぁと思って。二人でどう?」


 春香は返事に困ってしまった。選手と食事を共にしたことが無いわけではないが、二人きりでというのは今までなかった。北野とですら二人だけで食事など行っていない。


(困ったな。どうしよう)


 日下部はそのまま押し続ける。爽やかスポーツマンは、意外にも強引なタイプだったのだ。春香は救いを求めるかのように、チラッと北野に視線を送った。だがその視線の先に北野がいない。


(あれ?)


 そう思った瞬間、誰かが彼女と日下部の間に割り込んできた。


「ん? 北野くん、どうかしたの?」

「あ、えっと、その、椎名さん困ってるみたいだし、そろそろ止めてあげたらって思ったもんで」


 割り込んできたのは北野だった。


「ふーん。北野くんは椎名さんと、どんな関係なわけ?」

「関係って……友達、ですけど」

「付き合ってるわけ?」

「そ、そういうわけじゃ……ただ、椎名さんがその、困ってるみたいだし……」

「北野くんの彼女じゃないんだったら、別にキミと関係なくない?」

「それは、そうですけど……」


 助けに入ったにもかかわらず、北野は答えに窮してしまった。春香は北野の背後に隠れてしまっている。少し怯えたような春香の表情を見た日下部は、含み笑いを浮かべた後「じゃあ、またね。椎名さん」と言ってその場を去っていった。


「あ、あの、北野さん。ありがとうごさいました」


 春香が感謝の言葉を伝えると、北野は何とも複雑な表情で頭を掻いた。


「いや、なんか上手いことできなくて」

「そんなことないです。おかげで助かりました」


 本心からそう言った春香だが、北野がなぜ複雑な表情をしているのか、その意味はわからなかった。



「よう、爽やかイケメン。あのコにあんまちょっかいかけるんじゃねぇぞ」


 ブルペンで日下部にそう声をかけたのは、大エースの向井拓海だった。


「あのコって、誰のことです?」

「とぼけんなよ。春香のことに決まってるだろ」

「……それって、向井さんの許可がいるんですか?」

「あのコはウチの娘と仲が良いんでな。ヘンな虫が付くと俺が娘に怒られる」

「ヘンな虫って、ひどいなぁ」


 そう言って苦笑する日下部だが、その目は笑っていない。向井もそれに気づいていた。


「オマエ、なんか企んでるのか?」

「企んでるとか人聞きが悪いなぁ。俺だって彼女が北野くんと親しいことぐらい知ってますよ。みんな知ってることですしね」


 それより俺と北野くんの会話を聞いてたんですか、と日下部は尋ねた。もちろんそんなわけはない。向井はただ日下部と春香の間に北野が立ちはだかって、なにやら真剣な顔で2人が話しているのを見ただけだ。


「聞いちゃいないさ。でもオマエが春香にちょっかい出してることは、見ていてわかったぞ」

「ちょっかいって……ちょっと揺さぶっただけですよ」


 日下部は北野に対して揺さぶりをかけたのだと言う。向井が「北野に揺さぶり? オマエがか? なんでそんなことする必要がある?」と尋ねると日下部は「そんなの、彼が蹴落とすべき相手だからに決まってるじゃないですか」と涼しい顔で答えた。


「彼は先発しかできないんでしょう? だったら死に物狂いで投げますよね。しかもとんでもない決め球を持っているらしいじゃないですか。そんな厄介な相手、いないに越したことないでしょう? 1軍先発投手陣のイスがそんなにたくさん空いているわけないし、ライバルを蹴落とすためなら、犯罪以外なんでもやりますよ。俺は」


 ――コイツ。


 向井は、どうやら日下部という男を見誤っていたようだ、と思った。甘いマスクと誠実な態度にみんな騙されているが……。


 ――コイツは爽やかイケメンじゃないな。なかなかどうして、良い根性してるじゃねえか。


 だが向井は日下部の考え方を否定しない。それぐらいの闘争心が必要な世界だし、彼自身も似たような気持ちでこれまで戦い続けてきたのだから。


「子供じゃねえんだからゴチャゴチャうるさいことは言わんが、春香を困らせたり泣かせたりするようなことをしたら、俺が許さんからな」


 そう釘を刺された日下部は、ただ肩をすくめて首を左右に振り苦笑いするだけだった。

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